思考地図の活用-2.動向/展開/分析:デザイントレンドマップ
デザイントレンド分析
刻々と変化する情報をいかに把握するかは、あらゆるビジネスにおける企画や開発現場において、最重要テーマの1つとして取り組まれているでしょう。勿論プロダクトデザインやパッケージデザインといったデザイン現場においても、常日頃から世界中のデザイントレンドを入手すべく、ネットやデザイン雑誌のデザインウォッチングがなされています。
こうしたデザイントレンドウォッチングを個々のクリエイターに任せるだけで無く、プロジェクトチームやクリエイティブディビジョン全体として共同しておこなっている会社は、トレンドの読み取りや、プロジェクトチームとしての未来へのフォーカスが調整され、できあがるプロダクトやパッケージのデザインコンセプトに心地よい印象が宿っていくものです。俗に言うブランドアイデンティティや企業文化を宿すひとつの取り組みだろうと思います。
そんなブランドアイデンティティ形成に一役買った、デザイントレンド分析手法をご紹介しましょう。某企業の化粧品ブランドの起ち上げから第5世代まで約15年にわたってデザインコンセプトの企画とデザインを担当した時に実践したトレンド分析手法です。対象となったこのブランドは、1990年〜2005年頃までの15年にわたって化粧品、しかも流行の視点でもっとも競争の激しいメイクアップ化粧品におけるトップブランドとして君臨した、化け物のようなブランドでした。勿論15年の長きに渡るトップブランドの地位を守り続けられた要因は、開発企業のブランド力、製品品質やメイクアップ製品として秀でた企画、広告宣伝力、全国の販売現場の営業マンから店舗でお客様と対話する美容部員さんまでの、たゆまぬ努力の結果であることは間違いありませんが、その中にちっぽけな外部デザイナーが含まれていたことは奇跡だったかも知れません。なぜなら、多くの場合そうしたクリエイティブな現場は大手広告代理店が独占しているのが普通ですから。ところがラッキーなことに、マーケットのトレンド分析からデザインコンセプトまでを、一貫して創造するチャンスが巡ってきたのです。その千載一遇のチャンスを獲得した武勇伝はまた別の機会にお話しするとして、ここでは、当時業界の一線を支配していた広告代理店のクリエイターの人達を驚かせ、15年もの長期にわたるデザインコンセプト開発で洗練されていったデザインコンセプト開発プロセスの一端をご紹介したいと思います。
プロダクトデザインマップ
創造のためのデザイントレンド分析に使ってきたのが、思考地図をフレームとしたデザイントレンドマップでした。
化粧品のデザイントレンド調査にプロダクトという領域のトレンドマップを作ったのは、理由があります。化粧品、特にメイクアップの色味やイメージ、スタイルは春夏秋冬、季節毎に変化するトレンドに影響されますので、広告宣伝のサイクルとしてはシーズン毎のデザイントレンドがテーマとなりますが、化粧品ブランドのコンセプト、例えばブランドロゴやパッケージのデザインとなると、4年から5年程度のスパンで将来のコンセプトを組み立てていくことが求められます。
よって、このブランド開発が始まったときからおおよそ4〜5年毎に、このデザイントレンドマップを作り、そのマップ分析から次期モデルのデザインの方向性を導き、新しいデザインコンセプトを創出する、というクリエイティブワークを繰り返したことになります。勿論時代ごとに変化する社会動向にも影響され、ある時はファッションやライフスタイルをテーマにしたり、競合ブランドを俯瞰するマップを作ったりと、トレンド分析のためのマップ領域は色々変化しましたが、最終的にはここに紹介するプロダクトデザイントレンドマップが、もっとも汎用性が高かったのではないかと思っています。
デザインコンセプト開発プロセス
プロダクトデザインマップが、どんな役割としてあるのかをデザインコンセプト開発プロセスの中に赤枠で示してみました。
プロセスの流れとしては、最初が01.トレンドリサーチ(左サイド)、次に02.ブランドコンセプト(中央)、最後に03.ブランドアイテムの具体的デザイン(右サイド)の3ステップで構成されています。最初のステップであるトレンドリサーチは、ファッションなど早い流行を分析するマップと並行して、赤枠のところがプロダクトデザインマップによる大きなデザイントレンド分析のステップで、速い流れとゆっくりした流れの二つを合流させて、トレンド分析を結合します。
そのトレンド分析を背景にブランドコンセプトをキーワードと一緒にイメージコラージュを展開し、そのイメージコラージュをプロジェクトチームでディスカッションしながら、ブランドコンセプトを収束ブラシュアップしていきます。クリエイティブとして最もダイナミックな創造性を高めていくところです。
そして求められたキーイメージとキーワードをパッケージデザインや広告、販促といったデザインチームへ展開し、各制作物毎の実施デザイン開発が行われていきます。
このリサーチステップの特徴は、早い流行をファッショントレンド、緩やかな動向をプロダクトデザイントレンドという速さの異なる2つの流行を捉えたことと、もう一つは、そのいずれにもマップ化分析を組み込んでいるところです。勿論、両マップとも思考地図をベースとしたキーワードマッピングをベースにしているのですが、マップで動向の変化を読み取ることは、将来どんなコンセプトやどんなイメージへと流れるのかを予測し、その未来イメージを参加者全員がマップというフレームによって共有できたことが大きい信頼に繋がったと思っています。もう少し具体的にいいますと、流行がどこから始まりどこへと流れたのか、どことどこが合流し、どこを起点にで分岐したのか、と言う変化をマップ上に描くことで、その時系列の変化を合理的に理解することができるからです。
世の中のクリエイティブ現場で目にしたプレゼンの多くは、印象派のコンテストのような魅惑的なキーワードやイメージボードが大半で、いわゆる過去から未来へと流れるトレンドをロジカルに分析しているプレゼンは、プロモスティルのようなトレンド分析本業のところ以外見たことは無いです。
またクリエイティブ現場の多くは、トレンド分析はブランド企画やパッケージデザインといった具体的な開発アイテムのコンセプトを補足説明する程度でしか無く、上図のデザインコンセプト開発に示すようなトレンド分析ステップに時間を割き、そのトレンドをロジカルに解説する、といったプロセスの捉え方をしているところは少ないと思います。理由は、ブランドやデザインという対象はロジカルに把握しようとしてもベースが情緒的だから、キーワードやコラージュといったイメージ優先のクリエイティブこそ重要、と捉えられているからだと思います。確かにマーケットでの動向はその通りだと思うのですが、だからこそプロの開発現場では例え印象優先のブランドであっても、ロジカルな姿勢が大事だと思います。ロジカルな姿勢とは、そのプロジェクトに参加するチームとしてのトレンドの読み方、未来への方向、コンセプトを、どれだけ多く共有できるかだと考えます。
もう一つ悪しきクリエイティブ現場の手法について指摘しておきます。
プロジェクトが複数社が参加するコンペだったりすると、そんな中から案を選考する評価軸は将来獲得する顧客へのアピール度が優先となり、確固たる未来への方向性やコンセプトをてにしていないため、ターゲットペルソナを集めてのアンケートやグルインで方向性を決めたい、となります。決定的な方向性が得られないと、キーワードやコンセプトの足し算引き算がなされた展開案を作り、何度もアンケート調査を繰り返す、というクリエイティブ現場に何度か遭遇しました。
未来は彼ら消費者を集めても見えることはけっして有りません。彼らは今に生きていますから、明日のことしか見えません。しかし、ブランドや製品を開発する、と言うことは、明日ではないのです。もっと長い目線で捉えた将来は、偶然やってくるのではなく、自分達でその未来を生み出すのだ、と言うクリエイティブ精神が大事なのです。ついつい身近な解像度欲しさに近視眼的になってしまうクリエイティブ現場に創造者の視点を植え付けるには、長い物差しで物事を俯瞰的に捉えるマップ分析手法が役立ちます。
以上のような化粧品ブランドデザイン開発のプロセスにおいて、先頭打者として時代の読み取りと分析を担うのがプロダクトデザインマップになるわけですが、ではそのプロダクトデザインマップとはどんなものなのか、もう少しひも解いてみましょう。
デザイントレンド分析
トレンドを分析するためには、そのジャンルを分析するための知識や情報だけで無く、そのジャンルに影響する多種多様な分野の知識とそれらに対する公平な評価スケールを持つ必要があります。たとえば、世界情勢や経済のトレンドを日々分析しているプロは、世界の政治や経済を俯瞰できる教養を持っていなければならないし、その上で今起こっている最新の動向をウォッチし、変化の流れを読み取り今後どうなっていくかの可能性を広い視野で分析していきます。
デザイントレンドの分析でも同じ事が言えます。デザインというジャンルを構成する様々なジャンルの事情や成立させている社会背景といった基本的な知識を常日頃から養い、その上でファッションやインテリア、プロダクト、建築、インターネットなどの新しいメディアまで多種多様ジャンルのデザイン潮流を、雑誌やネット、展示会などを通じて吸収し、社会のデザイン潮流がどこからどこへ向かっているのかをマクロな視点から俯瞰し、分析している必要があります。
その上で、デザイントレンドを分析し、未来のデザインコンセプトを導くというプロジェクトを推進するためには自己満足の分析や構想ではダメで、相応の社会性のあるロジカルシンキングがなされていなければなりません。
デザイントレンド分析のための共通イメージマップ
上図に示します”デザイントレンド分析のための共通イメージマップ研究”では、多様なデザイン分野を横断的に俯瞰し、共通の指標となるイメージスケールを作った時のプロセスを一覧した図です。
共通イメージキーワード分析
最初に取り組んだのは、共通イメージキーワード分析です。(図-左列)
デザイントレンド分析で捉えようとするのは、その業界におけるデザイン面での印象やイメージがどのような流れで変わりつつあるかというところにあります。すなわち捉えたいことはイメージのキーワードであったりデザインイメージ図像です。たとえばファッションデザインが対象で有れば、新しいファッションを表現する言葉とそのイメージを表現する図像表現です。一般的には、キーワードとイメージの2つで表現しています。
そのキーワードとイメージがどのように紐付いているかの客観性を持たせるために、思考地図の持つフレーム機能を活用しています。
まず一般的デザイン表現に利用されている30個ほどのイメージキーワードをピックアップし、そのキーワードを10名ほどの世代や性別の異なるデザイナーに、思考地図フレーム上に自分が思う位置にプロットしていただきました。人それぞれキーワードの相関関係は異なりますが、極端に異なる回答は省き平均していくと、おおよそ共通するキーワードのマップができました。
キーワードイメージリサーチ
次に取り組んだのはキーワードマップに採用した30個のキーワードに紐付くイメージ像の拾い出しです。今回イメージマップ化を目指したのは、ファッション、プロダクト、アーキテクチャーの3つのジャンルですので、それぞれに関係しそうな情報分野の雑誌、インターネットサイト、展示会レポートなど広く収集しました。
とは言えファッションやプロダクトといってもその領域は多様ですので、今回ファッションはヨーロッパのファッションコレクション、プロダクトは長期間変化しない定番とミラノサローネの斬新な提案があるインテリアデザインに注目したトレンドマップを目指しました。またアーキテクチャーは斬新な近代建築から古代のピラミッドまで、我々デザイナーがデザインリソースとして底流に位置づけている自然環境も含めたイメージ像をピックアップしました。
キーワードが持っているイメージの範囲は人それぞれで異なります。たとえば”シンプル"というキーワードでイメージするデザインは、その時々で連想するイメージは広がりがあります。また”シンプル"というキーワードにに隣接する”ミニマル”や”シック””スマート”といったキーワードとの関係性によって左右される場合も有ります。そこで、イメージリサーチをしながらマッピングによるキーワード同士の違いや類似を検討しながら、キーワードイメージのリサーチとそのイメージのマッピングを並行して検討していきました。そして生まれたのがファッションデザイン、プロダクトデザイン、アーキテクチャーデザインの三つのゲージマップです。このゲージマップはあくまでも三つの分野間のキーワードとイメージの関係を共有していくためのもので、分野間を横断的に見ていくための辞書のような役割と捉えています。
こうした生まれたキーワードとイメージのゲージマップを背景にしながら、プロダクトデザイン領域のトレンドリサーチからマッピングしたのが、下図のプロダクトデザインマップ2010/2016/2020 です。
マップの見方
マップ全体のフレームは思考地図の基本であるHOT-COOL、PASSIVE-ACTIVEの2軸ですが、マップ内に配しているキーワードはゲージマップで採用していたスタイル用語では無く、リサーチした年ごとに生まれてきたスタイルの新しい用語をプロットしています。たとえば右上端にあるキーワードは、2010年/AGING、2016年/EROSION(浸食)、2020年/ARTIFICIAL MINERAL(人工的鉱物)と、その時代に生み出されたキーワードを採用、もしくは造語し、トレンドの変化を読み取りやすくしています。
また、10年の間に経年的にどんな特徴的な変化があったかを分かりやすく示すために、マップの周囲のスペースに、その年のリサーチで話題となっていた、もしくは変化を象徴的に示すプロダクトを配置し、それらの解説を添えている。
今後に向けて
今回は、内外のプロダクトデザインをリサーチしそれらをマッピングすることによって、デザインという分野でどんな変化が起こっているのかを分析する、トレンド分析手法をご紹介しました。冒頭で述べましたようにこのプロダクトデザインを中心としたデザイントレンド分析は、15年以上の長きに渡ってトップブランドとなったメイクアップ化粧品のデザインコンセプト計画で生み出された手法です。そのブランドが新しいブランドへ移行した折にも、同じトレンド分析手法を使い、その他、メイクアップだけで無くベースメイク、スキンケアブランドのデザインコンセプト開発でも使ってきました。どちらかと言えば流行り廃りが多い業界では、その時々の流行語やキーワードが企画やデザインでもてはやされますが、こうした継続的な視点を持った分析をすることで、芯の通ったブランド価値を作り続けることができると思います。
この記事をお読みになって、興味をお持ちになられた方は是非ご連絡下さい。御一緒にマップを活用したトレンド分析手法を展開していく機会ができれば幸いです。