「大切に思っているなら。」
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自分の人生を歩むには、ブレない信念の作ること。
その作り方を知りたかったら読んでみて!
映画・「25時」を観た。
NYブルックリンに住む麻薬密売人モンティは、タレコミにより捕まってしまう。
刑務所行きは明日、そして刑期は7年。
考えられる選択肢は、服役・逃げる・自殺。
どちらにせよ待っているのは絶望。
残された自由な24時間をどう過ごすのか?
というのがあらすじの、人間関係や人生について考えさせられる中々重い映画。
俺の大好きなエドワード・ノートンと、今は亡き超名優フィリップ・シーモア・ホフマンの演技が最高だった。
この映画を観て思ったことは、大切に思っているなら殴れってことだ。
映画の登場人物のほとんどは、後悔に苛まれている。
モンティは麻薬の密売をしたこと、そしてそれをダメだとわかっていても続けたこと。
そしてモンティの幼馴染、恋人、父親は、モンティの麻薬仕事を止められなかったことに後悔している。
幼馴染二人は、長年お互いのことを知っている仲なのに、麻薬仕事を見て見ぬフリをしてきた。
恋人は金になる麻薬仕事のおかげで裕福な生活をできたから、モンティの仕事を止めなかった。
父親も、モンティの資金協力より店を開店できたから、止めなかった。
そう、みんなモンティを大切に思っているのに、彼の近くにいたのに、彼の仕事を止めなかったんだよね。
「やらない後悔よりやる後悔」とはよく聞くものの、本当にそうか?と思うんだよね。
だってモンティの場合は、わかりやすく「やる後悔」だ。
麻薬密売(犯罪)をやって、人生がドン詰まり後悔しているわけだからね。
そしてモンティの周りの人間は、「やらない後悔」だ。
モンティを最後まで止めなかったんだからね。
結局、誰もが後悔なんてしたくないんだよ。
だから「やらない後悔よりやる後悔」じゃなくて、後悔しないためには、最善を尽くすにはどうすればいいのか?を考えて実行しないといけない。
考えた上で「やる」「やらない」を決めるんだ。
ただ、明らかに大切な人が道を踏み外しているなら、殴ってでも止めないといけない。
つまり、止めないとか見て見ぬフリといった「やらない」じゃなく、止めるという「やる」一択だ。
じゃないと大切な人は「やる後悔」に苛まれ人生に絶望してしまう。
そして周りの人は「やらない後悔」に一生苦しんでしまう。
モンティと周りの人間たちのようにね。
もちろん、「道を踏み外す」ってのは人それぞれ定義が違うと思う。
ただ共通しているのは、法に触れること、そして信用を失くすことじゃないかな。
とにかく、大切に思っているなら殴らないといけないときもあるんだ。
というか大切な人が道を踏み外しているのに、止めないとか、見て見ぬフリとか、ハッキリ言って最低だよね。
それは本当はその人のことを大切に思っていないってこと、結局他人事ってことだ。
そんなんで愛とか友情とか、ヘドが出るよね。
後悔をする状況になったときにはもう遅いんだよね。
やり直すことはできない、後悔することくらいしかできない。
だから自分が後悔したくないなら、大切な人を後悔させたくないなら、絶対に止めろ。