ひねくれそう
いや、もうひねくれてるけどね。(もともとの性格的には)
任地231日目。火曜日。
今日は1日オフィス。昨日の報告を上司にしたり広報部に観光資源をとったデータをもらいに行ったり、前行った学校訪問の報告書を作成していました。
夜は音楽隊の練習だったんだけれど、、ひねくれそう。笑
友人Aから今日は友人Cの家に19時に集合ね!と言われ
いつも1時間後くらいに始まるので様子をみつつ19時半に友人Cの家に行ったら誰もおらず。
グループメッセージで、どうやら友人A宅に20時半集合になっている感じの内容を拝受。むむ??とおもい
「え、私は友人A宅に行ったほうがいいの?」と聞くと、『うん』、と他のメンバー。
友人A宅知らんがな、、、と思いながらとりあえず時間まで家で待機。
集合時間の20時半になったので(一応誰かが迎えに行くよとか場所はここだよとか気を利かせてくれるのを待っていたのだけれど☜無駄)とりあえず、「友人A宅知らんからだれか場所教えて」、というと
『え、いくみ来るの?』、と友人A。
おーーーーーいいいい!!朝の、今日は友人C宅集合ね!はなんじゃーーーい。ひねくれるぞこら。
ってなっている状況です。
活動でも、もう、みんなお金ないからって動かな過ぎて、オフィスにただ座っているだけで、Facebookをみたり謎の音楽見たりしているのだけれど
一方私は結構集中力が必要な案件をやっていたりして、冷静に考えてえ、なんなんこの状況?ってなる。笑
まあ私は好きで来ているからいいんだけれどね。
ひねくれるよ?って思う。笑
たまに自分が自分の意志でこの町に来たことを棚に上げて
いやいやいやいや、、、ひねくれそうなんですけど。って思うけど、
そういうのはまあ人間だしあるよね。
ちなみにこのnoteを書いている間に、友人Aから『迎えに行くけどもう遅いから来れないなら無理しないでいいよ』って連絡が入りました。
うん、もういいや、行かない。
最近、ちょっと自分の中でも意識改革が必要だなと思っていて、それは後日また書こうと思うのだけれど
一言で言うと、もっと日本感を出さずに任地に溶け込めるよう過ごそうって話なんだけれど
そうはいっても、そんなよくできた人間じゃないから、なんで私ばっかり合わせなきゃいけないの?とかって思っちゃう。
同じ人間なんだから歩み寄ろうよって思っちゃう。
いやいやいや、、、自分がお邪魔させてもらっているんだから郷に従いなさい、とまた別の私が言うんだけれどもね。
やはり、こう見えても成熟した人間になりたいと思っている輩なので
任地にいる間は今後はもっと「溶け込む」を意識したい。日本語をなるべく使わずに現地の友人といる時間を増やしたり音楽も現地のを聞いたり生活習慣も合わせたりとか。それは今後もっと意識改革したい。
でも一方で、もし私がペルー人側だったら、つまり日本に帰って日本に住む外国育ちの人とともに過ごすとしたら、気遣ってあげよう、相手の文化や言葉を知ろうと思う。
相手にこうしてああしてなんて、言える立場ではないことはわかっている。
でも他人のふり見て我が振りなおせじゃないけれど、まあそんな大げさなものではないけれど
ここで過ごすマイノリティとしての生活でやはり寂しいという感情はある。傷つくこともある(でも何が寂しいって、私が傷ついていることを理解してもらえないことだよね。言えばいいのかもしれないけど)。だってここでの当たり前が分からないんだもん、全部手探りなんだもん。
この前男性に絵文字使うの気を付けたほうがいいってはじめてきいたよ、そんなレベルから合わせないといけない。
だから偉いなーと思って。自分。笑
そうやって傷つきながらも、意識は低かったしスペイン語もたいして話せないけれどまあ8か月が過ぎた。
ちゃんとがんばっているなーって。笑
ひねくれそうなんだけれど、
やっぱり、この任地のこととか、配属先のこととか、活動の大変さとか、悩みとか、人間関係とか、わかっているのって誰よりも自分だから
自分がたまに認めてあげないと、ダメになっちゃうと思うんだよね。ひねくれちゃうと思う。笑
もう大きく落ち込んだり悩んだりは一切なくなった。10月からは結構精神的に元気にやれている。(身体的には結構アウト。多分虫がおなかに住んでいるかもしれない。笑)
でもふと、あ、私ひねくれそう。。。って思ったら
他の場所でなく自分と任地を見つめて、自分が誰よりもこの任地のことを知っている日本人であることを誇りに思い、そしてその任地の人とともに活動をしようと志をもっていることを確認して、
あとはもう、自分よくやってるね~その調子!ふーふー!!ってまあ適当な声援でも送ってあげて
そうやって過ごしていけばいいんじゃないかなと思います。
書いていて思ったけれど外(他の任地や外部や日本)を見るより内(任地や任地の人)を見たほうがいいかもな、私の場合。比較しても何一ついいことがないのが分かってからは他の人の任地とか環境が一切気にならなくなった。内を見ると自分と任地だけに向き合える。しんどいときこそ内を向いた方がいいのかもしれない。
ひねくれそう、でもひねくれない。
自分で認めてあげられているうちはね~
ということで以上でした☆