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【ひとりひとりが特別だった】③ーみいちゃんのこと

今回は、私の「高等支援学校」勤務時代の体験をもとにしたお話しです。個人が特定されないよう脚色しています。

みいちゃんは15歳。
高等支援学校の1年生です。
高等支援学校というのは、卒業後、「障がい者雇用枠」で就職することをめざす生徒たちが通う学校です。
みいちゃんには、軽度の知的障害と自閉スペクトラム症の診断がついています。

みいちゃんは、担任のあやこ先生が近づくと、
「どっか行け!お前は嫌いじゃ!」
と叫んで逃げていきます。

あやこ先生が「みいちゃ~ん、帰っておいで~」と追いかけると、
みいちゃんは振り向きざまに「あっかんべー」をしてますます逃げます。

ところがみいちゃんは、副担任のかよこ先生が来ると「かよこせんせい、いっしょに遊ぼ!」と言って甘えます。

そんな毎日が続き、あやこ先生は心が折れそうになっていました。
あやこ先生はどの子にも優しくて、一生懸命にわかりやすい授業をする、本当にいい先生です。
みいちゃん以外の生徒はみんなあやこ先生が大好きで、先生の周りには生徒たちが集まってくる、というような先生です。

みいちゃんがあやこ先生から逃げる理由がわかりません。

実はみいちゃんは、生まれてすぐに乳児院にあずけられ、ずっと施設で生活してきました。

ある日、あやこ先生は、みいちゃんが暮らす施設の先生に相談してみました。

あやこ先生:みいちゃんが、私を嫌うんです。言うことを聞いてくれないどころか、私がいるだけで逃げてしまうんです。

施設の先生:え!私もです。私がみいちゃんの担当なんですが、他の先生には懐くのに、私には全然。暴言吐かれっぱなしです。全く同じです!

みいちゃんは、「自分にとって一番必要な人、自分を愛してほしい人」に対して、アッカンベーをして逃げたり、暴言を吐いたりしていたようです。

「自分がどれだけ悪い子でも好きでいてくれるか」を試さずにはいられなかったのでした。

乳児院の時から施設にいると、「担当の人」がころころと変わります。
「お母さん」のような役割をしてくれる人が変わっていくのです。

好きになっても、しばらくするといなくなってしまう、そういう経験を積み重ねてきたのでした。

そのために、典型的な「愛着障害」の状態にありました。

ですから学校でも、一番愛して欲しいあやこ先生に対して、暴言を吐いて逃げるという行動を取ってしまっていたのでした。

どうしてもあやこ先生を独り占めしたい、という激しい気持ちが、
「どっか行け!お前は嫌いじゃ!」という叫びになって表れてしまっていたのでした。

みいちゃんの気持ちは痛いほどよくわかります。
けれども、あやこ先生を独り占めさせてあげることはできません。

学校では、「あやこ先生はみいちゃんのことをいつも思っているんだよ。あやこ先生以外の先生たちもみいちゃんのことが大好きなんだよ」ということを感じてもらって、安心して学校生活を送りつつ、少しずつでも自立できるように見守ることしかできません。

みいちゃんに関わる先生たちが集まって、これからどうしていくかを話し合いました。
そして、あやこ先生には、みいちゃんが逃げていっても、「みいちゃん、ここで待ってるからね」と声をかけて、教室で待っていてもらうことにしてみました。
危険がないように、他の先生が隠れて見守って。

みいちゃんは、だんだんと教室に戻ってくるまでの時間が短くなり、そのうち逃げずにみんなといっしょに勉強できるようになっていきました。

翌年になると、みいちゃんはあやこ先生に甘えに行くようになりました。
みいちゃんはみいちゃんなりに、人との関わり方を身につけたのでしょう。

卒業したら社会に出て生きていかなければならないみいちゃんです。
先生たちは「せめて、甘えられる人や場所にできるだけたくさん繋がってから卒業してほしい」という思いでした。

みいちゃんは高等支援学校を卒業したあとグループホームに入り、障がい者雇用枠で就職。たまには自炊もしてがんばっているのだそうです。
けれどもまだまだ助けて欲しいときが何度もあるでしょう。
施設を出て生活している若者たちへの支援はこの国の大きな課題です。



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