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water fall

この前ドライブしながらなんとなくラジオをまわしていたら、画家の千住博さんがお話をされていました。

音楽のお話をされていたんだけど

その話がとても興味深かった。



私が初めて千住さんの絵を見たのは高校生の時、母と一緒に京都で。

かの有名な、滝の絵。

確か階段をのぼった上にその絵はあったんだけど



それは階段をのぼっていったら突然、巨大な滝の絵があらわれた

というよりは

荘厳な滝が音なくそこに出現したかのような

そんな感覚でした。


澄んだ水が惜しげもなく上から下に打ちつけていてそこからマイナスイオンすら出ていそうな

そして、絵だから音なんてもちろんないんだけど

でも音も聞こえてくる絵。


圧巻だった。。

気持ちよくて、ずっとそこに立っていたくなるような。本当に滝を目の前にした時と同じ感覚になりました。


そんな絵を描かれる千住さん。

やっぱり作品が作られる背景、気になっていました。


そのラジオでは音楽について様々な方とお話しをされていて

その中で千住さんは

「私は音楽をききながら作品はつくらないです。いい音楽をきいてかくと、錯覚を起こすんです。いい音楽に陶酔して、いかにも自分がいい作品をつくっているかのような気分になってしまう。」と仰っていました。

これが私にとっては、とっっっても印象的でした。

なるほど。


私なんて、音楽にのせてもらって仕事したり、考え事したりしてる時があって

でもなんとなく、千住さんが仰ったように

これ危険だなって思うことあった。。


たしかに陶酔してることある。。

きっとすごく錯覚してる、、

音楽を聞きながらじゃなくても

私は夜中に文章を書いてるとすっごく陶酔してるみたいな文調になってしまうことがあって

そういう時は、

朝起きて読んだら、何これ恥ずかしいってなる。


事実を述べたり淡々とした文章を書く時はそんなところまでもちろん至らないけれど、

ちょっとエモーショナルな文章書くお仕事の時なんて特に。。


やはり

立ち返るというか

そこにのめり込んだままの視点で見るんじゃなく

一歩引いてみた時にどうかを考えてこそ。

プレーンな状態でそれでも生まれてくるものなのか

だからこそ生まれるものなのか

そういう視点は持っておくべしだと

千住さんのお話を聞いて思ったのでした。

静けさ。

研ぎ澄ますこと。

とはいえ、音楽大好き人間、やっぱり音楽のちからは借りることもあるんだろうけど。

ニュートラルなところから自分の世界をつくること、は自分の中に持っておきたいと思いました。


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