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【短編小説】Episode.2 我が禿との闘争
*下ネタ注意!
まだ20歳だというのに私の頭頂部はもの凄く薄く、額も後退し始めた。
私の家は代々若禿で、親父も爺さんもそのまた爺さんもみんな頭頂部から禿が拡大していく家系だった。
私は小学生の頃から頭頂部の髪の毛の本数が少なく、そのため将来に漠然と不安を抱いていたのだった。
一般男児の毛髪量を100%とすれば、私は95%ほどだった。
それほど禿でもないのでは?
5%の差なら大丈夫!
よくあることじゃないか――。
あなたはそう思うかもしれないが、後頭部にライトを当てられるとはっきり分かる。
熱い、はっきり言って熱い。灼熱地獄である。
しかも髪の毛が透け、地肌が見える。
なぜ分かるのかと?
父親が私の記念写真を撮るとか何とか言って自撮り棒に装着したスマホのカメラをいじった挙げ句、機械に不慣れな父親は私の頭頂部にライトを照射し続け、シャッターを切ったのは三分後だった。
しかも写っていたのは私の透けた頭頂部だけ。
あなたはこの「虐待」とでも言うべき行為に耐えられるか?
鋭敏になっている幼心に対し、親が心を無限ループのように抉るのである。
以来、道行く人がスマホのカメラを構えているのを見るたび、私は恐怖に駆られた。
思春期に突入した中学生になると本格的に若禿の兆候が現れ始め、95%だった頭頂部が90%くらいに減り始めた。
私は恐れおののきつつも果敢に禿の侵攻に闘いを挑んだ。
毎晩お風呂に入り、きちんとシャンプーとトリートメントをし、親父が使っていたバカ高い育毛剤を朝晩振りかけ、頭皮のマッサージも欠かさなかった。
毛髪の成分として必要なヨードを含む食材も朝昼晩と食べた。昆布、わかめ、ひじき、酢昆布、根昆布等々。
毎晩、寝る前に洗面所の鏡の前で頭の上に手鏡をかざし、頭頂部のチェックも怠らなかった。
しかし、敵の猛攻の前に私の毛髪は後退に継ぐ後退を余儀なくされていった。
高校に入学した私は初恋という淡い思いを抱き、彼女の気を引こうと髪の毛を伸ばして肩までかかる長髪にするという大失態を犯してしまった。
長髪にすると重力の法則により髪の毛が引っ張られ、頭頂部の薄さが露呈した。私は自ら禿丸出しの屈辱を味わう羽目に陥った。
もうこうなると初恋とか淡い思いとか何とか言っている場合ではない。
私にとって最大の関心事は禿との闘いなのだ。
おまけに髪の毛を伸ばしたせいで髪が傷み、禿の侵攻を助長してしまった。その時点で私の毛髪%は80%にまで後退していた。
私はすぐさま手を打った。
髪型を坊主頭に変えたのだ。
先手必勝、果敢な抵抗が功を奏し、大学に入っても80%を維持し、禿の侵攻を食い止めていた。
これ以上の侵攻は何としても防がなければならない。
大学の授業より若禿対策重視。
アパートの部屋に籠もり、毎日パソコンに向かって「よしこい一発! 全世界育毛剤メタサーチ」の開発に熱中した。
一番重要な課題は、世界各国の育毛剤、あるいはその周辺情報を正確な言語でいかにして検索の網にかけるか、ということだった。
調べに調べ、私を救ったのは世界中の悩める若禿が集うサイト『ロンリネス・ハート』だった。
そこでは若禿専門の隠語や用語、情報をやり取りするため、「トラスト・ミー」というオープンソースの翻訳ソフトが使われていた。
ブラウザに表示されるサーバー所在地の識別国は不思議な事に地球のアイコンが表示され、どこの国なのか分からなかった。
だが、大事なのは世界中の若禿同士の傷の舐め合いとかサーバー所在地がどこかといったことではなく、私の若禿対策である。
早速、「トラスト・ミー」を使い、パソコンを立ち上げると世界各地で新発売された育毛剤を瞬時に巡回検索し、日本語で表示してくれる「よしこい一発! 全世界育毛剤メタサーチ」が出来上がった。
私はありとあらゆる育毛剤を世界中から購入しては試した。
しかし敵も然る者、恐ろしいことに禿は攻撃の矛先を変え、額への侵略を開始したのだ。
それは大学2年の冬のことだった。
鏡をよく見ると、額の生え際が全体的に5ミリ程度後退しているのを発見した。
私の額は夏に日焼けした部分と、髪の毛が抜けた白い地肌に分かれてしまっていたのだ。
攻撃の矛先を額に移した禿は、それから額の両脇に侵攻の手を伸ばし、ソリを入れたような状態になってしまった。
その間にも禿は頭頂部の侵略を諦めたわけではなく、頭頂部と額の両面から禿の挟撃を受けた。
私の毛髪%は70%にまで後退した。
オールバックで頭頂部の禿を隠そうとすると、額の広さが露呈される。額を隠そうと前髪を下ろすと頭頂部の禿が露呈され、私は窮地に陥った。
部分カツラを使うことも考えたが、すぐに却下した。
禿との闘いを放棄するわけにはいかない。
私は闘い続けなければならないのだ。
ある日、いつものようにパソコンを立ち上げると、ジダン共和国という聞いたこともない国で新しい育毛剤が発売されたと表示された。
元は何語か分からないが、翻訳された説明によると、『ニートン』誌や『ナイチャー』誌など世界的権威のある科学雑誌に「今年のノーベル賞受賞は間違いない」と書かれている、らしい。
また、ノーベル賞に絶大な影響力を持つスウェーデンの科学雑誌『ノーヘル』に至っては、「ダイナマイト以来の大発明だ!」と書いてある、らしいではないか。
私は藁にもすがる思いで、その育毛剤を注文した。
日本円で15万円の出費だったが気にも留めなかった。10日後、海外宅配便で届いた箱を開け、丁寧に梱包された小瓶を取り出した。
ラベルには“β版”と書かれていたが、そういうものだと思った。
説明書は英語で書かれており、「1日1回、頭皮の薄い部分に3滴振りかけると翌日には髪の毛が生えてきます。3滴以上は絶対に振りかけてはいけません」と書いてある、らしい。
さっそく頭頂部と額に3滴ずつ振りかけた。
翌日、驚いたことに育毛剤を振りかけた部分にうっすらとうぶ毛のようなものが生えていた。
私は喜び勇んで、毎晩育毛剤を3滴ずつかけ続けた。髪の毛の成長は著しく、1週間後には定規で測ると3センチほどまで伸びてきた。
禿の侵攻、恐るるに足らず。
私は一人、鏡を見ながら高笑いした。
しかし、新しく生えてきた毛はなぜか縮れていた。
私の髪の毛は、本来柔らかい猫っ毛である。
おかしいなと若干気になったが、β版だからなのかもしれない、あまり気にせずそう思った。
正規版が発売されたらすぐに買えばいいだけなのだ。
その晩、風呂に入って私は己の体の異変に気付いた。
毛深かった私の体毛や陰毛が薄くなってきている。これは一体どうしたことか。育毛剤の副作用なのか。
しかし、禿との闘いに勝利するためならば体毛や陰毛が薄くなろうと構わない。
私は全く気にせずにいた。
それから3日後、5センチほどに伸びた縮れ毛のおかげで、私の毛髪%は98%にまで増えていき、体毛は無くなり陰毛はさらに薄くなった。
さらに数日後、8センチほどに伸び、毛髪%はほぼ100%になった。
禿に勝利したのだ!
が、その後、何日経ってもそれ以上は伸びなくなってしまった。
しかも陰毛は全く無くなっていた。
私は焦った。
陰毛が無くなるのは構わない。しかし、一度は撃退したはずの禿の侵略が再び始まるかもしれない……。
少し躊躇ったが、焦っていた私は残りの育毛剤を全部振りかけ、深い深い眠りについた。
翌朝、目が覚め、鏡を見ると頭頂部の縮れ毛の間から、ペニスがにょっきりと生えていた。
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