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温かくて、優しくて、ちゃんと痛くなる

もしかしたら。

彼女となら、ずっと一緒に居たいと思えるかもしれない。その日を迎えるまで、そんなことをぼーっと考えていた。

友人の紹介で知り合った女性との食事だった。年は同じで、とてもかわいらしく、興味を持った国には一人で飛び立ってしまうような主体性の持ち主であり、一緒にいるのが憚れるくらい、魅力的なひとだった。
 
なぜだか、彼女の優しそうな笑顔にある種の冷たさを感じた。確かに優しいひとだった。しかし、その優しさは、優しさから生まれたものではなく、もっと行方のないものに触れているような感触だった。
 
彼女を十分楽しませられた自信はある。それなりに楽しい時間だった。けれど、僕の心は一ミリも動かなかった。食事代は御馳走したが、お礼の連絡はなかった。同じように、僕も彼女の心を一ミリたりとも動かすことはできなかったのかもしれない。

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大学三年生の冬と、集めた古紙を小火で燃やすような日々。

思えばいつか、冗談で言われた不感症になってしまったようだ。

大好きだったはずの映画を観ても、小説を読んでも、友人と会っても、何も楽しくなくなった。新しい人物と出会っても、心を揺り動かされることもなければ、一緒に居たいと思う事もなくなった。

誰かと居たい。それなのに、一人で居たい様な、誰とも居られないような気になった。そうして一人でつまらないと呟いていた。大切な人が居たはずなのに、その顔を思い浮かべようにも、上手に描けない。話したいことがあった。伝えたいことがあった。その時の情熱が、もう思い出せない。

この生活はなんだろう。どこに迷い込んでしまったのだろう。こんなはずではなかった。何も楽しくない。何も手につかない。こんなはずではなかったのだ。お前を駆り立てるものはなんだ?そう訊いてみるが、返事はない。

いつもそうだ。それが僕にとって、最も許せない行為だとしても、誰かが心をこじ開けズカズカと土足で踏み込んでくることを、淡い期待として抱いている。いつか食事したあの女性を、思い出す。彼女は、何かにすがることなく、そんな淡い期待を人生に抱くことなく、滞りのない歩みを持った人だったのかもしれない。

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id:punkrockes それでも人に会い続ければ突然激しい痛みを与える人物と出会いそして自分は不感症ではないと再認識しその痛みを掘り下げると今まで気にもしていなかった細い路地を見つける。知らんけど。

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何て瑞々しい横顔なのだろうと思った。長い睫毛。控えめな唇。崩れそうな白い肌。どうしても触れてみたい、けれども、触れ方がわからない。どんな想いを込めても、彼女には触れられない、そんな気がした。

一晩中彼女は、僕と逆の方を向いて寝ていた。気を張っているのがありありと伝わってくるほど。後ろからそっと抱く形で寝た。そのくせ僕の心拍数の高まりが、少しでも彼女に伝わらないことを祈った。それは、水を抱くような感覚で、僕を無性に悲しくさせた。

朝、僕らの方が早く目覚める。本当は、僕は一睡もできなかったのだが、彼女が目を覚ましたので、「眠れた?」と小さな声で訊くと、少しだけ、と彼女は囁いた。僕は文庫本を手に取り、どうしても読みたい一節を読んでいた。何度も何度も読み返した、作者のあとがきだった。

彼女は僕の方を向くと、自分の身体を摺り寄せ、本当に、本当に控えめに僕を抱いた。朝方になり、初めて彼女の方から触れてきたので、少しだけ心臓の高まりを覚えた。それは、抱いたと表現していいのかわからなくなるほど、初めて異性の身体に自分から腕をまわしたのかと徒に訊ねたくなるほど、そっと彼女は、水を撫でるように、僕を抱いた。どうしてもその彼女の抱き方が愛おしくて、思わず僕は、そっと文庫本を置き、彼女を引き寄せ、抱きしめた。いじらしく、何かを求めるような彼女のあり方にやりきれない想いを感じた。だから余計に力強く抱いた。

肩にそっとキスをすると、彼女は怒った。優しい怒り方だった。

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彼女は痛みに鈍感だった。

あるいは、痛みに気づかないふりをしていただけなのかもしれない。

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僕は、僕に鋭い刃を突き立てるような、そんな痛みが欲しかった。何をしていてもつまらなく感じ、半ばヤケな思いで日々を過ごしていた僕にとって、それは思いがけない出会いだった。

好きになること。信じること。どう考えたって蛮勇だ。どうして人はそんなに簡単に誰かと一緒にいたいと思ってしまうのだろうか。けれども、そんなことを知りながらも、痛みを求めてしまうような瞬間が、ようやく訪れ、まだ死んでいなかったのだということを知った。

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全く違う他人に対して、恋心を抱き、頭が狂いそうになって、何にも手がつかなくなって、何かを得たような気になっては、何かを失った気になり、時には何かを奪われたような想いを押し付けられ、時には相手に対して残酷な気持ちを抱き、そんな向こう見ずな恋愛を、人は何度も、何度も、繰り返すのはどうしてだ。

きっと、自分が死んでいないことを実感するためだ。自分は生きていて、手で何かに触れることで温かみを感じ、時には痛みを覚える。それは、鈍い音を伴うかもしれないし、鋭く突きさすような痛みかもしれない。

愚かなことに、自分も例にもれず、何度も何度も、その曖昧な想いを抱く透明な時間に、愛おしさを抱き、優しささえも感じてしまう。触れると温かくて、優しくて、ちゃんと痛くなる。自分は生きているのだと教えてくれる、彼女はそんな人だった。

好きだという気持ちは、まやかしかもしれない。朝起きたら、甘美な夢から覚めるように、あたりまえの毎日を生きているかもしれない。恋心なんて信じられるものではないが、恋に落ちている間は、それこそ向こう見ずな好きだという曖昧な感情を、それでも確かな愛情だと信じたくなる瞬間がある。

生きているということを都合よく実感させる、それはもうドラッグのようなものだ。

そんなことを教えてくれたあの人は、死なない程度に、今日も幸福の摂取を繰り返しているだろうか。

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井出崎・イン・ザ・スープ
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