試験管と目玉
試験管の中に入っている誰かの目玉が私の方を向いている。どうしても、心を見透かしてみたいらしい。私はどうせ目玉だからと、いいよと了解をすると、目玉は何も言わずに私の心を覗いた。覗いたからといって、彼が何かできるわけではない。なぜなら彼は目玉だけの存在であったし、口が付いているからそれを外に向けて発信することもない。彼はただ、彼はといっても目玉だけであるが、私の心の中を見ているだけだ。私が日常生活で特に困ることは何もない。
この目玉はこの前、私の息子が亡くなった際の葬式を終えた後に、ポケットの中に入っていた。その瞳が私を置いて出て行ったあなたにとてもよく似ていたから、それが息子の目玉だということは一目でわかった。家に帰ると、その息子の目玉をちょうどいいサイズの試験管に入れた。普通の試験管など、口が小さくて入らない。ビーカーだと大きすぎて目玉が浮いてしまう。ちょうど目玉の幅より少し大きいくらいの試験管に入れておいた。目が乾いてしまうのよ可哀想だから、涙と同じ成分の水を毎日入れ替えてあげた。三日後、瞳孔が私のことを追うようになった。私は初めてとても驚いたが、考えてみれば目玉なのだから当たり前のことだった。
この目玉は、この息子の目玉は私の心を覗くようになった。どうしてそんなことがわかるのかと聞かれても答えようがないが、ただ誰かが私の考えを、感情を読み取っている感じがしていたのだ。それは本当に予兆に過ぎない。少なくとも、その誰かに見られている感覚になってから、私は自分の感情を一日だけ、出来るだけ抑えつけるようにしてみた。それは、すごく難しいことではなかったが、集中して、意識をしなければならない。そんなことをしていると、日の終わりはどっと疲れてしまった。
息子の目玉を見ていると、なんだか懐かしい思い出が頭の中に浮かんでくる。家族がまだ三人だった時。あなたが息子を肩車して、私はその手を握っている。イチョウ並木と、黄色い絨毯の上をゆっくりゆっくりと歩いている思い出。実際にそんな場所を歩いていた覚えはないのだけれども、それは私にとってさほど重要ではなかった。三人がいた風景。今となっては、おとぎ話よりも遠い過去のことに感じた。
三月になったら、この目玉を埋めようと思う。
出来るだけ、暖かい土の中に。