アザトカワイイ女の子に嫉妬するこけしの挑戦③
※この物語はフィクションです。
Ⅲ
私がどういうつもりで彼と付き合うことにしたのか、彼は全く理解していませんでした。私からすれば、彼とは長い付き合いで、お互いに好意を持っていたことは確かだと思うし、よき理解者だと思っていました。彼が、あの時同情心だけで私を励ましてくれたわけではないと今でも信じたいです。
小さい頃は私の方が背が高くて、ピアノも上手くて、勉強がどれくらいできるかはよく分からなかったけど、自分は彼よりはできる方だったと思います。彼は特別に何かに秀でているという感じではなかったけれど、持ち前の明るさと人当たりの良さに私は救われてきました。
同じピアノ教室で知り合って、小学校と中学校が同じだった彼とは、クラスが同じなら休み時間に話したり、放課後一緒に帰ることもありましたし、クラスが違っていても、たまにピアノ教室で顔を合わせたときに、日々あったことを忌憚なく話せるような仲になっていきました。
中学の時、私は、勉強はできたかもしれないけど、地味で人付き合いが上手くできなかったからクラスで孤立して、辛い思いをしました。今から振り返れば、誰かにいたずらをされたり、仲間外れにされたり、物を投げつけられたり、ひどい暴言を吐かれたりするようなことはありませんでしたから、いわゆる「いじめ」というものとは違うのかもしれません。だから、大したことではないのかもしれませんが、どうも周りと上手くなじめずにいて、「自分は他人と違ってどこかおかしいんじゃないか」「何か性格に問題があるんじゃないか」と自分自身を苦しめる思考回路を抱いていたのを思い出します。
そんな時、クラスでもどこでも誰とでも上手くやっていくことにだけは秀でていた彼が、周りの目を気にせずに私のことを励ましてくれたんです。励ますというか、「あんまり殻に閉じこもんなよ」「お前はお前が思っているほど周りとずれてなんてないし、誰もお前のことそんな気にしてないから」といったことを言ってくれたことを今でも覚えています。貴重ですよね。そんなことを言ってくれるなんて。多分、彼は気を遣ってくれただけだと思いますし、特別私に対して恋心を抱いていたという話ではなく、彼が本来持っている優しい心の根の部分が私に向けて開かれただけだと思うんですね。ただ、そんな彼を見てると、この人とは一生涯、何かしらの形で関わっていくことになるんだろうなあと子供心に思います。
高校の頃、いや私はもっと前から、女の子の距離感が良く分からなくて、戸惑っていました。男子が卑猥なことをいくら叫んでいても、何食わぬ顔をしていられたのに、女子が、彼氏の話をしたり、気になっている人についてゲラゲラと笑いながら会話をする様子がいちいち理解できませんでした。もちろん私には好きな人がいて、その人とは特に何も口を交わすことなく学校を卒業してしまったのですが、私って普通の人とはちょっと違うのかなという思いは確信に変わっていきました。
彼は、そんな私の内面的な葛藤も打ち明けることのできる大切な友人になっていたから、私の複雑な思いも理解しようとしてくれました。心の防波堤ではないけれど、彼がいたことで私は彼女との恋を成就させることができたし、彼がいたから、私が失恋しても生きる希望を失わずに生きていくことができるようになりました。
あの日、成長した彼の体を見たとき、男の人って全然違うんだなあとシンプルに感動してしまいました。私が失意のどん底で、感情がおかしくなっていたからというわけではありません。あの時の彼の包容力とよくわからない言葉のひとつひとつのやさしさ。本当に頼もしかった。逞しかった。カッコよかった。初めて、一緒にいることの意味を実感できたのがあの日だったのかなあと思います。
なのに、どうして彼は変わってしまったのでしょう。気づけば、彼は私のことなんてほとんど眼中にないではないですか。二人っきりで密着して会話をするときは「可愛いね」だの「髪似合ってるじゃん」だのと私に都合のいい言葉を投げかけてくれますが、普段は本当につれない。私は本当に彼女なのでしょうか。ものにしたら満足しちゃったのでしょうか。一緒にいて寝るだけが彼女じゃないでしょと私は思うのですが、どうも私をめんどくさがるようになってしまいました。私の締め付けが厳しいからなのかもしれませんが、もっと私を見てほしいと思うのは恋人の性ではないのですか。
という気持ちを胸に、私は、探索を始めました。彼には絶対に好きな人がいる。あの時あれだけカッコよい言葉を並べ立てた彼は、そんなに軽く誰かに乗り換え私を捨て去ろうとしているのか。幼馴染の絆はどこにいったのだと恨めしく思ってしまいました。
あの電車で彼女に初めて会った時、私はピンと来ました。ああこの人がそうなのねと。確かに、これだけ綺麗な人があざとく迫ってきたら私でも恋をしてしまうかもしれないなと思ってしまいましたが、あまりにも噓っぽい甘言にどうして騙されてしまうのでしょうね。まぁ、彼女が彼に甘い言葉を吐いていたのかどうかは今となってはどうでもよいことなのですが。
あの日、彼女から耳打ちされたのはLINEのIDでした。たしか、knmr039というようなIDを教えてもらい、その日の夜に友達登録していました。簡単な挨拶をすると、すぐに彼女から返信が来ました。以下のような内容でした。
彼女は別に、大した敵ではなかったのだと思うと、途端に彼への恨めしさがどんどん膨らんでいきました。あれだけ頼もしかった彼が、他のしょうもない男と同じような能天気野郎に成り下がるなんて許せません。もっと調教が必要だなと感じました。それも彼が必要であればですが。
彼が○○さんの話をしてきたのはそれから1ヶ月ほど経った時で、今でも引きずってるのかよと心底残念に思いましたが、さっきのLINEを彼に見せると彼の血の気が引いていくのが分かりました。「女って怖い」と人間不信になる彼を横目に、「あんたが余計なことするからでしょ」と呆れてものも言えませんでしたが、大事なのはそのことではありません。
私たちのこれからについて、ちゃんと話しておく必要がありました。私は別に彼が誰かに惹かれようが、彼は私の一番の理解者であることに変わりありませんでしたし、そのことを全否定して、すべてをおしまいにしてしまおうとまでは思っていませんでした。ただし、それには条件がありました。彼が私とどういう想いで付き合うことにしたのか、逆に私がどういう気持ちで彼の想いを受け取ったのかをちゃんと確認しあうことです。
彼は、恥ずかしそうに、ばつが悪そうにしていましたが、私は、彼を逃がすつもりはありません。というか、人生において、彼を一生の伴侶として逃がすつもりはありませんでしたから。ある種、言い方は悪いですが、主人と奴隷のようなものです(笑)まぁ、彼は私がどういう想いで彼の気持ちを受け入れたのか全く見当も付かなかったようですが。
ルックスから好きになるタイプは、他の誰でもいいってこととあの人は言ってたなと彼女の言葉を今でも思い出します。そうすると、彼女は結構かわいそうな人間なのかなと思う。モテるというのも大変だなと思う。ただ、誰か一人を大切にするというのもなかなか難しい。じゃあ、私は愛されているのかな。とふと我に返るけれど…。愛の道は長く、不透明で険しいけれども、シンプルだ。
おわり