【開催報告】2022年五月祭に出展しました
5/14-15に東京大学で学園祭「五月祭」が開催され、そこに言語学を題材とした企画を出展しました。
科学コミュニケーションサークルUTaTanéさんとの共同企画です。
彼らとの共同企画はこれで4度目でしたが、対面でのイベントを企画するのはこれが初めてでした。
過去2年間は、コロナ禍のため、オンラインでの開催のみだったためです。
今回は、昨年度「駒場祭」で展示した「みるみるオノマトペ」を対面ワークショップとして作り直したものを実施しました。
私は残念ながら現地での参加が叶わなかったのですが、簡単に開催の報告をしたいと思います。
「みるみるオノマトペ」とは?
「みるみるオノマトペ」は、「音象徴を可視化し、参加者同士の対話を促す展示」として企画されたものです。
UTaTanéさんとは、これまでもオノマトペを題材としたオンライン展示企画を共同制作していて、この「みるみるオノマトペ」が3作目になります。
(これまでのコラボレーションや「みるみるオノマトペ」の制作意図などについては、こちらの動画で発表しました)
「みるみるオノマトペ」のために書き下ろした「音象徴」のコラムから、音象徴を説明した箇所を引用します。
オンライン展示から対面ワークショップへ
「みるみるオノマトペ」は、当初オンデマンド型企画として開発されました。
オンデマンド・バージョンの「みるみるオノマトペ」の特徴は、次の通りです。
オンラインで会期中いつでも・どこからでも参加できる
シンプルな操作で参加できる:音声(オノマトペ)を聞いて、イメージに合う色・形・感情(顔文字)を選択する
選択した結果を一覧することができる
今回、対面ワークショップ用に仕様を変更するにあたり、以下の修正を加えました。
ワークシートを用意し、そこにイメージに合う「顔文字シール」を貼る。ワークシートには「顔文字シール」を貼るだけでなく、コメントを書いて、イメージを具体的に表現することができる。
ワークシートを「感情マップ」上にマッピングする。「感情マップ」は、Atlas of Emotionを参考に作成し、「喜び」「恐れ」「悲しみ」「怒り」「嫌い」の5つの感情からなる。
オンラインでは、オノマトペから形・色を選ぶアクティビティもありましたが、今回の対面では感情(顔文字)に限定しました。
その代わり、「感情シール」を105種類用意することで、選択肢が大幅に増えました。
これによって、選ぶ面白さが生まれ、またより柔軟な選択が可能になりました。
それでもピッタリくる顔文字がない場合は、自分で描くこともできます。
また、オンラインでは、参加者が選んだ顔文字を順番に並べて掲示することしかできませんでしたが、対面では空間上に参加者が自由に掲示する仕様になりました。
これによって、どの顔文字を選んだか(あるいは描いたか)だけでなく、それをどこにマッピングするかにも、参加者のアイデアやイメージが反映することができるようになりました。
マッピングの結果から何が見えてくる?
今回は「ワクワク」と「ワシャーワシャ」という2つのオノマトペを取り上げて、実施しました。
※「ワシャーワシャ」については、こちらのコラムで解説していますので、興味があれば、ご覧ください。
「ワクワク」はよく知られたオノマトペとして取り上げました。
参加者のほとんどがその表す意味もすでに知っているため、当然ながら、マッピングの結果は「喜び」に偏っていました。
一方、「ワシャーワシャ」は参加者の多くが聞いたことがないオノマトペだったのではないかと思います。
マッピングの結果も、「ワクワク」と比べ、特定の感情への偏りはなく、全域的に分布していると言えます。
あえて言えば、やや「喜び」に偏っているように見えますが、これは参加者が「ワクワク」と無意識に対照してしまった影響(つまり何かしらの類似性を読み取ってしまった結果)もあるかもしれません。
「ワシャーワシャ」に関するコメントを感情ごとにいくつか拾ってみましょう。
「喜び」:心がかき乱されるくらい嬉しい感覚?、最大の愛情表現、ほっこり・すべてを受け入れる笑み、頭の中がいろんな情報で混乱する感じ
「悲しみ」:痛いよー・きもちわるい〜・ヤダー
「嫌い」:頭の中がモヤモヤしている
「恐れ」:マジでやばい!みたいな感じ、かき乱される感じ、もんもんしている・追い込まれちゃう
「怒り」:爆発しそうという気持ち、気持ちが毛羽立っている感じ
私が特に興味深いと感じたのは、感情としては異なるものと結びつけていながら、共通するようなイメージを掬い取っているようなコメントが見られることです。
例えば「掻き乱される」というコメントは、「恐れ」にも「怒り」にも「喜び」にも見つけることができます。
これが何を意味するのか、即座に理解することはできません。
しかし、オノマトペから感じ取った具体的なイメージが共通していても、それと結びつく感情は人によって異なってくるという事実は、音象徴という現象の複雑さを物語っているように感じます。