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名前のない書物(第三十五回)

図書館13、
 
 ワシリ・ザロフ警部は呆気にとられた表情だったが、それはこちらも同じであった。少なくとも、ぼくは完全に意表をつかれていた。というか混乱していた。スウが姿を消したとおぼしき先に、捜索を頼んだ相手がいるなんてことが、あるだろうか?
「おいっ、貴様らそこで何をしている!」
 怒号とともに警部が、デスク・チェアから弾かれたように立ち上がった。いち早く我に返ったようだった。そしてこちらに向き合ったときにはすでに、手妻めいた鮮やかで、特殊警棒を取り出していた。いかにもプロフェッショナルな、流れるような動作だ。
 だが、油断なく構えた姿勢の奥で、困惑の表情が見てとれた。あらためて、自分が対峙しているのが誰か認識したようだった。
「コシロ!? ウオタロウ・コシロなのか? それと、この間の……。どうやってここに侵入した?」
 横でコシロが、両手を上げて降参のポーズをとっている。何となく、ぼくもそれに倣った。
「やあ、ザロフ警部。久しぶりです。ここはーー〈図書館警察〉の署長室ですよね?」
 のんびりともいえる口調で、コシロが話しかける。
「その……いろいろと説明したいので、物騒な得物をしまってもらえませんかね?」
 警部が答えようとした矢先、部屋のドアが開いて、制服姿の警官が、雪崩れ込んできた。赤ペンと黒ペンの二人だ。一人は特殊警棒を構えていて、もう一人はテーザー銃を構えている。二人とも、鬼のような形相になっている。
「お前ら、何のつもりだ!」
 ぼくたちに殺到しかけたのを、警部が制した。
「待て。誰も動くな!」
 そして、ぼくたちに鋭く命じた。
「二人とも床に膝をついてくれ。両手は上げたままで」
「いや、ボクたちはーー」
 言いかけたコシロを、警部がじろりと睨む。そして、
「いいから言うことを聞きたまえ。ーー本当に毎度、面倒を持ち込むな君は!」
 と嘆息したのだった。
 
***
「で、その〈秘密の通路〉を通った先が、ここだったと……」
 コシロの説明を聞いてもザロフ警部は、半信半疑の様子だった。無理もない。自分たちの仕事場に、職員の誰にも知られていないカラクリがあって、〈隠し扉〉や〈秘密の通路〉が通っていると聞かされても、にわかには信じることができまい。
 〈秘密の通路〉を抜けて、ぼくたちがたどり着いたのは、五十階にある図書館警察のオフィスだった。より正確には、オフィスの最奥部にある署長室の、そのまた奥のウォークインクローゼットの中だ。
 ぼくとコシロはそこから、以前にも通された取調室に身柄を移されていた。取り立てて手荒なわけではなかった。むしろ、ざっくばらんに警部が打ち明けた話が本当ならば、双子の警官が殺気だっていたことも、やむをえないと思ったほどだ。
 〈図書館警察〉は今まさに、混乱の渦中にあった。何となれば、署長であるジュウハチロウ・セコウ氏が、上町アップ・タウンの自宅で無惨な変死体で発見されたというのだ。
 警部が署長室にいたのは、急逝した署長に代わって、幾つかの事務処理をする必要があったからだ。その、よりによって亡くなったばかりの署長のオフィスに、のこのこと怪しげな二人連れが現れたのだから、捕まるのは必至だ。署内には拘留用の部屋もあるらしいので、そちらに放り込まれないだけ、ましな扱いなのだろう。まあ、身元の明らかなコシロが、すぐにバレる嘘をつくとは考えにくいという判断もあったろうが。
 警部は今、警官コンビを派遣して〈仕掛け〉を確認させているところだった。コシロが丁寧に手順を教えたので、そのうち二人が、署長室から現れると思われた。
 コシロの説明を聞いたザロフ警部は、眉間に皺を寄せた。
 コシロはその様子を、痛ましげに眺めた。
「何を悩んでいるかはわかるよ。数多の蒸発事案とカラクリ通路に、関連有りや無しやだろう? 関係があるとするなら、セコウ氏がーー〈図書館警察〉の署長自身が、蒸発事案に関与している可能性が疑われるからね……」
「何ですって?」
 ぼくは仰天して、聞き直した。〈図書館警察〉がスウを誘拐した?
「それはそうだろう。曾祖父の造った仕掛けを、第三者がおいそれと利用できるとは思えないからね。誤解しないで欲しいのだが、事件に関与しているのは、あくまでもセコウ氏本人だけだろうね。警部や他の警官は何も知らないはずだーーそうだろう?」
 警部の暗い眼差しが、コシロのと絡み合った。それで、警部も同じ結論に達しているのだと知れた。
「つまり事件の犯人ーーあるいは〈木男〉ーーはセコウ氏なんだ」
 コシロは、きっぱりと言い切ったのだった。
 
***
 いきなりの犯人指摘に困惑してしまったのは、ぼくが探偵小説の紋切り型クリシェに毒されているからだろう。こういうものは、関係者全員を集めて、「さて……」とおもむろに始まるんじゃないのか。
「いったい、なんで署長がーー?」
 ザロフ警部の呟きに、チッチッチッ、とコシロが舌打ちする。ぼくの内心には委細かまわず、コシロはしゃべり続ける。
「以前にも言ったがね、〈なぜかホワイ〉はボクにはわからないよ。でも〈どうやったのかハウ〉は、大まかにだが想像できる。もちろん、解らない部分も多いけどね」
 どうやらコシロは、ぼくに言ったのと同じことをあちらこちらで宣言しているようだ。
「その……どんな風に図書館からヒトを消したんです?」
 コシロはチラリと警部を見やってから、警部の口からは言いにくいだろうから、ボクが推測を述べるよ、と言った。
「犯行手順は、こんな感じだと思う。まずセコウ氏はターゲットを定める。彼がどんな方法でピンポイントに〈小説家〉を抽出できるのかは、正直、わからない。図書館や渦巻町で網を張っているのか、もっと手広くリサーチして図書館に誘い込むのか……。何にせよこれが不明点の一だ。そして彼は、ターゲットが図書館にいるタイミングで、自分も開架スペースにやって来る。このときたぶん、職員にバレないように何らかの変装をしているんだと思う」
 同時に、例の改造してある自律機械ドロイドも一緒に、開架スペースにいるように差配しておく。
「ターゲットに近づいた彼は、即効性の麻酔薬でーーおそらく圧縮空気で薬剤を注入するような装置でーー相手を昏倒させる」
 オピオイド系の合成麻薬には、モルヒネの二百倍もの鎮痛効果があるものもある。末期癌患者に投与するフェンタニルならば、相撲レスラーでもあっという間に大人しくさせられるだろう。
「こうした薬品は当然、劇薬扱いで厳重に管理されているはずだが……ひょっとして、セコウ氏の事業の一部に病院経営が含まれているんじゃないかね?」
 警部は返事をしなかったが、沈黙が雄弁にものがたっていた。管理する側の院長なり医局のトップなりに指示できる立場の人間ならば、そうした麻薬類も手に入れることができるかもしれない。
「意識を失わせたターゲットは、改造自律機械ドロイド内に押し込まれる。ターゲットを閉じ込めてしまえば、彼はひと息つけるだろう。あとは自律機械ドロイドが自動的にやってくれる……」
 改造自律機械ドロイドは、開架スペースから閉架スペースに移動する。被害者は筐体内部におり、また眠らされているため、職員や利用者に気づかれることはない。被害者を容れたままの自律機械ドロイドは、閉架スペースの〈隠し通路〉を通って秘密の部屋に移動する。
「ちょっと待ってください。あの画集〈決して読まれることのない書物〉の仕掛けを機械が作動させることができるでしょうか?」
「実験したわけじゃないからハッキリとは言えないけどーーできると思う。あるいは、あの本のカラクリを使う必要はないかもしれない。あれは曾祖父の遊び心の所産だ。自律機械ドロイド自体に、解錠キーが備わっていれば、単に近づくだけであの通路が開いて〈隠し通路〉に入ることができる」
 ではなぜ、セコウ氏は〈決して読まれることのない書物〉を処分しないで残しておいたのか。もちろんコシロが〈なぜホワイ〉を絵解きすることはない。だからこれは、ぼくの想像ーーあるいは妄想なのだが、セコウ氏はある種のスリルを求めて、あえて仕掛けをそのままにしておいたのではないだろうか。むしろ、誰かが秘密の仕掛けを破って、隠し部屋に踏み入ってくる瞬間を心待ちにしていたのかもしれない。連続殺人犯の中には、そのような自己顕示欲や破滅願望を持つ者がいるというのを、何かで読んだ気がする。
「セコウ氏はいったん館外へ退出したあと、どこかで変装を解いて、今度は警察署長として何食わぬ顔で出勤しオフィスに入る。そこから秘密の部屋へ向かう……」
 彼が、あの秘密の部屋でどんな所業に及んでいたのかは、もはや想像する他はない。だが、行方不明になった人びとが、今のところ誰ひとりとして姿を現していない以上、推して知るべしだろう。
 警部が確認するように、コシロに問う。
「犯行の様子が、館内の防犯カメラに記録されていないのは、なぜだと思う?」
「もちろん、カメラの位置を知っていて、できるだけ死角で行動していたのだろうけど……そもそもセコウ氏は防犯カメラのシステムに入る権限があるのではないのかね?」
 警部がため息をついた。
「ーーそうだ」
「ひょっとしたら彼は、システムにバックドアを仕込んでいたのかもしれない。つまり、犯行過程が映像で残っていても、記録を改竄できる……」
 ぼくはたまらずに、口を挟んだ。
「確かに〈記録〉は、改竄できるかもしれません。でも、〈記憶〉はどうでしょう? あの〈図書館の怪談〉に出てくる〈木男〉は? なぜ多くの人びとが、画集に出てくる化け物を目撃したのでしょう?」
 ぼくの疑問にコシロは、かぶりをふった。
「それもわからない。不明点の二だ」
 コシロの推理の出発点は、〈図書館の怪談〉と失踪事案のリンクだ。だがここまでの推測の中に、そのことを説明できる要素はない。蒸発自体はともかく、目撃証言に関しては特に。仮にセコウ氏が怪談の原因で、〈木男〉の扮装をしていたのだとしても、その理由がわからない。どう考えても、犯行にはなるたけ目立たない格好が有利だからだ。
 だが、今ここにいたって、そんな謎なぞは些末なことだった。これが小説内の、物語上の出来事ならば、解かれない謎、割り切れない余剰は、読者の非難のまとだろう。だがしかし、ぼくは〈読者〉ではないし、ぼくが巻き込まれているこれは、〈現実〉の事件だ。少なくとも、ぼくにとってはそうだ。
 ぼくには、もっと大事で、本質的で、切実な問いがある。ぼくは当然それを自覚していた。本当のことを言えば、先の質問は、そこに触れないようにするための時間稼ぎにすぎなかった。
 でも、もうこれ以上はおしとどめられなかった。正しくは、逃げ切れなかった。
 ゴクリと喉を鳴らす。ぼくは意をけっして、問いを発する。
「じゃあ……じゃあ、スウはどこに……?」
 急に、部屋の気温が下がったような気がした。しん、という耳が痛くなるほどの沈黙が、ぼくたちにのしかかった。
 コシロがほとんど、苦痛を感じているように項垂れた。
「ーーわからない。不明点の三だ。あるいは今後、秘密の部屋の捜査で、明らかになるかもしれないが……」
 あまたの行方不明者たちの運命が、捜査でわかったとして、その犠牲者のリストにスウも入っているのだろうか。
 スウ、きみはいま、どこにいるんだ?
 ぼくの内なる叫びに答えるものは、もちろんいなかった。
 
***
 署長室をノックする音で、凍りついていた時間が溶けて動き出した。時刻は、午後十一時になろうとするあたり、夜の七時ごろに始まったぼくたちの冒険は、四時間をむかえていた。
「入れ」
「警部! ラボからの報告で気になる点が……」
 入室してきた署員の言葉は、ぼくたちを見て尻すぼみになった。興奮して、部外者がいることをうっかり失念していたようだ。
 警部は手を振って、先を促す。署員はためらって、ぼくたちをいちべつしたが、結局、話し始めた。
「ラボが、署長の自宅にあったラップトップで、動画ファイルを発見したのですがーー」
「動画ファイル?」
「ええと、正確にはオンラインに保存されていて……」
「詳細はいい。要点を言え。どんな内容だった?」
「そ、それが……」
 署員はまたもや、口を噤んだがそれは、部外者であるぼくたちに気がねしたのとは違う理由に思えた。あらためて初めて気がついたのだが、すでに再生した動画を観たとおぼしきその職員の顔は、ほとんど土気色になっていた。恐怖だ。恐怖が彼の面貌に、ベッタリと貼りついていた。
 口ごもる署員に業を煮やした警部が、いったん彼をともなって出ていく。
 バタン、とドアが閉まったあと、沈黙を埋めるようにぼくは、口を開いた。
「ラボって言ってましたけど、〈図書館警察ここ〉に、えーと、いわゆる鑑識って部署はあるんですか? このフロアに、そんなスペースなさそうですけど」
「いや、科学捜査班と言っても、〈図書館警察〉自体がそうしたセクションを持っているわけではないよ。ボクが依頼したみたいな、民間の科学捜査機関に委託している。そのラボの調査報告が、提出されたのだろう」
 しゃべっているうちに、警部が戻ってきた。変化は一目瞭然だった。先の署員同様に、顔色がひどく悪くなっていた。
 コシロがすかさず訊ねる。
「ひょっとしたら、警部。その動画とやらは、署長の、セコウ氏の殺害事案とかかわりがあったのかね? 犯人が映っていたとか?」
「ーー犯人だと?」
 ザロフ警部が、上の空で吐き出す。
「いや……犯人は映っていなかった。……だが、少なくとも死体状況や現場の様子は、動画と矛盾しない……しかし……」
 警部のいらえは、意味をなしていなかった。冷静沈着に見えた警部が、茫然自失のていで口ごもるさまに、ぼくの背中を戦慄が走った。ひどく嫌な予感がする。
 コシロが、ほとんどいたわるような口調で続けた。
「署長殺害の状況を教えてもらっていいかね? 死亡推定時刻は、もう出ているのだろう?」
 ザロフ警部は一瞬、正気に戻ったようだった。本来ならば外部の人間に聞かせてよい話ではないだろう。だが懊悩した様子の彼は結局、話し始めた。してみると警部は、言外に、コシロに探偵としての出馬を要請しているのかもしれない。
 署長の遺体の第一発見者は、アパルトマンの管理責任者だった。ジュウハチロウ・セコウ氏は、上町アップ・タウンの高級アパルトマンで独り暮らしをしていた。
 彼の本宅は、関西にある。本宅には妻も子どもも住んでいる。彼が渦巻町に別宅をかまえているのは、事業の合間を縫って、署長職をこなすためだ。
 本業で忙しいであろう彼が、なぜそこまでして〈図書館警察〉の業務に携わろうとするのか。これまでは、大恩ある義父オリタケ氏の遺志を汲んでと思われてきた。だがコシロの推理が正しければ、その真の〈狙い〉が、蒸発事案との関係で明らかになりそうだ。有り体に言うなら、セコウ氏が図書館を〈狩場〉として利用していた可能性が高い。
 さて、ジュウハチロウ・セコウ氏の死亡推定時刻は、四日前ーースウが蒸発した翌日ーーの午後五時半から六時のあいだと目されている。
 この日の午前中、関西からやって来たセコウ氏は、上町アップ・タウンでいくつかの会合を済ませた。会合メンバーと食事をしたあと、午後二時過ぎ、自宅に向かわずに直接、〈図書館警察〉のオフィスをおとずれている。
 鉄道や渦巻町の防犯カメラ映像、会合メンバーの証言、そして図書館に残っている出入館記録をつなぎ合わせると、ここまでの行動に不審な点はない。
 ちなみに、セコウ氏の出勤時間は、特に定められていなかったが、緊急の場合でなければ、昼前後にオフィスを訪れデスクワークをこなしていたようだ。ゆえにこの日も、通常の業務と変わらぬ一日といえた。
 ただ、いつもならば夜まで事務処理を行うことの多いセコウ氏は、午後四時過ぎに図書館から退出していた。彼の姿のを目撃した図書館職員は、血の気の引いたの顔で、焦点の定まらない目をして、蹌踉そうろうと歩くセコウ氏の様子を伝えている。
 図書館を出たセコウ氏は、渦巻町の外縁部に設置されている限られた人間専用(つまり上町アップ・タウン住民専用)のエレベータで、上層階に向かった。五時前に帰宅した彼を、アパルトマンの玄関係が見かけている。だがこの際にも、不審点がある。普段は愛想のいいセコウ氏が、玄関係の挨拶にまったく反応しなかったのだという。
 帰宅から一時間弱経ったころ、セコウ氏宅の隣人のご婦人から管理会社に連絡が入る。隣室から悲鳴のような声が聞こえ、物が落ちたり倒れたりしたような騒々しい物音がしたというのだ。
 そこで連絡を受けたアパルトマンの管理責任者が、セコウ氏の部屋を訪れた。ドアの前で彼は何気なく腕時計に目をやった。午後七時になろうという時刻だった。
「署長は……彼の遺体は……信じられない状態だった。まるで身体の内側に巣くっていた何者かが、殻を破って飛び出したみたいに……それにあの臭い……」
 警部は、顔面を蒼白にさせて絶句した。かぶりを振ると、卓上のインターホンをとった。すぐさま、先ほどの署員がやってきた。
「きみ、さっきの動画をここで再生してくれたまえ」
「よろしいのですか?」
 驚いた署員は、半信半疑で上司の顔色をうかがう。だが警部は、何も言わずに作業をうながした。
 署員は部屋にラップトップを持ち込んで、準備をした。
 ぼくは、なにがしか息詰まる思いで、そのさまを眺めた。いったいなにが始まるというのだろう? 警部の思い詰めた表情に遠慮して、コシロですら、余計な口を出さなかった。
「できました」
 署員の操作で、モニタ上の動画ファイルが起動した。
 ぼくとコシロは、それを黙って視聴した。黙ることしかできなかった。
 動画ファイルは、ぼくたちをさらに混乱に陥れたのだった。
 
***
 ぐわん、と世界が傾いだ気がした。
「これはーー本当のことなのか? よく出来た加工動画ではなく?」
 虚ろな声音のコシロの問いは、小さな部屋とは思えぬほどに殷々いんいんと響いた。まったく同意だ。ぼくたちの目の前には、スプラッタ映画さながらの映像が展開されたのだから。
「私に何が分かる?」
 警部のいらえは、もはや投げやりになっている。
 犯人が、あるいはセコウ氏が、特殊画像を作成して、動画視聴者を騙そうとしているのでなければ、ここに映っていたモノは〈現実〉なのだと警部は言うのだ。そして、そんな手のこんだ細工をする動機が存在するとは思えなかった。
 つまりこれは〈現実〉だ。
「なるほどーー」
 蒼白な表情で、コシロが呟いた。
「ボクたちは、この世界が探偵小説ロマン・ポリシエだと思っていたわけだが、実際のところ、怪奇小説ロマン・デュプゥヴァンテだったというわけだ」

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