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冬空の習作
冬空は世界の終わりを知らせているように、冷たく暗い雲で覆われていた。外に一歩踏み出しただけで、体全体が凍りつく。手の先から、体の芯の方まで寒さで覆われて、暖炉が恋しくなるような季節。口にする息が、白くなりその太陽の光すら見えない空に吸い込まれて消えていった。
「きっと、君は私のことを忘れないと思うの。」
それは、とても暗示的な言葉だった。まるで神様が僕の耳元で囁いているような文章だった。もしかしたら聖書のようにまとめて後世まで語り継がなくてはならないかと思ったほどだ。彼女は少し先でマフラーで口元を隠しながら、歩いている。遠くの方に見える霧がかかった山並みはもうそろそろ雪化粧をするだろう。
「どうしてそんな風に思うの?」
彼女は、少し困った顔をした。前を歩いていたので、私にはその顔は見えなかったけれど、眉を中心に寄せて少しだけ口をつぐむような顔をした。
「思ったから、思ったとしか言えないわ。ただ、そう感じただけ。」
ポケットの中の昨日拾った十円玉を触りながら歩いていく。一回、二回とそれを回して、また元あった位置に置いた。波が規則正しく音を立てて海岸線の防波堤に打ち付けている。冬の海はなんだか、悪いものでも口にしてしまったかのように暗い。
私としても、彼女のことは忘れられないだろうなと思った。そして実際、十年経った今でもこうして思い出して文章にしている。けれど、なんだか十年前にこのことを予言されていたことだと思うとなんだか、胸のあたりがムズムズとする。私がここから先に人生というものを進めるためには、彼女のことについて整理しておかなくてはならない。
風がスカートを揺らす。それは、太陽の光を薄めるカーテンのように。
「私は君のことが好きだよ。ただ、この先ずっと一緒にいることはたぶん、無理だと思うの。」
「たぶん、ということはもしかしたら一緒にいられるってこと?」
彼女は返事をしなかった。私はそれを、NOと解釈をした。
「仕方がないことなの。私にはやらなくてはならないことがあるし、時間がそんなにたくさんあるわけでもない。こんな言い方はフェアじゃない気がするのだけれども、私たちは会うべきではなかったわ。」
会うべきではなかった。でも、会ってしまった。
私はそのあと何も言わなかった。彼女は少し心配そうな顔をして私のことを覗き込んだが、気がついていないふりをしながら歩き続けた。
「傷つかないでね、あなたのせいじゃないわ。」
彼女は手紙の最後の追伸のように言葉を付け加えた。
実際、彼女と付き合っていたのは中学時代だけであった。そのあと、彼女は高校の女子校に進学してそれきり手紙すら届かなくなった。少なからずそれはわたしを寂しくさせたし、また少し悲しくもさせた。しかしそれは、私のせいではなかった、彼女のせいでもなかった。
流れる冬の雪と、降り積もる時間のせいなのかもしれないと、私は思っている。
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