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学芸員資格をとってみた

美術展主催者が考える「美術展が美術展と認められる要件」に 
①開催場所は「美術館」(作品保全の観点から温湿度管理は必須)
②「学芸員」が参画
というのがあります。
この2つが揃っているか否かが「展覧会」と「展示会」の大きな違い(意外とこれ、混同しがち)です。②の「学芸員」は日本では国家資格。長年メディアの立場で美術展のプロデュースをする中で、この「学芸員」という資格、ずっと気になっていました。
 そこで一念発起、昨年度、大学で学芸員課程を履修することに!
   通常は美術館や博物館の仕事がしたいと思って資格をとって現場に入るのが一般的だと思いますが、私の場合は美術展の制作現場の経験が先にあって学芸員資格を目指すという逆からのアプローチです。
 今回は、学芸員資格課程履修の過程で感じたちょっと新鮮な発見と学びのお話です。


▶キュレーターと学芸員

 美術展には「キュレーター」と呼ばれる人たちがいます。主なお仕事は ①展覧会の企画立案 ②展覧会構成の構築 ③所蔵館(者)との作品出展交渉 ④展覧会カタログに掲載する論文の執筆 ⑤講演会ほか関連するイベントの実施 などで、フリーランスのキュレーターもいます。
 私自身これまで企画立案、貸出館との出展交渉など、いわゆる “キュレーター的な” 経験は積んできましたが、日本で美術展が美術展たるために必要な「学芸員」ではありません。日本の学芸員は博物館法という法律に基づいた国家資格で、大学で必要な単位を履修することや文部科学省が行う資格認定に合格することが必要です。
(美術展とメディアの関係についてはコチラ↓)

▶博物館学という「学問」

入学したのは某芸術大学の博物館学芸員資格課程で、文科省が定める以下の科目を履修しました。最初の驚きは「学芸員の勉強=美術史を学ぶ」ではない、ということ。学芸員資格取得には「博物館学」という「学問」を学ぶ必要があるのだ、と初めて知りました。
 以下は各科目と個人的な感想(あくまでも「個人的な」)です。

「学芸員資格取得」とは「博物館学」を学ぶこと

1.博物館概論

ー 博物館の定義と存在意義、歴史的変遷、日本の法体系における位置付け
博物館、美術館だけでなく、動物園、水族館、植物園、天文台も博物館(ミュージアム)である。動物園では動物が、水族館では魚が「資料」であり、これらを「展示・保存・研究」するのがミッション。(飼育員も学芸員)  

 2. 博物館経営論

ー 博物館は文化の継承を見据えた非営利の使命を担う
民間企業で美術展を主催する立場としてはこの発想は若干ハードルが高い。(どんなに理想を語ってもマスコミ主催者にとって美術展は「事業」=「ビジネス」であることは否めず、決して採算はよくないものの赤字にはできない。。。)一方でレポート課題「自分が博物館を作るなら」では経営的な視点は押さえつつも予算を気にせず思いっきり夢を語って合格!

3. 博物館資料論

ー 博物館にとって「資料」とは何か
単に美しいもの、貴重(希少)なものを集めるのが博物館ではない。(趣味で集めているわけではないので当たり前といえば当たり前だが。)各美術館には「ミッション・ステートメント」と「収集方針」といわれるものがあって、博物館(美術館)のキャラクターが違うのは、これらの違いによるものなのだと納得。

4.博物館資料保存論

ー 博物館は資料を保存し、活用する場
そもそも資料の「保存」と「活用」は矛盾する行為。展示によるダメージを回避するなら公開しない方がよいのでは?という考え方もあります。ボストン美術館の有名な浮世絵コレクション「スポルディング・コレクション」のように門外不出、展示不可、見られるのは研究者だけ、なんていう極端な例も。これを考えていくと「美術品は誰のためにあるのか」という疑問にぶち当たります。お金持ちが自宅の応接間で所有する美術品を見ながらほくそ笑む、投機目的で収集した作品が倉庫に眠りっぱなしになる、などの光景を思い浮かべたり。。。

5.博物館展示論

ー 展示とは、展覧会の意義を正確に魅力的に伝えるもの
この科目はこれまでプロデュースした美術展の経験で押し切りました。実際は予算の関係で諦めざるを得なかった「やりたかったこと」を思いっきりレポートに書けるのは快感!

6.博物館情報・メディア論

ー ITの発達などにより近年加わった科目。博物館のデジタルアーカイブなど
日々進化する今日的な科目だけにテキストでは追い付いていないかも。SNS発信など主催者としては常日頃苦労する部分で、現場は毎日が試行錯誤の連続なのです。

キュレーションは学芸員の醍醐味

7. 博物館教育論

ー 社会教育の場として博物館が果たすべき役割とは
日本では学校の社会科見学などで博物館には行くけれど、大人になるにつれ「美術館は敷居が高い」と思うようになるのも事実。(・・・ということを率直にレポートに書いたら若干評価が・・・) 

8.生涯学習論

ー 国際化、情報化、高齢化ー社会教育施設としての博物館、学芸員の役割
人生100年時代。より豊かな人生のために、というのは理解しつつも「どう面白くできるか、見せるか」を具体的に考えるとなかなかピンとこない部分であることも事実。
 
これら8科目について テキスト学習 → レポート課題提出(3200字程度) → 
レポート課題合格 → テスト(記述式・60分1本勝負) → テスト合格 → 単位取得 という流れでした。
 
とにかく記述式なので、自分の経験に基づいて書きやすい課題とそうでないものがありましたが、いずれも ①情報収集 ②調査と事実を積み重ねる ③自分の意見と結論を導き出す、というのは共通。そしてある意味、これこそが学芸員のお仕事なのかも、と実感しました。学芸員が執筆した展覧会カタログの論文や解説も膨大な調査に裏付けられたものなのだという当たり前のことに改めて気づいたり。。。
 このほか、3回、のべ11日にわたる「博物館実習」がありました。実際に美術館に行って展示の工夫や改善点について考えをまとめる、決められた作品を使って展覧会企画をたて、展示図面を制作、実際に展示をするなど、実践に則した実習でした。
 一方で意外だったのは、「学芸員」という言葉からイメージしやすい「美術史」が必修ではなかったこと。「芸術史 ヨーロッパⅠ、Ⅱ」「芸術史 日本Ⅰ、Ⅱ」の4科目を受講しましたが、ギリシャ文明や縄文土器から現代にいたる造形、絵画、建築の歴史、特に日本の仏像や建築様式の変遷など、美術史を一気通貫で総覧できたのはすごく楽しかったです。

▶学芸員=研究者

学芸員課程修了証

かくして、無事に学芸員資格は取得しましたが、当然、だからと言って美術館の学芸員になれるわけではありません。ほとんどの学芸員は公立の美術館、私立の美術館の求人に応募して就職をしますが、募集要項では ①学芸員資格 ②大学院の修士課程修了 ③専門分野の知識 ④業務で使える英語力 など高度なスキルを求められます。
 そして美術館に就職すると、自分の専門の調査研究、展覧会企画だけでなく、所蔵品の管理、ワークショップや教育プログラムの立案・実施などさまざまな業務を担い「雑芸員」と揶揄されるほど。(海外では、これらの仕事は「レジストラー」や「エデュケーター」と呼ばれる各専門の人が担当します)担当する展覧会も必ずしも専門の分野とは限りません。それでも調査研究をし、考察をして何らかの結論を導き出し、それを展示、あるいはカタログ論文という形でアウトプットをする。一連の流れの背景には博物館学に裏打ちされた理念がある、それが学芸員の仕事なのだと実感できたのは大きな収穫でした。

▶「ロートレック展」まもなく!

現在、まもなく開幕の「ロートレック展 時をつかむ線」(2024年6月~東京・SOMPO 美術館、札幌芸術の森美術館、松本市美術館に巡回)を絶賛制作中。開催館の学芸員のみなさんが執筆した原稿も、これまでとは違って見えます。みなさんのこだわりと緻密な仕事、そして個人的にも愛情をいっぱい注いだカタログの完成が待ち遠しい!
 カタログ制作についてはまた次の機会にお話しします。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。


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