ロートレック展開催中!「人間は醜い。しかし人生は美しい」
東京・西新宿のSOMPO美術館で開催中の「フィロス・コレクション ロートレック展 時をつかむ線」(2024.6/22~9/23)。連日大勢のお客様にご来場いただいています。(感謝!)
19世紀末から第一次世界大戦前ーベル=エポック(美しき時代)と言われた、パリが最もパリらしかった時代に確かな足跡を残して時代を駆け抜けた19世紀を代表するフランスの画家、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。彼の作品には劇場やキャバレ、カフェ・コンセールのスター俳優や芸人が数多く登場します。
“人物だけが存在する” ーアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
その言葉通り、彼が描いた人物からはロートレック作品の真髄が見えます。
▶ロートレックという生き方
由緒正しい伯爵家に生まれたロートレックは、10代前半に相次いで両脚を骨折して以降脚の成長が止まり、身長は152cmだったといいます。乗馬や狩猟を趣味とする父はそんなロートレックを疎ましく思い、ロートレックは孤独な青春時代を過ごします。
やがてパリ随一の歓楽街、モンマルトルに住みついたロートレックはそこに暮らすダンサーや歌手、娼婦などを描きます。当時、夜の世界で働く芸人たちはたとえ売れっ子であっても、世間からはどこか差別的な目で見られるいわば日陰の存在。ロートレックは彼らに共感し、心を開き、娼館に入り浸るなど生活を共にしてその姿を描きました。そこには、自分を受け入れない父への反発や、自分の容姿に対する世間の目などへの強い反感があったとも言われています。
女性スターでは一世を風靡した歌手イヴェット・ギルベール、ロートレックのポスターに何度も登場し、「私はロートレックにスターにしてもらった」と言うフレンチカンカンのダンサー、ジャヌ・アヴリル、「スカラ」で活躍した歌手ポーラ・ブレビオン、「ヴァリエテ座」のスター女優、マルセル・ランデール…。 男性では、ロートレックの親友で歌手のアリスティド・ブリュアン。ロートレックの代表作、《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》はブリュアンの紹介がきかっけで制作されたものです。
▶理想でなく真実を
描かれたスターたちの多くは、実際の写真では美男美女にもかかわらず、ロートレックの手にかかると必ずしもそうは見えません。。。どこか意地悪そうだったり、外見の特徴がすごく誇張されていたり。。。ロートレックはその鋭い洞察力と卓越した技量でモデルたちの本質や心の動きまでをも表そうとしたのです。彼は言います。
“理想でなく真実を描こうとした。醜いものに、ぼくの筆でつやをつけ丸みをつけ、ほんの少し輝かせるのが好きなんだ“
”J'ai tâché de faire vrai et non pas idéal”
実際の写真よりもロートレック作品から受ける印象こそが、モデルたちの本質なのかもしれません。
展覧会では展示作業の際、修復家が作品を一点一点、点検します。その意味で修復家は作品を最も間近に観察する人の一人です。本展担当の修復家曰く、「ロートレックは馬や動物を描くときは骨格や筋肉などを緻密に再現しようとしているが、人物を描くときはその人物の内面を表現しようとしている」。
▶“人間は醜い。しかし、人生は美しい“
これは有名なロートレックの言葉。解釈も様々です。「人間は~」と訳すのが一般的なようですが、どこか他人事な印象です。フランス語の原文は
"On est laid, mais la vie est belle"
主語 on は「私たち」と言う意味で、通常自分自身も含まれます。であれば、「自分たちは皆醜い。それでも一人一人、生きている姿は尊く美しい」そんな風にも解釈できます。
健康に恵まれず、父親から疎まれたロートレック。友人に恵まれ、日陰で暮らす人々に優しいまなざしを注ぎ続けたロートレック。酒と女性と創作に明け暮れ、36歳の人生を駆け抜けた彼を、人々は「小さき男(Petit Homme)、偉大なる芸術家(Grand Artiste)」と称えました。その生涯を思う時、どこか優しく愛おしい気持ちになります。
“醜さの中に必ず美しいものが隠されている。誰も見つけていないところにその美しさを見つけるのは実に感動的だ“
ーアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
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