THEインタブー『裏うたのおにいさん』編
うたのおにいさんと言えば、子どもたちと一緒に楽しく歌って踊る、そんな爽やかなイメージがあるだろう。
かくいう私も、子どもたちと一生懸命に、そして楽しそうに歌う姿に好感と敬意をもって『おにいさん』と呼んでいた過去を持つ。
だが、今回私が接触した人物はただの“うたのおにいさん”ではない。
「裏」がつく、おにいさんなのだ。
この言葉を聞く限りでは、その活動内容がまったく想像がつかない。
果たしてどんな人物なのだろうか? 「裏」という言葉が持つその真意とは一体、なにがあるのだろうか?
某日、昨晩から降り続く雨の中私は、小田急線沿線の急行列車も止まらない小さな駅に降り立った。そこは取材対象が住む町だという。
一件だけある小さなファーストフード店で待ち合わせ。
すると、まさに「うたのおにいさん」という、いで立ちの青年が爽やかな笑みをたたえてやってきた。
おおよそ裏という言葉が似つかわしくない甘いマスクを持ち、ともすれば本物の「うたのおにいさん」という印象を抱いたが、話してみるとその印象はますます強固なものへとなった。
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――今日はよろしくお願いします
よろしくお願いします。僕なんか取材してもらって本当にいいんですか?
――もちろんです。いろいろお話を伺わせていただけたらと思います。
何でも聞いてください。言える範囲のことでしたら、なんでもお話しますので。
**
――ありがとうございます。早速ですが『裏うたのおにいさん』とはどういうことですか?**
明確に裏とか表とか定義があるわけじゃないんですけど、元々はうたのおにいさんっているじゃないですか? NHKのおかあさんといっしょとかに出てる。
あぁいった日の当たるところにいるのが、それは当然表というか、ストレートにうたのおにいさんですよね?
でも、僕らが活動してる場所はテレビとかではない、それこそ光の当たらない場所にあるということです。
お客さんのほとんどが、俗にいう反社の人たち、裏社会の人たちです。
僕はそういった人たちの前でひっそりと活動しています。
まぁそういったことで、いつの間にか裏うたのおにいさんって言われるようになりました。
――具体的にどのような活動をしてるんですか?
大きく言えば普通にうたのおにいさんと一緒だと思います。お客さんの前で歌を歌います。
ただし二点、、全く違うこととが挙げられます。
一つ目は、先ほども言いましたが裏社会の人たちの前で歌うことが多いこと。
それとこちらが一番の違いなんですが、歌詞が下ネタの多い替え歌というところですね。
いい歌声で下品な下ネタの歌詞を歌い上げる、それが裏うたのおにいさんの仕事ですね。
――下ネタを歌うんですか?
恥ずかしながら。(笑)
――では、どうして裏うたのおにいさんを始めたのですか?
始めたという訳ではないんです。別になりたくてなった訳じゃなくって……。
最初は下ネタの歌なんてやりたくはありませんでした。
そもそも僕は、本物のうたのおにいさんを目指して音大に通っていたんです。
卒業してからも芸能事務所に履歴書を送ったり、自分でデモテープを作って送ったりしていて、なんとかチャンスを伺っていたんですが、なかなか結果が出ませんでした。
そんな活動をしながらアルバイトをしていた時に、……当時は居酒屋のキッチンでアルバイトをしていたんですが、お店のみんなででカラオケに行く機会がありました。
そこで店長が大好きだったサザンオールスターズさんのいとしのエリーを、店長の名前に変えて歌ったんです。それが思いのほか盛り上がったんです。
若い男がおじさんに向けて歌ってるっていうのと、それなりに歌唱力があって替え歌を歌う。そこがウケたんだと思うのですが。
まぁそのことがキッカケで、何かというと店長が僕を飲みの席に呼んでくれるようになったんですよ。
色々と顔の広い人でしたから、毎週のように歌ってたんですけど、何故だか見ず知らずの人の前で歌うとそれほど盛り上がらなかったんです。
――どうして盛り上がらなかったんですか?
おそらくですが、店長の名前にして歌った時は完全に身内ネタだったからだと思います。
それで、どうしたらウケるようになるのかな? と考えているうちに、飲みの席だから下ネタなら大体ウケるんじゃないかって思ったんですよ。まぁ安易ではありますが。
それで、家で歌詞を考えて作ってみて、あぁでもない、こうでもないって色々考えながら作ってみて。
本当は下ネタとかは大っ嫌いなんですが、どうしてもウケたいという思いからそっちに走ってしまいました。
それからまた飲み会で歌う機会があったので、実際に歌ってみたらめちゃくちゃウケたんですね。
その時に、下ネタっていうのはスゴイなって実感しました。
そこからですね、下ネタの歌を歌うようになったのは。
――その時は嬉しかったですか?
ウケて嬉しいというのもありますが、俺なんでこんなの歌ってるんだろう? っていう自責の念はありましたね。
音大まで出て、両親にも高い学費を払ってもらったのに下ネタで笑い取って何してんだろうって。
それでも「次もやってくれ」という声を何度も聞くうちに、自分は求められてるんだと思うようになって、だんだんと快感を覚えていくようになりました
――そこから裏うたのおにいさんとして活動することになったんですか?
いえいえ、最初は自分も下ネタを言うのもイヤでしたから、店長から誘われても三回に一回くらいは断っていたんですよ。
本当にこんな下品な歌を歌ってていいのか? とか、曲を作った人に対する冒涜なんじゃないのか? とか。いろいろ葛藤していました。
ただ、店長の知り合いの前で歌うと大概チップをもらえたり、お車代が出るようになりました。
僕も生活には困っていましたから、自分を誤魔化しながら歌っていました。
そんなことをしているうちに、いつも通り店長の飲み会に誘われたんですが、その時にたまたま今の社長と出会ったんです。
――その社長さんというのは?
表向きは小さな芸能事務所をやっている方です。
あまり大きな声では言えないんですが、裏社会の人とも繋がりがあってイベントなんかも手広くやっている会社でした。
その社長に「今度大きなイベントがあるからそこで歌ってみないか?」って誘われたんです。
最初は普通に好きな歌を歌えると思って快諾したのですが、後々聞いてみると下ネタの歌でミニコンサートをやってくれということでした。
正直ショックを受けましたが、すでにプロジェクトが動き出してしまっているとか言われて。
まぁ今考えると脅迫だったんですけど……、その時はまずいことになったなぁって焦って。
結局、裏社会の人たちの前で十曲ほど歌いました。
そうしたら、これまでにないほどにウケちゃって。しかもギャラがそのワンステージで五万円もらえたんです。
当時の僕は、まぁ今でもそれほどお金を持ってる訳ではありませんが、その日の食事もままならない状態でしたから嬉しかったですね。
それで、少し考え方が変わりました。
例え下ネタの下品な歌でも、それを聞いて喜んでくれる人がいるんだって。僕の歌声を聞いて手を叩いて笑ってくれる人がいるんだって、思うようになったんです。
そこからは社長にお願いして、どんどん営業の仕事を入れてもらうようになりました。
そうこうしているうちに専属の歌手となって、いつの間にか裏うたのおにいさんと呼ばれるようになりました。
――歌詞はご自分で考えてるんですか?
そうです。一応全部自分で考えてやってます。
――選曲のこだわりはありますか?
こだわりというほどのモノではないんですが、できるだけメインのお客さんたちが知ってる歌を選ぶようにはしています。
メインとなるのは三十代・四十代以上なので、若い人の歌はあまり選ばないですね。
僕個人としては本当は、あいみょんさんとかOficial髭男dismさんとか好きなんですけどね。
そういうのを歌っても、元が知らないからって言われて全然ウケないんですよ。
それだったら古くても有名な歌を選びます。
でもパプリカはウケました。
さすが米津玄師さん、みんな知ってるみたいですね。
――少しだけ歌ってもらってもいいですか?
いいですよ
サキイ~カ ケツに入ったら~。ク~ソがついて、鼻~もげた。
――くだらなすぎますね
そのくだらなすぎる、がポイントなのかもしれませんね。
うまいこと言うなぁってなると、感心されちゃうんですよ。
特にお酒を飲んでる人たちの前なんで、バカバカしいって思えるものじゃないと。
あと鉄板でウケるのはウルフルズさんの「ガッツだぜ!」を「ボッキだぜ!」にしたりとか。
**
――なるほど。確かにバカバカしくて笑ってしまいそうですね。歌詞へのこだわりはありますか?**
直接的な言葉は避けています。
女性器の名称をそのまま言ってしまうと、たいていのお客さんはひいてしまうんですよ。
その代り男性器は色々な言い方もあるし、バカっぽい響きがあるので大丈夫だったりします。
後は……、お客さんにお子さんはほとんどいないんですけど、それでもお子さんに笑ってもらえるように、ということは大事にしています。
僕も元々は本物の「うたのおにいさん」になりたかった訳ですし、子どもが大好きですから、エロは極力なしにしてますね。
――普段からネタは考えているんですか?
それはないです。
先ほども言いましたけど、僕は下ネタが好きじゃないので。そういうことを考えるのが、浅はかな人間のすることだとどうしても心の中で思ってる自分がいて……。
――それでも歌うのですか?
仕事と割り切っています。
マイクを握れば、チンコを握ることだってできちゃうんです。不思議ですよね?
――最後に、将来の夢を聞かせてもらえますか?
こんなことを言うと、何をバカなと思われるかもしれませんが……。
やはり歌で食べてる身としては、紅白歌合戦に出たいという思いはあります。
歌で生計を立ててるとは言え、家族にはなかなか本当のことを言えないでいますので、紅白でもって堂々とそれこそ「ボッキだぜ!」とか歌ってみたいなと思います。
紅白に出場さえできれば、両親も喜んでもらえると思いますので。
――夢がかなうよう、頑張ってください。
ありがとうございます
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冒頭でも記した通り彼への印象は、爽やかな好青年という言葉以外に見つからなかった。
果たして彼は本当に「裏」なのだろうか?
音楽の世界に、表や裏があるのだろうか?
活躍の場こそ闇の住人たちを相手にしている彼だが、仕事へのひたむきな思いは、日の当たる音楽家同様「歌を愛する」この一点に尽きるのではないだろうか。
そしてそこには、裏も表もない純粋なアーティストとしての矜持が宿っているのかもしれない。
裏表のない彼の人間性に触れ、本気で紅白歌合戦に出場するという夢を応援したくなった。
帰り道、小田急線の流れていく車窓を眺めながら「ガッツだぜ!」を聞く私だった。
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