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東方曲感想/考察 一「月の雫」Rega Sound

月の雫 RegaSound


 この曲は私の好きな曲。というか好きな曲以外は紹介しないと思う。あまり遅いテンポの曲は聴かないのだが、これは非常に、私の美的感覚を刺激した。

 ちなみにボーカルはらむだーじゃんさんを想定している(私がそっちを聞いているので)。

 この曲で気に入っているのは何と言ってもリリックの郷愁的な表現だ。
 "誰も居ない花畑で今も返事がない"。これは誰も居ないはずの花畑を、足繁く通って気にしている者が居るということだと思う。

 "見慣れた景色だが寂しい"。この場所はよく過ごしていたが、前ほど賑わっていない。そして恐らくその賑わいは、ただ一人によって作られていた……そんな気がする。

 私はこの曲で一番分からないのは、"僕"が隠した大事なもの。"貴女"、ははじめから隠したものに気づいていたようだ。私が咀嚼すると、『僕は"大事なモノを隠さなければいけない"と思っていたが、貴女は最初からそれに気づいていて尚僕と接してくれていた』ということになる。なんかいいね。

 私は今歌詞を見ながらこのnoteを書いているが、歌詞カードを持っていないので間違いがあるかもしれない。申し訳ない。もし間違いがないのなら、歌詞には『貴女』と描いてある。一般的に考えれば、僕が男で、貴女は女。さらに言えば貴女は"伊吹萃香"だ。そう考えると、嘘に敏感な鬼である萃香が、僕の隠しごとに気づくのも頷ける。

 そして。"いつの間にか、貴女が萃めた想いが溢れる"。凡人の私が推察すると、溢れたものは涙のことだと思う。そしてその涙を作る想いは、貴女によって萃められている。ここも、貴女=萃香だとする根拠だ。
 貴女ははじめから気づいてたんだなあ、と思っていたら貴女への想いが溢れてきた。それは貴女が僕にとって重要で好いていた人物だったから。そうさせたのは貴女の所為だ。だから、涙の原因であるこの想いは貴女が萃めたものだ。
 ……ということだろうか。

 サビは青空を想像させて始まる。
 "青空泳ぐ雲を動かして貴女の笑顔を作ったら、崩れないで風が運ぶ"。涙が溢れたから上を見上げたのだろうか? 誰も居ない花畑、一目を気にする必要はない。であるなら、萃香がどこかから見ていると思ったのかな。萃香なんて、どこに居てどこから現れても不思議ではないから。
 雲を動かして貴女の笑顔を作る。本来貴女の笑顔にはそんなに似てないだろう、その雲は。しかし僕には、それが貴女の笑顔に見えるくらいに貴女のことが頭にある。だから、貴女の笑顔を無理やり雲で作ってしまう。
 そしてそうなってしまったら、その雲は崩れない。貴女の笑顔が頭から離れない。

 "涙誤魔化す雨降れ"と願うが……。風が雲を運ぶ、という表現なら、恐らくではあるが、運ばれた雲があった位置には、青天が広がっているはずだ。雲の無い所に雨は降らないだろう。僕の雨乞いは、叶わなかったのだと思う。何せ、その雲は笑顔だったのだから。


 "逆さに踊る夏祭り 小さな花を揺らす"
 "寝転ぶ僕に 邪魔して笑う 頬赤く染めて"

 逆さの夏祭り。僕が寝転んでいるから、寝転んでいる僕が見上げて夏祭りを見れば、僕からしたらその夏祭りは上下逆さになっているだろう。
 夏祭りが小さな花を揺らす、というのがよく分からないので、小さな花は浴衣姿の貴女……萃香ではないか? と思った。僕が何処で寝転んでいるのか分からないが、私は縁側を想像しておく。
 寝転んでいた僕を、恐らくは貴女が邪魔して、ふざけて笑っている。頬を赤く染めて、という言葉が二回目の登場だが、萃香はどうせ素面ではなく酔っぱらっている状態のはずだ。だから、頬が赤らんでいる。そして、その赤らみと、照れていたり、ひいては恋慕からくる頬の赤らみとの区別がつかないということだと思った。

 "目覚めた後の虚しさよそに 打ちあがる華は夢と同じ"。

 小節の区切りと時を同じくして、夏祭りが夢だったことが明かされる。夢で貴女を見て、目覚めて虚しくなっている。
 そんな僕なんて無視して、打ちあがる華(多分、花火だろう)。それが夢と重なる。ということは、夢は少なくとも一年前の光景なのか。

 寝転ぶ僕を、萃香が邪魔する。逆にいえば、萃香から僕に接触しているのだ。もしかしたら、というか私の勝手な想像だが、萃香から僕に話しかけることの方が多かったのではないかな、と思う。花火が上がっているのだったら、夏祭りは始まっているはず。なのに寝転んでいるのなら、少なくともこの時点では夏祭りに参加していない。萃香は活発そうだし、僕が萃香を面倒がって適当にあしらっていて、居なくなってそれを少し後悔している……という物語が、私には浮かんだ(そして勿論、萃香はそんなことを気にしてはいないだろう。もうちょっと構ってあげたら、それは喜ぶだろうが)。
 まあ、夏祭り、が意味通りではなく、別のものを表している可能性もあるけど……。

 そして、ここでまた、想いが溢れてしまう。ただ1番と違うのは、この"溢れた想い"は貴女が萃めたものではなく、僕が萃めたものだということ。
 僕もどんどん、貴女への想いが膨らんでいった、ということだと思った。萃香が先で、僕がその次。そしてそれが最も膨らんでいる今、貴女はもう居ない。

 "流れる雫 光る夜空に 僕の願いを並べても"
 "叶わないで 月は滲む 涙照らす光させ"

 2番のサビ。流れる雫は、十中八九、涙。夜空を光らせているのは花火だ。
 色々な欲や後悔、望があって、それらを羅列させているのだろう。
 だがそんなに都合よくすぐ叶うことはない。月が滲むというのは、涙で視界が歪んでいること。花火が上がっているというのに、僕は月を見ている(ここは作詞の都合だと思うが)。砕月との関連性も感じる。この曲の原曲は萃夢想らしいが。
 僕はまた泣いている。そしてそれを照らしてくれる光を差せと望む。しかし願いはかなわなかったと歌っているので、花火は終わって、さらには月も隠れたのかな、と思ったり。私の考察を前提とするなら、涙を誤魔化す雨も降らなかったのだから、光も差してないんじゃね? と思っている。
 この後は1,2番のサビを繰り返して、終わる。これは作曲の都合だと思う。が、これすら解釈するのなら、また青空(=日中)と月光のある夜空がある。つまり日が経つ。そこまでいっても、貴女の笑顔や僕の願いが忘れられない……という曲になる。

 さて、ほぼリリックに関しての考察もどきになってしまったが、ここまで。総評として……
 今居るのは僕だけで、貴女はどこにいるか分からない。そしてその貴女に僕は想いを馳せて、泣いている。昔・過去を想像させる歌詞だ。私はこういう、儚く消える男女の別れが大好物だ。

 この曲では、未来についてあまり書かれていない。現在と過去について書いているように聞こえる。サビの繰り返しで想いを馳せて、せめてこの涙をなんとかしてくれ、と願うところで終わっている。聴衆たる私とあなたは、また二人が出会う未来も想像できる。

 以上

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