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肉欲の封印 in 関市の刃物祭り

岐阜県の関市で行われた「刃物祭り」に行ってきた。刃物にまつわる企業が商店街にそれぞれ出店して、割引価格で商品を提供してくれるお祭りだ。料理好きな友達がお肉の筋を切るための包丁が欲しくて、数か月前から遊びの予定を入れていた。

そう、数か月前から筋を切りたい欲求を抑えた友達が包丁を手にしたらどうなってしまうのか、まだこの時は知る由もなかった。

刃物祭りでは商店街を通る車道を封鎖し、中央に刃物販売の大型のテント、歩道側に食べ物の屋台が出ている大型のイベントで、刃物に興味が無いカップルや家族連れも参加するためごった返している。どのテントでも自社製品を買ってもらおうと立ち仕事で声掛けと商品説明をしている中、その会社のテントだけは独特な雰囲気があった。キャンプ用のイスに深々と腰掛けるお兄さんとおそらく役職が下の社員がお客様対応をするビジネススタイル。座っているお兄さんは特段微笑むこともなく、マフィアのボスのように鎮座している。そんなテントに友達が欲しかった包丁があった。

店頭に並んでいるものを見ると金額が書かれた包丁の間に、適度に値札の貼っていない包丁が数丁置いてある。この時点なかなかやり手な手口で、欲しい包丁があれば向こうの言い値で金額が決まってしまう。元値が分からないためふっかけられても、値切りが出来たとしてもどれだけ損得があったか分からないようになっている。筋引き用の包丁は、十数店のお店を見ても満足するものがなく、販売数も少ないため陳列もなかなかされていない結果このお店で買うか買わずに帰るかの選択になっていた。

残念ながら欲しい包丁には値札がなく、この店のボスに値段を聞くと「17,000円です」と返ってきた。どうやら友達は別件で包丁を見に行った時に、16,000円の包丁を確認していたみたいで、くぅーーと苦悶の表情をしている。よくわからない僕は「たっけ」と小言を漏す。一旦考えますとテントからズレて時間を置いてまた戻ってみると、ボスは外国人を接客中で僕らには見せなかったハニカんだ表情をみせていた。そういう顔も出来んじゃんと思っていると、別の店員さんが寄ってきてくれた。改めて金額を聞いてみると「20,000円です」とだいぶふっかけてきた。そんないっていいんだ。もちろん通常料金より安く販売してくれてるはずだけど、こういうお客様感謝DAYみたいなイベントなのに振りかぶってぼったくろうとする腕力にあっぱれ。さすがの対応に「おいおいおいおい」と若手芸人並みに友達はつっかかる。「さっき17,000円って聞いたんですけど?」と伝えると「なら17,000円で」とあっさり認める始末。ここは包丁を時価で売ってるのか?しかも数時間で変化する株価みたいな時価でやってるのか?兄さんどうしましょうと友達の方を振り向くと「少し安くできませんか?」とそっちがその気ならこっちはこっちでやらせてもらいます魂を見せる。さすがに数回訪れたことがあって価格交渉も失敗したためか、はたまたこっちの気概に気圧されたか店員さんはボスに価格の確認をしに行った。正直、この地点でも信用はだいぶ下がっている。この先まだ何かあったら購入は流れるだろうなと思っていたらボスが「え?え?」と店員さんの言葉を聞き返している。「いや、これは値切れないよ!こっちもだいぶ下げて出してるから」とチェックメイトな言葉を出している。ボス…あんたはやっちまったぜ?友達はあと少し丁寧さがあったら揺れてたのに、大きな魚を逃したよ。その後ボスは店員さんに「だから値切れないよ。15,000円だって!」と言う。いや、値切れてる値切れてる。びっくりしたわ。値切れてるって。え?今、時価が変動した?今何時何時?鳩時計ならクルックーしてる?ボスは2000円下げてくれてるよ!無自覚の優しさ?無計画な経営戦略?そういう一芝居打つタイプのファンの増やし方なら遠まわしすぎだっつーの、ボスったら。ということで「買います」と友達は手を挙げていた。

なんだかんだあったが、友達は目的を達成したわけで。祭りの後は友達の家でご飯を食べることになり、今日のことを振り返って話していると、おもむろに購入した包丁を取り出して、洗いだした。海外映画なら「Hey、どうしたんだい?ボブ…様子がおかしいぜ?…そのナイフで体をバラバラにするイリュージョンでもするのかい?…」と急に狂気に満ちた友達に言っているだろう。数か月間で溜まった肉裂き欲がここで爆発してしまったようだ。そのまま冷蔵庫を開けて、前日仕込んであったローストビーフをうすーく切って僕たちの前に出してくれた。ただのおもてなしだった、ありがとう。


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