夢の続き

 とても暑い日だった。最高気温がその年の最高記録を更新するような日。俺はバッターボックスに立っていた。

 地区大会決勝。九回裏、ツーアウト満塁。一点ビハインドなんて漫画みたいな場面で、チームの運命は俺のバットに託されていた。勝てば甲子園出場、負ければ地区大会敗退。

 バットを握る前、そっと尻のポケットに触れる。中には、こっそりと忍ばせた手作りのお守り。野球部のマネージャーが、レギュラーだけに特別に作ってくれたのものだった。この試合に勝ったら告白する。密かな想いを胸に、俺は相手ピッチャーと対峙した。

 緊張と暑さで頭がぼんやりしていた。打てる自信なんてなくて、不安でいっぱいだった。震える手を必死で抑え、何度もバットを握りなおした。カウントはツーストライク、ツーボール。相手ピッチャーが俺に対して五球目の球を投げ込んできた。まっすぐなストレート。球もストライクゾーンをしっかりとらえている。俺は歯を食いしばり、思いっきりバットを振った。



 面接室に向かう廊下を俺は歩いていた。もういくつ受けたかもわからない採用試験。たまたま緊急募集があった大手証券会社の、最終面接。どこの大手もすでに内定を出しているこの時期に、ここの会社だけが追加募集を行った。ここに落ちたら、採用活動を行っている会社はほとんど残されていない。完全に後がない状態の、最後の俺の希望だった。

 自信なんてぜんぜんなかった。手だって震えていた。緊張で頭の一部がマヒしているのもわかる。空調の効いた屋内なのに、汗が止まらなかった。あの夏の日と同じだった。高校時代の、最後のバッターボックス。

 結局、甲子園には行けなかった。見事な俺の三振で、チームは負けたのだ。

 試合後、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、チームメイトに謝り続けた。誰も俺を責めず、逆に一緒になって大泣きしたやつまでいた。これでなにもかも終わり。そう思いかけた俺に残されたのが、あのときマネージャーからもらったお守りだった。試合に負けて、自分の夢は終わったはずなのに、このままでは終われないという思いが、なぜか胸に残った。

 以来、俺はそのお守りをずっと持ち続けていた。告白もできず、夢も破れ、何もかもなくなったはずのあの日以来、もう一度、別の夢を見つけ、それをつかむために、ただがむしゃらに努力してきた。そのすべてを、今日この日にぶつけるつもりだった。

 面接室の前につく。扉の前に立ち、一つ大きな深呼吸をした。胸ポケットにそっと触れ、お守りがあることを確認してから、俺は扉に手をかける。

 二死満塁のバッターボックス。その続きを、俺はもう一度ここから始める。

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