個と全体にまつわる勘違い
三次元に生きる人間は、自分を一個人と思い込み、けして自分を「部分では無く全体である」とは考えない。宇宙時代の到来とは、単に宇宙軍を設立して宇宙空間に進出しますでは無くて、「ちっぽけな個としての自分」から脱却して「宇宙大の自分」へと「意識変革」していく事だったのである。三次元人間は、「個と全体」をイコール「部分と全体」とみなしてしまい、部分じゃ駄目なので「全体主義」にしなくちゃと言う発想しかできない。自分と言う個を全体に埋没させる事で、人類の進化を画策する訳です。これは人類の進化では無くて、「退化」なのである。なぜなら、自分という個は、全体の中に埋没し消滅するからである。例えて言えば、蟻やハチの女王と兵隊の社会形態を人類に強いるのである。こうして未来社会は、退化した人類と、宇宙意識へと進化した神人類とに別れて行く。退化する霊魂には、自分は退化していると言う自覚がない。彼らは天から地上に落ち、地上から地獄へ、退化の道筋を予定通りに辿(たど)る。旧約聖書のスタティックな世界観には、「意識は進化可能である」といった動的発想がない。だから、個で無いなら全体主義でしょと言う発想しか湧かない。自分は、部分なのか全体なのか?自分はこれから「部分化」したいのか、「拡張して宇宙大化」したいのか。今78億の人間各人は、暴動やパーティーに明け暮れて、自分の魂の重大岐路に全く気づかない。