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睡眠時浮遊症候群


1.
夜眠っている時に、体が重力に逆らって浮遊してしまうと言われる病気。一般に五歳から二十歳の年齢で発病が確認されている。原因は殆どのケースで不明であることが多いいが、わずかなケースで人付き合いが少ない少年少女の割合が多いいと数値が出ている。この病気は十年前に最初の発病者が現れてから、徐々にその数を伸ばしてはいるが先行例はあまり多いいとは言えなかった。現在の日本でも数十人くらいと言ったところだろうか。治療方法はなく自然的に治るのを待つしかない。そうは言っても、体が空中に浮かんでしまうことを除くと至って害はないので、夜眠る時にベットとベルトで縛り付けておけばどこかに言ってしまう心配もない。珍しくて幻想的な病気だとしてはじめはメディアがこぞって取り上げたがそれも一時期の間。今では、この病気がまだ存在していることも忘れてしまっている人が殆どなのではないか。研究対象としては、世界中の科学者の注目の的でもあったが、未だに米粒一つ程度の研究成果も上げられていない。(先ほどの病気にかかりやすい傾向を除いては。)

2.
私はこの病気を八歳の時に発病した。不思議な感覚がする病気だった。夜布団に入って、カーテンから差し込む月の光とともに夢想にふけっていると、体がふわふわと浮いてくるのだ。私は最初、多分気づかないうちに眠りこけて夢を見ているんだなと思ったのだけれども。どうやらそうではないらしい。ベットから二十センチくらい浮いたところで、浮上は止まった。布団がパタパタとまるで魔法の絨毯のように空中にはためいている。体の中が、妙にあたたかい。空中に浮いているというよりかは、干し草の中に寝転がっているような、雲の上に乗っかっているような感覚だった。
親に隠しとうせたことは、今思うとどうやってここまでバレずにこれたのだろうとか不思議に思うけれど。母親が家出し、父は夜勤の多いい仕事だったのが要因の一つだろう。別に浮いていても、漂っていても害はないのだけれども、突然魔法が解けて床に叩きつけられることもなくはないので念のため、発病してから一年経った時には、私は自分で長いマフラーを巻いてちょうどハラマキみたいにベットと体を結びつけて空中に浮かないようにしていた。

3.
その夏の夜はやけに蒸し暑くて、扉を開けて寝ることにした。いつものようにマフラーを腹に巻いて、しっかりと縛ると、ロウソクの炎を消すように電気を落とした。窓を開けたことが失敗だった、十五歳にもなって、発病から七年の月日が過ぎ去っていたので、夜眠る時に体が浮いてしまうことを、忘れてしまっていたのかもしれない。

大きな打ち上げ花火の音で目を覚ますと、わたしは大空の中にいた。

体全体が、高層ビル群の間に浮いている。私は一度目をこすったがどうやらほんとうに、自宅の窓の隙間からここまできてしまったらしい。夏の夜の蒸し暑さを感じながら、遠くに見える近所の花火大会の方向を頼りに自宅を探した。
こんな時間に花火大会?一体全体どうなっているのやら。
考えようとしたが、風に流されて体を保つのに必死だった。
ちょうどスカイダイビングをしているような格好で浮いている。
さらに悪いことに、体はますます上昇している。
夏の大三角を背中に受けて、遠くに見える山並みがだんだんと近づいてくる。ビルの光が一定時間に消えてはつき、消えてはつき、やがてだんだんと小さくなっていく。私はこのまま宇宙まで行ってしまうのではないか。このまま、家に帰れないんじゃないかと思った。
花火が絶え間なく花開く、こんな空の上から見られるなんて特等席だなんて思いつつ、私は浮いていく。

4.
ちょうど成層圏のあたりまで来たのだろうか。宇宙と空の切れ目が美しく交わる。私はその間くらいを漂っている。もうじき朝が来る。夢から覚めたら私はこのまま落っこちてしまうのだろうか。もしくは、流れ星みたいに燃え尽きて消えてしまうのだろうか。そんなことを考えながら、泳ぐように進んでいく。街はもう豆粒みたいに小さくなって、わたしには見えない。このまま、ずっと浮かんで入られたらいいのになんて。このままずっと夢を見続けて入られたらなんて思う。
朝が迎えに来る。地球の端っこから徐々に明るんでいく。
わたしは目を閉じる。
体全体が落ちていく。
ほんとうに流れ星みたいだ。


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とっと
映画を観に行きます。