2019.05.26 鬼火
源藤吉見七十六歳。中年小太り、ずんぐりとした体格であり口調もゆっくりである。
職業はなんですか?
町内の高校で教師をしていました。ええ、数学の教師です。六十五歳のときに退職しまして、いまは、散歩だけが趣味なおじさんです。妻はいますが、子供はいません。恵まれなかったのです。一度医者にもかかりましたがね。こればっかりは。
あなたが、先日見かけたとおっしゃったものについて詳しく教えてください。
ええ、あれは十二月十日のことだったと思います。いつものように、夕方の散歩道を歩いていたんですよ。その日は午前中にひどい雨が降っていたものですからね、空がどんよりと曇っていて、あたりは薄暗く湿っぽかったです。
散歩道のルートですか?いたって普通ですよ、家の前の国道1号線を真っすぐ行って海沿いの道に出たら砂浜を歩いて海の家の近くまで行きます。そこから折り返して家に戻るだけです。もうこの年ですから、これだけの距離でもいい運動になります。おかげで、重たい病気にかかったことはありません。
それで、その日なんですがね帰り道のことでした。海沿いの道をぬけて、国道1号線に沿って家に向かう途中のことです。時間は五時くらいでしたが、街頭がもうすでについていて、通る風が肌寒くなってきていました。いつもは右ポケットに小銭を入れてきていてこのあたりの自動販売機でお茶を買うのですがその日は、五十円玉と十円玉一枚ずつしかはいっていなかったのでそのまま、道を進んでいきました。家から二百メートルほどのところだったと思います。(図02参照)遠くの方に青い光のような物がゆらゆらと浮いているのが見えたんです。ええ、青い光です。赤でも黄色でもありません。古い地域ですから、なんせ住んでいる人も年寄りばかりで、妖怪が出るだとか、鬼火が出たのだとか噂話ならいくらでも聞いていましたがね。いざ目の前に現れると、それはそれで奇妙なものですよ。
その光は、私の目の前で二、三回ゆらゆらと揺れるとどこかに消えていってしまいました。
それから、変わったことがあったかって?いいえ、特にはありません。強いて言えば女房の認知症が少し進んだくらいでしょうか。
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国立精神科学研究所
2019.05.26