小説「アタラクシア」金原ひとみ 最終ページの景色
欺瞞に苦しむ人物たちのこの小説を読んでいるとき、その時間は救われていた。
生きることにのたうつ彼らと過ごすのが愛おしかった。
めくって、最後のページを目にしたとき。
それは新しい段落からはじまり、一切の改行がなく、そして左に気持ちのいい大きな余白がある。
何が書かれているかはまだ読む前だったが、そのページの景色に感動した。
この本の中では今も人物たちが苦しんでいる。
せめて人物たちを慰撫するように最後のページの文字の並びと空白は清々しかった。
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「由依に会いたいと言われれば嬉しい。でも自分の感情に自分が蹂躙されていく恐怖がぬぐえない。私に蹂躙された自分は酸に溶かされるように呆気なく一瞬でなくなり、後には何も残らないような気がするのだ。」
「確かなものに触れたかった。いつも同じ時間に明かりが灯る灯台のような、必ず沈んでは昇る太陽のような、確実な周期でなくとも必ず寒さの後には暑さが暑さの後には寒さがやってくる四季のような、雲がなければ必ず見える北斗七星のような、投棄された後ずっと変わらず存在し続ける腐食しないプラスチックゴミのような、そういう確実なものに触れたかった。人はどうしてこんなにも不確実性の塊なんだろう。確かなものが欲しくて言葉や温もりや思考を積み重ねても一瞬で爆発して放射線状に散り散りになってしまう。だから私は信じられない。自分も自分の人生も記憶も明日も今日もこれから起こることも。何一つ信じられないそして今に縋る。」
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息ができないようなこの世界で生きるには、愛はない、幸はない、何もないと何度でも自分に言い聞かせることだ。そうすれば息くらいはできるようになるかもしれない。
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