名前のない書物(第四十五回)
中有3
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「ゼフィール!」
切迫した、ほとんど悲鳴に近い叫び声が、雷霆めいて女を貫いたようだった。女はぼんやりと曖昧な眼差しを、戸口に立つわたしに向けた。女の眼に映ったのは、うりざね顔を黒髪で縁取った小柄な女であろう。まったく見知らぬ女のはずだ。にもかかわらず、その魂の容は、これ以上ないくらい自分の魂に近しいものとわかったはずだ。その証拠にほら、女の双眸に涙が盛り上がり、二すじの流れとなってこぼれ落ちた。
霞がかった曖昧な記憶の海から、一つの名が浮かび上がってきたのが