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人生が変わる箸、Miyabow。

2024年は私にとって大変なことの多い年でした。でも後から振り返ってこの年の「良かったこと」を思い出すとしたら、必ず本案件が入ると思う。この制作ができて良かったです。本当に。

まずは成果物である映像をぜひご覧ください。

Miyabowの宮保さんは、福井県でお箸づくりの工房を構える箸職人さん。私にとっては友人の友人にあたります。その宮保さんが、ご自身の最も大切にしている「オーダーメイドの箸事業」をより多くの人に広めるための動画を制作したいとおっしゃっていて、そのご依頼を受けるタイミングで初めて私は宮保さんの存在を知りました。

初回のコミュニケーションをとる前に、事前資料として、これまでに宮保さんが取材されたテレビ番組の録画を何本かお借りして拝見しました。

衝撃でした。

宮保さんのつくるお箸はいずれも病気や事故で「手が不自由になった方」に向けられたもの。いわゆる福祉用箸です。形の決まった定番品もありますが、今回メインで見せていく「オーダーメイドのお箸」は、一人ひとりの障害の程度、手の動きや大きさ、生活スタイルに合わせて完全にゼロからつくられます。それこそ、指が一本しか動かなかったり、通常と指の動く向きが違ったりする人もいらっしゃるので、「どうやってその手の条件から箸の動きを生み出すか」の機構からしてゼロベースで考えなくてはいけない(こともある)。木工作家というより、やっていることは若干エジソンに近いんじゃないかと。結構な頻度で大なり小なりの「発明」を要求されるというのは、相当な負荷なんじゃないだろうかと・・・。
それでいて18,500円(送料別・2024年現在)。これはもう、信念を映した価格でしかないでしょう。「箸で食べる」を日本人にとっての健康で文化的な最低限度の生活に含まれるものと見做し、「生きるために必要なものの値段を上げすぎてはいけない」とでもいうかのように、宮保さんが自ら最後の砦になろうとしている。そんなふうに私には見えて、途方もない尊敬と、畏れに似た気持ちが湧き上がりました。
資料映像の中では、出来上がった箸を手にして心から喜んでいるお客様と、それを涙ながらに見守るご家族・介助者の姿が映し出されていました。さらにはその光景を黙って見守る宮保さん。その顔はチベットの高僧のように穏やかで優しく、純度が高い。私はこれからこの人に対峙するのか。・・・絶対自分が試される経験になるだろう、と覚悟したわけです。

工房の目の前の景色。夏はこの用水で蛍が見られるそうです。

事実、そうなりましたというか、最初にご挨拶した日に「あなたは今回何を作りたいのですか」という質問が飛んできました。
私の仕事はどちらかといえば相手のやりたいことを最も良い形で実現する「お手伝い」の側面があるので、私の作りたいものが先にある訳ではなく、引き出す中で両者から形作られていくのだと思っています。そのため、初手から(なんならお客様にヒアリングする前に、お客様の側から)「何を作りたいのか」と聞かれたことは今までに一度もなく。でも、おそらく宮保さんの質問はそういう次元のことを聞いている訳ではないのもわかっていました。意志のない人と仕事をしたくないのだろうと。あの時なんと答えたかの詳細は省きますが、私なりに率直に、事前資料を見た段階から思っていることを答えました。こうした質問を受ける場面は制作中に幾度もありました。「何を一番伝えたいのか?」「それで伝わるのか?」


工房の中。壁には人体の骨の図。

さて、制作が始まってから、最終形態に至るまでにはそれなりの紆余曲折あったのですが(それを書けよ!という言葉が飛んできそう。すみません)、どのバージョンの企画・編集においても私が大事にしたかったことがあります。
それは、この動画は宮保さんの物語であり、同時にお箸を買うお客様一人ひとりの物語でもあるということです。

宮保さんの生き方を通してしか、この箸に宿る本質的な価値を伝えることはできない。なのでカメラは宮保さんの姿を追いかけ、語りを録る。
だけど、その宮保さん自身が見ているのは自分自身ではなく一人ひとりのお客様である以上、動画を見る人も最後はそこに視線を合わせてほしいと思ったのです。そうすることで、「製品をアピールする」「オーダーしたいと思ってもらう」という販促動画としての役割を超えて、世の中に対する影響力をわずかでも持てる動画になるのではないかと。

障害を取り巻く環境。見えにくい困難を想像する力。「食べる」という行為の持つ社会的側面。そして人が喜んだり悩んだりするときの、内面から放つ輝き。そういうものが心に残り、考えるきっかけになれば。誰かを思って行動することにつながれば。(私はMiyabowのお箸が「ただ売れる」のではなく、どういった社会の中で売れていってほしいかを大事にしていたんだな)

・・・と、自分の意図はその辺にあるのですが、受け取り方はそれぞれだと思います。感想は随時お待ちしておりますので、ぜひぜひお願いいたします。何よりご自身の周りにお箸でお困りの方がいらっしゃったら、ぜひこの動画と共にmiyabowを紹介していただけますと幸いです。

宮保さんへ。たった5分の動画のための、半年にわたるプロジェクト、本当にありがとうございました。正直私はずっと緊張していました。この1本を、本当に大事に世に送り出したい。宮保さんと出会うことで救われるであろう多くの人々に、ちゃんと届くものにしたい。そればかり思っていました。その割にはめちゃくちゃシンプルな動画になった訳ですが、うん、大丈夫。これだったら伝わる。自信があります。
「自分の持っている技術と社会の求めるものが高い次元でマッチした」のがオーダーメイドのお箸づくりの仕事だという言葉、あれを聞いた時に、内心とても羨ましかったです。帰りの車でずっと反芻していました。高い次元。自分の仕事はそう言えるか。言えるようになるにはどうしたら良いか。
いまだに私の中で問答が続いています。

動画、そしてMiyabowのお箸を、これから私個人としてもどんどん広げていきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。まずは一区切りとしてお礼を。


動画制作チーム
私、谷川司、キザワヒロヤ
(今回は私と谷川氏の二人ディレクター制みたいな感じでした。私が言葉と企画寄りのディレクターで、谷川氏がアートディレクション寄りの。カメラマンのキザワさんには過去イチの修正回数をお願いしました。せっかく撮ってもらったのに使わなかった場面も色々あります。スマートにできなくてすみません、でも本当にありがとうございました。)


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