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映画『トノバン〜音楽家加藤和彦とその時代』


Chère Musique


『トノバン〜音楽家加藤和彦とその時代』というドキュメンタリー映画を観てきました。

この数年たまたま、加藤和彦さんのことを思うことが度々あった、そのタイミングでこの映画。
とっても楽しみにしていました

日本のホップミュージック界には、それを確立するすごい時代がありました。
1900年代後半。

本物の音楽家が次々と生まれ活躍して、その世界を作り進めていく。
やりたいこと出来ることを躊躇わずどんどんやって、ただ生きたいように生きていたら、日本にとっての新しい音楽の時代、音楽の世界を作り上げてしまった素晴らしい人たち。
その代表格が加藤さんです。

音楽家とは

この映画から、たくさんの感動や思うこと考えることを得ましたが、一番は「音楽家ってなんだろう?」ということ。

音楽家とはその名前の生き物であって、職業や資格や専門とは少し違うと思います。


その人の人間自体が表現のアートであり鑑賞するに足る、という人が有名になりますが、その他に有名ではない本物の音楽家は山ほどいます。

音楽家には国家資格のような世に認められる基準線があるわけではないので、それを意識せずやりたいように生きている(=音楽している)人たち。
この人たちは肩書を決めたがらないということもまた、興味深いです。

音楽ならどの分野でも

その人たちはみんな、どの分野でも専門家と呼ばれるレベルまでになることが出来ると思います。
深くまで入っていこうと思える分野を見つけて入っていったから、その専門家だと呼ばれるだけ。
きっと他の分野でも全部できると思います。

専門ではない分野、と本人が言っているところでも、音楽家ならではの水準があるのですが、そこまでは初めから行っているのでね。
そのレベルからスタートして、専門家ですと言いたいなら、どの分野もかなりな勉強が必要ですが、きっとできると思います。

加藤和彦さんからの影響

加藤和彦さんに、なぜ私がこんなに感じることがたくさんあるのだろう。
考えていたら山ほど出てきました。


まずは、乳幼児の頃に毎日聴こえてきていた『帰って来たヨッパライ』。
祖母が聴かせる日本の童謡の名曲たちのレコード、祖母自身が毎日目の前で奏でてくれた箏曲の数々、母が聴かせるバッハやモーツァルトやいろいろ。
その中に混じって、歌謡曲もたくさんたくさん聴きました。
まわらぬ舌でその時のヒット歌謡曲を、意味も知らずに毎日歌っていました。

私にとっての音が持つおもしろい効果というのは、たぶんビートルズが基準。
それくらい影響を受けています。
ビートルズの実験的な音楽を、加藤和彦さんとその周辺の音楽家たちは、いろいろやって見せてくれていましたね。

加藤和彦さん率いるサディスティック・ミカ・バンドから、高橋幸宏さんへ、そして坂本龍一さんとのイエロー・マジック・オーケストラへの流れ。
世界水準のポップ・ミュージックとはこれらのことです。
一番好きな作品たちです。
信頼している音楽家はみんなサディスティック・ミカ・バンドにつながっています。

加藤和彦さんが日本のホップミュージックに取り入れてくれたシンセサイザーというものは、YMOとの出会いからずっと私の音楽の基盤にありました。
Rolandの講師として活動を続けるのもそのためです。
1980年代からいつもずっと、クラシックを含むすべての音楽で、シンセサイザーの機能を使い続けています。

『探偵物語』の薬師丸ひろ子さんのファンでした。
あのテーマ曲は加藤和彦さんの作品。
あの曲を口ずさみながら、趣味のお芝居では薬師丸さんの真似をしていました。

加藤和彦さんを思い出す

一番最近のきっかけは、加藤和彦さんの『あの素晴しい愛をもう一度』を、シニア歌クラスの課題曲に取り上げたこと。
お手本のレコーディングをするのに、気負わないナチュラルな声で歌いたいと思い、なかなか上手くいかず苦戦しました。
そしてあらためて、あのギターのテクニックの高さに惚れ直していました。

そして、2023年の1月11日高橋幸宏さん、3月23日坂本龍一さんと、立て続いた訃報。
しばらく音楽活動をストップしてしまったくらいの喪失感でした。

YouTubeでおすすめにあらわれたBBC2の番組のワンシーン。
サディスティック・ミカ・バンドが初めてイギリスでメディアに登場した時の動画です。
衝撃的でした。

自分のコンサートで毎回必ず竹内まりやさんの歌を歌わせていただいています。
週末音楽講座(CSM)で、竹内まりやさんの活躍がスタートした加藤和彦さんの作品『不思議なピーチパイ』を取り上げたりもしました。

こんな感じでしょうか。


音楽の種類分け

この映画から得た、たくさんの感動や思うこと考えることの中でも、もう一つ書きたいのは、音楽のジャンル分けについて。
自分の考え方にあらためて確信を持てました。
加藤和彦とその延長線上に坂本龍一さんがいるからかもしれません。



加藤和彦さんはいつも音楽全体と繋がっていて、その中でアイディアが生まれたものを片端から全部とにかくやってみたという人でした。
その活動からは、彼の中には種類分けということはなかったように見えます。

20才で先生という立場になってから私はずっと、音楽のジャンル分けについては意見を持っていました。
生まれながらにして、音楽であればなんでも聴き入る、自分に取り込む人でした。
類は友を呼ぶ。
周りには同じような考えの人が何人もいます。


音楽は音楽というジャンルであり、それより細かく分けるのは活動に便利だからに過ぎない。
音を鑑賞することで人の何かが変化する。
それを生み出したり(作)人に提供したり(奏)人に伝えて楽しんでもらったり(先生)することで生きている人々を音楽家と呼ぶのかなぁ、、と。

その中の、人に伝えて楽しんでもらうという先生という立場の人がやるべきこと。
生徒になってくださる皆さんが、演奏することやいろいろ知ることを楽しむための、その人の道を作ることだと思います。

生徒さんの演奏会

二年に一度の生徒さんのための大きな舞台『ラフェット 2024〜ヴォアクレール演奏会』、11月23日(土祝)に決まりました。

この演奏会では、先週も書いたように時代と種類で部を分けていますが、それはそうするとおもしろいからです。
分けて壁を立てて、批判したり拒否したり自分から遠ざけたりするためではありません。
その真逆です。

一番は、生徒さんに「自分がどこにいるのか」ということに興味を持ってもらいたいから。
広く音楽全体を眺めた上で、その中のどこにいるのか。
時間軸と場所とそして立場といういくつかの視点から。

そしてお客様にも、その「自分がどこにいるのか」をおもしろがってもらいたいです。


J.S.バッハもボブ・ディランも、フレデリック・ショパンもチック・コリアも、まったく異なる世界にいるけれど、それらはとてつもなく広い「音楽」というひとつの世界。

ぜひ皆さんに、その広さを見渡してみていただきたいです。




加藤和彦さんとその周辺の音楽家たちは、自分も対象も常に「人間」すべてであり決して「日本人」だけにとどまることはありません。

現代でも時たま現れる本物の音楽家を、加藤さんを見つめるような目で、応援したいなと思っています。


Musique, Elle a des ailes.

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