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パニック障害になってから初めて遠出をした話。

ウイルスの影響で、旅行に行けない。せめていままでの旅行の思い出に浸ろうと思ってカメラロールを遡ったら、直近の旅行の思い出は、ちょっぴりほろにがかった。

私は一人旅が好きだ。
どれほど好きかというと、友達や家族と旅行に行くとその帰りの電車なり新幹線なりで「今度は一人で行こう」と計画し始めるくらいだ。
友達や家族との旅行が嫌いなのではない。一人の方が好きなのだ。

そんな私がうつ病、そして不安障害、パニック障害を患った。あんなにも大好きだった電車に、乗ることができなくなった。電車に長時間乗っていると、動悸がし、息が切れ、悪い時には嘔吐してしまう。働いていた職場が電車で一時間半という所にあるので、どうしてもこの症状と付き合わざるをえなかった。

診断が出て最初のうちはまだ仕事を続けていたのだけれど、1か月ほど経ったところで我慢の限界が訪れ仕事を2週間だけ休ませてもらうことになった。

しかし問題があった。それは、一緒に暮らしている母のこと。
母は、精神疾患をよしとしない人だった。高校生のとき、はじめて過呼吸で倒れ医者に行ったときに「異常がないので精神科に見てもらってください」と言われ、それを母に伝えると「つまり甘えってことだね」と言われたのを痛烈に覚えている。母には絶対に、精神疾患だとバレたくなかった。

私はこの2週間、母と顔を合わさないようにしなければ、もっというと、仕事に行っていると思わせなければいけなかった。

当時の私は、だいたい家を9時に出て夜は0時過ぎに帰ってくるという生活リズムだった。
母は日勤の日は8時ごろ家を出て17時ごろに帰ってくるので、私は17時前に家を出て、0時まで時間をつぶさなければならなかった。

カラオケが好きなので入り浸ったりしていたが、飽きてきたころにある計画を思いついた。

池袋から、特急レッドアローに乗って、秩父へ。
夕方だから観光はできないかもしれないけれど、西武秩父の駅は大きな温泉施設が出来て、そこだけでも楽しめそうだ。
秩父は好きだし東京からでも気軽に行けるのでよく旅行に行ったりちょっとした気分転換に行ったりしていたのだけど、温泉が出来てからは行く機会に恵まれていなかった。
いい機会だし、少しの時間でも羽を伸ばせたらいい。

……とてもバカな話なのだけど、特急レッドアローに乗る約90分のこと、それから池袋までも数十分電車に乗らなければいけないことを、全く考えていなかった。

ハッとしたのは、久しぶりに化粧をして、おしゃれだけど動きやすいとびきりの旅ルックで家を出て、最寄り駅の改札でICカードの「ピッ」という音を聞いた時だった。
仕方ない。病歴が短いのだから。こちとらまだまだ初心者だ。

数日前まで電車に苦しんで、片道一時間半のところ倍くらいの時間をかけてゆっくりゆっくり通勤していたことを思い出した。時刻はもう15時近く。やっちまった。これ、秩父につく頃には何のお店もやってないどころか、帰りの電車もなくなっているパターンではないか。

だけど私には武器があった。

「わくわくしている」ということだ。秘儀、わくわく。なんでうつ病や不安障害なんかになったのかはわからないけれど、体調を崩して以来初めてこんなにわくわくしている。

時間も時間なので人気の少ない電車に乗り込む。すぐにスマートフォンを取り出し、『西武秩父 温泉』で検索した。温泉施設の公式サイト。温泉もさることながら、駅構内から繋がっているフードコートや物販エリアが魅力的だった。
そういえば、今日は朝から何も食べていないことを思い出す。
わらじかつ丼、豚みそ丼、くるみそば、みそポテト……おなかがなった。なんだか久しぶりに、自分の脳みそが人間らしい反応をした。

ふと思い出したのが『セタリア』というジェラート屋さん。
温泉施設ができる前から駅構内の施設に店を構えていて、地元の日本酒を使ったジェラートなどが人気のお店なのだけれど、そこのコーヒーを買って帰りの電車で飲むというのが、私の『秩父ルーティン』だった。
あのお店はどうなってしまったのだろうとスマートフォンをスワイプしていくと、すぐにおいしそうなジェラートの写真が見つかった。
よかった。わくわくが増えた。

池袋までの電車はそんなわくわくにより問題なく過ごせた。

池袋に着き指定席券を買って、今度は不安時の頓服薬を飲んで電車に乗り込んだ。今までの各駅停車とは違い、今度は特急。何かあっても降りることが出来ないのだ。そんなに不安ならば普通電車で行けばいいと思うだろうが、これに乗らなければ旅って感じがしないだろう!と、わくわくを胸に無駄なこだわりを持って席に着いた。

結果的に言うと、その頓服薬の効き目は絶大で、特急電車の居心地の良いシートの効果も相まって、ほとんど記憶がなく眠りについた。
ちなみに今はその頓服薬を睡眠薬として使用しているほどのもので、当時は特に薬に慣れておらず、驚くほど効いてしまっていたらしい。
何事もなくよかったと思う反面、やっぱり特急電車にこだわる意味はなかったのでは?と今では思うが、まあそれも思い出である。

さて、瞬間移動のように目覚めたら秩父に着いていたわけで、すでに薄暗くなっていた夕方の駅に降り立った私は、わくわくを膨らませていた。
おなかはすいていたけど、それよりもお目当ては温泉!頭の中は温泉でいっぱいだった。
目的地に向かう前に帰りの指定席券を買う。温泉などに来ると2時間くらいは平気で入っていられる長風呂派の私は、うつ病ですっかり働かなくなった頭で必死に計算し、今から3時間後の切符を買った。お風呂に入って、ごはんを食べて、コーヒーを買うのに必要な時間だ。

そして、いよいよ温泉に向かう。途中、何かのアニメのキャラクターのスタンプラリーのようなものがあった。その作品のファンと思われる人が何人かいて、その中には一人できていた人もいたので、私はどこかほっとした。「一人が好き」といいながら、どこかで周りの目を気にする自分もいるのだ。
私は、よく知りもしないアニメのファンを演じることにした。誰にも伝わらないだろうけど、自分の気持ちが大きくなる。

キャラクターのパネルやらは、温泉施設までの道のりにいくつも置いてあって、温泉の入り口でも可愛らしい女の子たちが出迎えてくれていた。

そこまで来て、私の足は、急に止まった。

あれ?胸がざわざわする。急に、手が震えだした。おかしい。すぐそこまで来ているのに。

一度引き返し、近くの椅子に座る。
息苦しくなってくる。死ぬのかもしれないと思った。視界がぐにゃぐにゃとゆがむ。

パニック発作だ。

幸いなのかどうなのか、周りにはほとんど人はいなかった。助けを求めたい気持ちもあったけど、どちらかというと、放っておいてくれれば治る、と思っていた。なんだか慣れてしまっていたのだ。

その時の発作は、実際大したこともなく、数分そこに座っていたらおさまった。

で、私は冷静に考えた。

温泉とか、無理じゃん。

中にどれだけの人がいるのか知らないけれど、一定の広さの空間に、知らない人と、裸で一緒にいるとか、どう考えても無理だ。この『無理』というのは、不可能というよりかは『お断り!』という感じだ。
ちなみに今現在は、近所の銭湯などに平気で行けるようになった。当時は何をもって無理だったのかもわからないが、私の患っている病気というのはきっとそういうもので、その時の気持ちに背いて生きれば心がガタガタと崩れてしまうのだろう。

ふー、と、息を吐いた。

急にむなしくなった。温泉に入れなかったことよりも、あと3時間という時間がむなしかった。

夕食は、わらじかつ丼を食べることにした。わらじほどの大きさのカツが乗っている、秩父の郷土料理だ。
ご飯を前にした私に、もう不安はなかった。あるのは時間だけ。切符を払い戻してもよかったのだが、母と顔を合わせてはいけないというルールもあって、私はここで時間をつぶすことにした。
ご飯を食べたら、お土産屋を回る。温泉代が浮いたので、何かしら残そうと思った。
それで私は、ゆずの香りのハンドクリームを買った。発売元は『石川県金沢市』となっていたけど、どうでもよかった。今でもケチケチと使っているが、なくなったらまた買いに行きたいくらい気に入った。

そこまでして、ようやく1時間が経った。

駅の外に出ても、もう真っ暗でなにか出来ることがあるとは思えなかったので、フードコートでぼーっとして過ごすことにした。
スマートフォンで、『一人旅 日帰り 温泉』と検索する。大馬鹿な私は、この期に及んでまだ温泉に行こうと思っているのだ。旅好きな人のブログがヒットする。読むと、まるでそこにいるかのようなキラキラした光景が目に浮かび、しばらくうっとりしてから、正気に戻って泣いた。

そっか。温泉に入れないのか……。

残った時間は、あっという間だった。いろいろなことを考えて、思い悩んでいた気がする。病気のこと、これからのこと、それから、母のことも考えた。

時間が近付いたので、セタリアのコーヒーを買う。そういえば、コーヒーもよくないということで最近は控えていた。大好きなものが奪われていく光景をありありと見せつけられているようで、それに反抗するかのように、大きいサイズのホットコーヒーにした。

……これが、直近の旅の記憶だ。だけど今ならもっとマシな旅が出来る自信がある。

さあ、新しい自分で、最初にどこにいこう。
秩父でもいいかもしれない。でも、あのアニメのイベントが終わってしまっていたらどうしよう。

そんなことを、外出自粛中の東京で、にやにやしながら考えていた。

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