イルカとフグの毒、あるいはラジオ。
1.イルカはフグの毒でハイになるらしい。
2.ラジオ番組が流れる室内は少し薄暗くて、埃が舞っている。意識が朦朧としている。まるで深い霧の中に入り込んでしまったみたいに。砂嵐の中を歩いているみたいに。だんだんと自分の体の形がわかるようになってきて、床に寝転がっているのだということがわかった。いや、倒れているという表現の方が適切なのかもしれない。体は動かない。動かすことができないし、力も入らない。そして、窓が少しだけ開いているらしく、冷蔵庫の中のような冷たい風が入り込んできた。少しばかりの頭痛と吐気。少しでも動けるくらいに体が回復するまでラジオ番組に意識を集中させる。
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今日の天気予報です。
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関東北部は概ね晴れでしょう。
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最高気温は9℃
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最低気温は2℃
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山側では積雪も観測されています。
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沈黙。
体は内部から徐々にエンジンがかかってきたみたいに暖かくなってきた。もう少しだけ経てば、動けるようになるのだろうか。私は右手の人差し指に力を入れてみると、生まれたての子鹿みたいに震えながら少しだけ動いた。次に足全体に力を入れてみる。神経が通っていないみたいにピクリとも動かなかない。まだ、動かすことはできなさそうだ。ゆっくりと呼吸をする。体の回復を待つ間、状況を整理しとかなくてはならない。まずは思い出せることから思い出してみよう。簡単だ、ワインの栓を開けてゆっくりとグラスに注ぐように、記憶を手繰り寄せればいいのだ。
しかしながら、その記憶は昨日の朝、都内のサンドウィッチショップに行ったことしか思い出せなかった。それも、サンドウィッチではなくオニオンリングとコーヒーを飲んでいた記憶しか残っていない。室内には木製の椅子と机が並んでおり、値段は少し高いけれど何時間でもいてもいいような店だった。朝の六時と早い時間帯だったが、ラップトップを開いている若い男性と朝日新聞を読んでいる六十代くらいの男性の二人が座っていた。私は出来るだけ窓際に近い位置に座っていたと思う。
私が思い出せるのはここまで。
妙なイメージが頭に浮かんできては消える。それは、抽象的な概念のようなもので私はそこから意味を見出すのに苦労する。床はひんやりと冷たくて、数式が書き殴られた書類が散らばっていた。体はまだ動かない。ようやく右手全体がかろうじて動かせるようになった程度だ。珈琲が飲みたい。少しだけ寒くなってきた。
私が床の軋みに気づいたのはその瞬間だった。体を起こすことはできないが、誰かが私を背中の方から見つめている。そう確信めいた考えが浮かんできた。おそらく椅子のようなものに座って今までずっと、私が眼を覚ますまでずっと見つめていてのだろう。今、少し動かした足の音で私は気がついた、それと同時にこの状況がいかに危険かということも理解できた。私は全く動けないのだ。後ろにいる人物がナイフを持っていて、振り返った瞬間に刺されるかもしれない。私は、私が気がついたことに気がつかれないようにゆっくりと呼吸する。体が動ければこちらのものだ。柔道の黒帯は飾りではない。
「お目覚めかい、随分と深い夢の中で泳いでいたんだね。」
その声に聞き覚えはない。次の瞬間感じたのは、左腕に刺される細い針のような感覚だった。
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続いては道路交通情報センターの/////
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End