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#148【介護雑記】「毒親」は”捨てろ”。それも勇気ある立派な介護だと思う件。

『毒親介護』の著者でジャーナリストの石川結貴さんは、LIFULL介護が主催する「tayorini」のインタビューで、「どうしようもない毒親なら、『捨てる』という選択肢もある」と、語っている。

今日は、そんな記事の紹介をしてみる。

最後まで憎み続けて、亡くなった時に「あの人、やっと死んだよ。せいせいした」とダークな想いだけが残るのか。それとも自分ができる範囲で関わって、「まぁ色々あったけど、なんとか最後だけは送り出せてよかった」と思えるのかでは、その後の人生が変わってくると思うんです。本当の意味での納得ではないにしろ、自分なりに「ここまではやった」という想いがあれば、清々しく生きられる気がします。

記事より抜粋

◼️親からの愛情や承認を求めて介護を背負うパターンも


―― 毒親と一線を引けず(捨てるに捨てられず)、むしろ懸命に介護をしてしまうケースもあるようですね。

石川
毒親のもとで育った人は親に愛されなかった、認めてもらえなかったという独特の心理があります。「せめて死ぬ前に一言謝ってほしい」「最後にありがとうと言わせたい」など切実な想いがあるからこそ、懸命に介護を担ってしまう。親を捨ててしまったら、その一言が得られなくなってしまうからです。

本人も心の底で「こんな親、面倒を見るに値しない」とよくわかっているけれども、子どもにとって親からの承認や愛情は何にも代えがたい重みがあるものなのです。だからこそ、どんなにひどい親でも離れられないんですよね。

――どうしたらその状況に希望を見出せるでしょうか?

石川
本人も捨ててしまえばいいとわかってはいるけれども、抜け出せない状況にありますから、親が死ぬまで介護はやめないでしょう。でも、そんな親ですから、優しい言葉の一つも出てこない可能性は高い……。

親に認めてもらえなくても、感謝の一言がもらえなくても、最終的には自分で自分のことを認めてあげてほしいですね。「あんなにひどい親だったけど、なんとか面倒を見て、葬式も出してあげた。私、よくやったよ」って。そうして自分で自分を認めることが救いになると思います。

<記事より抜粋>


また、石川結貴氏は、「文春オンライン」でも、同案件についてインタビューを受けている。

「毒親は捨ててもいい」と介護のプロが断言する理由「関わることで破滅するくらいなら、自分の人生を優先していいんです」/文春オンライン

石川氏はこの中で、遠距離介護を支援するNPO法人「パオッコ」の太田差恵子理事長の論説を紹介している。<以下記事より抜粋>

「親孝行は美談で語られがちです。介護は人を成長させる。つらいことがあっても乗り越えられる、そんな声は多いし、確かにそれも事実でしょう。

けれども、現実に、今まさに毒親に苦しんでいる人にとっては、きれいごとに聞こえるかもしれません。そんなきれいごとをり所にして、”がんばれ”というのは酷だし、どうしようもなく辛いのなら”捨てる”という選択を考えていい。

毒親に関わることで破滅するくらいなら、自分の人生を選択していいんです。」

太田さんによると、毒親介護で難しいのは「見極め」だという。

死んでも関わりたくないほどの毒親なのか、少しくらいは助けてやろうと思えるのか、見極めが出来ずに悩む人が多い。

気持ちの整理ができない場合は、ひとまず専門の相談員に出向き、親との関係性について率直に伝えるといい。

「各地域には、高齢者の生活や介護の相談窓口である地域包括支援センターがあります。自分だけでいいので、まずはここを訪ねて、親がどんなサービスを利用できるのか確認して下さい。過去に虐待されていた、親が暴力的、家族関係が悪い、そういう事情があるなら、隠さず伝えましょう。その上で親に関わらないのか、それとも、何ができるのか、相談員と話し合うことが大切です。」


私の母も「毒親」だった。世間からは見えない「毒親」。

何かというと、すぐ手を上げた父は、世間からわかりやすい「毒親」だっただろうが、私にとっては、そうではなかった。

「毒親」の「毒」が強すぎて、かなり大人になってから、もしくは、「介護」という段になってから、「毒親だ・・・。」と気づく場合もある。

また、連れ合いの方が、義父義母が「毒親」だと気づいてしまう場合もある。(でも”実子”は、それに気づかないとか。)

毒親の「見極め」というのは、難しい・・・。

🔷🔷🔷

私が要介護申請に行った時には、「このままだと、私は母に手を掛ける。」という、まさに、”ロストケア”状態の崖っぷち。

「私から母を保護して欲しい。」と、市役所の高齢福祉介護窓口で、会ったばかりの、娘みたいな若い女性職員に、”もうどう思われてもいい・・・。”と、開き直って、淡々と伝えた。

”自分が手をかけるくらいなら、「捨てて」やった方がマシ。”
”こんな酷い事を考えるのは、自分ぐらいなもんだろう・・・。”
”だけど、もうこのままでは、私は、母の息の根を止めてしまう・・・。”

母が「毒親」であったこと、長い間うつ病を患っていたこと、初めての「認知症」介護で、どうしていいかわからず、あぐねきっていること・・・。

それを、ずっと世間から隠して、誰にも相談できずに、ここに来るまで、7年もかかったこと・・・。

そんな事を、初めて会う、赤の他人に、包み隠さずに話すのは、本当に勇気が要った。これで、もし、行政に受け止めてもらえなかったら、今、ここに私はいない。

認知症は、誰しもが避けられない、”迎えの舟”、その舟に、如何に穏やかに上手に乗せてやれるかが、私達の仕事だ。

そう教えてくれた「小規模多機能型居宅介護施設」の湯ばぁーば施設長に会う事もなかった。

母が望んだ「”娘”との楽しい時間」、「暖かい食事」、「安心していられる場所」を与えてくれたグループホームのスタッフさん達に会うこともなかった。

「毒親」だった母を、私が”捨てた母”を、万全の体制で介護し、看取ってくれた彼女達、私にはとても出来なかった事を成し遂げてくれた彼女達、その力量に私は胸を打たれた。

あの時、勇気を持って、行政の窓を叩かなければ、私は、「本当の介護」と出会えなかったと思う。「認知症」と正しく向き合う事も、ましてや、その後、父の介護と向き合う事も、出来なかったと思う。

結果的に、「毒親」を「捨てる勇気」が、その毒親も、そして、自分の人生をも救ってくれた。

「毒親の介護」に悩んでいる人、自分の親が「毒親」なのは、決して、あなたのせいじゃない。恥ずかしい事でもなんでもない。

死ぬまで親を恨んで憎み続け、看取ったら「ざまぁ!!」と溜飲を下げる為の介護なんて・・・、

そんな人生を、あなた自身が送る必要は何処にもない。

介護資金があってもなくても、親の年金が少なくても、是非、一度、介護に関する相談窓口へ相談に行って欲しい。

真に「毒親」から解放され、自分の人生を取り戻す為に ―――。



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