コミュニケーション・デザインと絵本
日本ではなぜ絵本とデザインを分けて考えるのだろう。これはデザイン的な絵本だとか、デザイン的で子ども向きではない、という声をときどき聞く。だとすれば、デザイン的でない絵本や絵本らしい絵本とはどのようなものを指すのだろう。
デザインという言葉も、使われ方がさまざまであることを考えれば、仕方のないことかもしれないが、絵本の分野ではどうも造形的な面、しかもシンプルで飾り気のない平面的な形や色彩に対していわれることが多い。
絵本は絵の入った本であるために美術との関係は当然強いが、表現性は多様で、しかも文学表現を備えている。現状は児童文学の分野から語られることが多いが、絵が主体の本であることを考えれば、美術やデザインの観点は欠かせない。
絵本は特別なものでない限り一冊だけということはない。印刷、製本され流通しているものが絵本と定義づけられているものだ。
グラフィック・デザインは、もともとは印刷物のデザインとして発達したものであり、印刷術によって複製される表現を指していた。つまりは印刷技術と切っても切れない関係にある。
書物や絵画などを複製するにあたってグラフィック・デザインは発達していくが、印刷技術と表現の特性を生かすことで、雑誌やポスターなどさまざまな表現形態をつくり出してきた。絵本もその一つであり、絵本が広く読まれるようになったのは印刷技術とそこから生まれた多様な表現形態があったからである。
絵本は一枚の絵画ではないし、文学に絵が添えられたものでもない。固有の表現形態を持ったメディアの一つだ。たとえ原画を複製する場合でも、本である以上は編集され、表紙や見返し、ページごとの構成、フォントや用紙の選択など本全体がデザインされている。
現代の絵本は、20世紀初頭のさまざまな造形の実験を引き継いでいるものも珍しくない。1950年代に入って、アメリカを中心に絵本が飛躍的に発展したのは、視覚表現の新しい思潮と映像やデザインの手法を積極的に取り入れたからであり、グラフィック・デザイナーが果たした役割は大きかった。
1970年代後半、私が絵本に興味をもったのも当時の絵本の表現に魅かれたからだ。ブルーノ・ムナーリ、レオ・レオーニ、ポール・ランド、ジュリエット・ケペッシュ、ソール・バス、イエラ・マリ、エリック・カール、シーモア・クワストの絵本は、絵本に抱いていたイメージを根底から覆した。
中でも、ムナーリの『霧の中のサーカス』を手に取ったときの衝撃は大きかった。半透明のトレーシング・ペーパーの特性を巧みに生かした効果は、霧の中をバスが進んでいく様子をそのまま体感できる。中ほどの色の異なった紙のページには大小の円の切り抜きがある。見るだけでなく、指先で触れながら次のページへと進む。見るというよりは、触れること、遊ぶことを通して身体全体で感じ取ることができる。目の前に生じる立体的な空間がとても新鮮だった。
アン&ポール・ランドの『きこえる!きこえる!』は、絵とテキストで音を感じ取れる。ボールが板塀に当たって壊れた音や、雪がしんしんと降る音を画面から想像させる。彼らは目に見えないところまで考えながら、読者の知覚に働きかける表現を試みようとしていた。
70年代後半は、日本の教育現場でもグラフィックからヴィジュアル・コミュニケーション・デザインへ、視覚によるコミュニケーションを言語として捉える「視覚言語」が探究されていた時期でもあった。グラフィック・デザイナーによる絵本は、さまざまな造形実験の場としても興味深く、デザインを考えていくうえでも示唆に富んでいた。
1960年代の絵本を見ると、商業活動から離れて絵本に関わったデザイナーも多い。絵本を通して子どもたちと向き合い、デザインの本質的な可能性を表現しようとしていた。ヴィジュアル・コミュニケーションの可能性を見出そうとしていたのである。
絵本から見えてくる「形」は一つの側面でしかなく、背景には絵本づくりのための考え方と周到な計画が基盤にある。形態は結果であり、そこに至る造形思考と実践こそが彼らにとって重要だった。デザインを含め造形思考もまた絵本表現を支える大切な要素になっている。
デザインは芸術を身近な生活と結びつけることだったが、近代以降応用美術として産業と消費者を繋ぐ商業活動と結びついて発展した経緯がある。このような経緯からデザインは産業と商業活動の関係で語られる比重が大きいが、これも一つの側面でしかない。デザインされたものだけでなく、デザインすることや思想にも目を向ける必要がある。
先史時代の矢じりや斧などの石器は、デザインすることのはじまりといってもいいし、洞窟壁画は、情報の共有と記録し伝えるための視覚デザインとみなすこともできる。
問題を解決するための創意工夫であり、生活のため、ひいては生きるための知恵を形にしていくのがデザインの本来の目的だった。
子どもの生活に寄り添った絵本は、コミュニケーション・デザインの本質を探るうえでも面白いと思うのだが。