いずれは電子になるとても
書店が閉店するニュースを聞いた。すこし悲しい。
でも、なんで悲しい?
私は紙の本の手触りが好きで、棚の選書とポップ、お客さんの様子が合わさって醸される雰囲気が好き。そんな場所がなくなるのが悲しい。
手触りと雰囲気が好き? それだけ? ならばいずれ電子デバイスが与えてくれるよ? iphone のボタンでさ、機械のスイッチがないのに、振動をうまく使って押したように錯覚させたのあったじゃない? あれが進化すれば、いずれ紙よりも多様な質感を持った電子ペーパーができるし、いずれはもっとテクスチャーが自然で素敵な VR 書店ができる。それがあったらいいの?
それだけじゃあなんだか、、、。あ、でも、、。
全てが電子化された社会でも、そこに著者と編集者とデザイナーがいて、出来上がった装丁見本を前にこんな会話をしているのなら、案外いいのかもしれない。
著者「静謐な感じにできますか?もう少し」
デザイナー「静謐な感じというと?」
編集者「もう少し白みを強くして、手触りをマットにできます?」
デザイナー「なるほど」「ああ、これ以上は無理だな。一つ上の規格にすればもう少し明るくてテクスチャーレンジが広い素子を使えるけれど」 「それとも、本文の挿画のデータを抑えて頂いてその分を装丁に回して頂ければ、ソフトで補完して手触りを少しマットにできますよ」
著者「いや挿画は落としたくない」
編集者「音の方で、なんとかならないですかね?」
デザイナー「ああ、いいですね。音のノイズ成分を変えよう。これで容量を使わずに手触りをいじれる」
こんな感じの人たちが本を作ってるなら電子の本も悪くない。そして VR 書店にも本をお勧めしてくれる様々なコンシェルジュがいるなら、もっといいかもしれない。例えば、駄洒落を言っても逃げない客にだけ、深い哲学書を進めてくるコンシェルジュとか、功徳を労いつつ、落ち込んでる客には失意の中で世界の美しさを歌った古典を勧めてくるコンシェルジュとか、カッパと一緒に楽しくイラストで本を勧めてくるコンシェルジュがいたら楽しい(はい。ヤンデルさん@Dr_yandel さん、たられば@tarareba722 さん、八戸市 木村書店@POPごと売ってる本屋さん@kimurasyotenn1 さんが念頭にあります。無断で登場させてごめんなさい)。きっと中の人は忙しいので、私の対応は中の人が教育した AI がするのだろうけれど、中の人が工夫を凝らして AI を教育したり、たまに中の人が本当に中にいたりすると思うと、とても楽しそうだ。
それとは逆に、本を書く人、編集する人、装丁する人、印刷する人、お勧めする人、読む人が 楽しく苦しんで いなかったら、たとえ紙の本と書店が残っていても悲しい。
つまり私は、いろんな人が悲喜こもごもに、それでも良い本をと思ってごそごそしているのをそこはかとなく感じながら、自分もごそごそするのが幸せらしい。
そう思うと、書店の閉店を聞いて私が悲しかったのは、愛着のある物と空間がなくなるからだけではなくて、これまで本を取り巻く人々が成してきたことが消えそうな気がしたからだった。
いずれは電子になるとても
そこに人が関わりて
電子の裏に吐息を感じ
触りて熱を感ずれば
出会いを喜び言祝いで
知の織物に一糸編み込まんとす
これまで続いてきた、本を取り巻く人々がなしてきたことの流れの中に自分もいて、この流れがこれから先も続いて行ってほしい。そう私は思っているらしい。
とりあえず、これからも好きな本を読んで、面白かったと言おうと思う。