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離れていても温めますか #クリスマス金曜トワイライト2023 ②

あの2020年クリスマス金曜トワイライトが帰ってきました。
この恋愛小説はクリスマス金曜トワイライト2020をリメイクしたものです。

※「クリスマス金曜トワイライト・イベント」とは
2020年のクリスマスシーズンに「恋愛小説をリライトした作品」を表彰するイベント。応募総数57件。総合優勝にはCM映像を授与されました。

※恋愛小説・金曜トワイライトとは
池松潤が書き下ろしたオトナの恋愛小説。
第一回は2020年7月~9月に毎週・金曜日に配信されました。その作品をもとに自由にリライトしてもらうという企画です。第一回開催には1週間で48件の応募がありました。各参加者のフォロワーによりSNSでシェア&拡散されて、さらにnote公式編集部にピックアップされる等ヒット企画になりました。まったく新しいタイプのnoteクリアエイター参加型イベントのために、この恋愛小説は開発されました。


平日と週末の境い目。あなたのトワイライトはどんな空でしょうか。

望むならどこだってついて行くのに、気持ちが折れてしまいそうです。何もかもわからない、確かなものなど何もない暗闇のなかを走っています。

信じるチカラをください。きっと幸せになれるから。

#クリスマス金曜トワイライト2023
※音楽を聴きながらどうぞ。



警備員室の横から外に出ると冬の空はうっすらと明るかった。徹夜明けに冷たい空気が気持ちいい。競合プレゼンの準備はなんとか間に合ってホッとしていました。

コートの襟を立ててビルに沿って歩き始めると、大きなバイクが派手な音をたてて通り過ぎて止まりました。ヘルメットを脱ぐとショートカットの女性でした。小柄のせいか緑色の車体が大きく見えます。

目が合いました。軽く会釈すると彼女もニコッと笑ってくれた。ビルの一階にあるカフェのバリスタってのは知っていました。ちょっと可愛い子が入ったと社内でも話題になっていたからです。

僕は密かに『バリスタのカワサキさん』と名付けてました。バイクにはカワサキなのと、1000ccだとわかるエンブレムが付いてたからです。大型バイクにベビーフェイスが妙に印象的でした。彼女がバイクに乗っている事は誰も知らない様子でした。話題に出たことはなかった。カワサキさんはいつも早番らしく、夕方にカフェへ立ち寄っても姿を見る事はありませんでした。


『ベーグル、温めますか?』
『あ。。どうも。。』


彼女は白いシャツに黒いエプロンを着ています。とても似合っていました。誰にも話したことはありません。何と声をかけていいのでしょう。23階のオフィスから1階のカフェまでの現実はなかなか縮まりませんでした。

日常は遠く非日常は近い。会社の人たちはやがて別の話題に移っていきました。地下のスーパーに超美人の女性店長が異動してきたからです。移り気な人たちの興味の変化は早かった。僕は少しホッとしました。誰かと付き合ってるという噂を聞かなかったからかもしれません。変ですね。だって彼氏がいるのさえもわからないというのに。ストーカーみたいにならずに済んだのは、仕事が忙しくてそれどころじゃなかったからかもしれません。そんな日常にも、やがて風が吹くときが来ました。

・・・・・

会社から少し離れた、国道沿いのビルの谷間に神社があります。通称・田町八幡。正式には御田八幡といいます。階段を登ると小高い丘に小さな社がありました。木造拝殿の後ろは深い森です。たまに息抜きに行くのですが人はほとんどいません。

仕事の尻拭いとでも言いましょうか。現場が撮影の道路使用許可を取ってなくて、警察に謝る羽目になった日でした。普段はそんなことは起こらないのに。厄日だったのかもしれません。

撮影からオフィスに戻ったら、上司からねちっこく経費伝票の事を問いただされて『そんなの覚えてねぇよ』と危うく喉から出るほどでした。厄祓いに神社でも行って、しばらくぼーっとしてようと思ったのです。

境内に国道が見下ろせる眺めのいい椅子に「バリスタのカワサキさん」が居ました。目の隅で追いかけながら、お参りをして柏手をうってからおみくじを引いたら『大吉』でした。

『恋人・あわてず心をつかめ』

カワサキさんはまだ椅子に座っていました。僕はゆっくりと、大きく円を描くように回り込んで近づいて行きます。覗き込む仕草をして会釈をしました。

ニコッと笑ってカワサキさんは、ショルダーバッグにメモ帳をしまうと、何か言いかけて僕の目をじっと見つめてました。眼の色が少し青みがかった澄んだ目。光彩の輪郭が淡い風合いで素敵な色でした。

『あの。。ワタシのおみくじに、待ち人は遅れて来たる。って書いてあったんです。あ。。おみくじ引きました?』

彼女は夜学でデザイン学校の勉強をしてました。日常の中の非日常は、近くの意外な場所から始まったのです。始まったと言っても名刺を渡して少しお話ししただけなんですけど。僕の中のバリスタのカワサキさんがリアルな存在になったのは何かの縁だったのでしょうか。それとも神様のいたずらでしょうか。

厄日の大吉。天にも登るような出来事。しかし風はそれ以上吹くことはありませんでした。カワサキさんは、暫く見かけなくなりました。僕は毎朝、一階のカフェを覗く日が続いたのです。


・・・・・


その日は、ロケ撮影を何箇所も短時間で撮って廻るスケジュールでした。撮影スケジュール表を香盤表と呼ぶのですが、香盤表には朝早くから細かく時間が書かれていました。ロケ現場は沢山のお弁当の手配や、タレントさんの人よけをしたり大変でしたが、スタジオを借りるよりも経費もかからないのでロケは増えていくばかりでした。

トイレ休憩で第三京浜の三沢サービスエリアに寄った時です。何台も並ぶバイクに緑色のカワサキが見えたのです。僕は周りを見回してカワサキさんの姿を探しました。たむろっているライダー達の中に彼女の姿は見えません。同じ型で違うのかなぁ。少しガッカリしてトイレを済まして、ロケバスに戻ろうとした時にカワサキさんと目が合いました。

びっくりして手を拭いてたハンドタオルを落としてしまいました。風に吹かれてカワサキさんの足元に飛ばされていきます。僕たちはしばらくお互いの目を見て動きませんでした。

『おみくじ。またこの前引いたんです。。覚えてます?』

彼女はニコッと笑って頷くと、拾ったハンドタオルを手渡してくれました。

『ええ。もちろん。で。。大吉でしたか?』

青いデニムに革のジャケットが似合ってました。僕はコレからロケで大変なんだと話すと、カワサキさんは事故って少し入院してたと話してくれました。カワサキさんはペロッと小さく舌を出すと首をすくめて顔をくしゃくしゃにします。冬なのに僕は溶けそうになりました。バカです。大バカ者です。僕は上空1000mにいました。死んでしまいたい。いや死ねる。死なないけど。

『あー先輩!こんなとこにいたんだぁ。もう出ますよ!』
後輩の声を無視して、彼女に話そうとしても次の声が出ません。

『あの。。また会えますか。。』

『来週からいますよ。今日はリハビリrideなんです。ロケ頑張ってください』

ロケバスでハンドタオルを握りしめてニヤニヤしている僕を気にする人は誰もいませんでした。また風が吹いてきた予感がしました。その日の仕事はあっという間に終わりました。CM制作の見積もりに書かなきゃいけない事がたくさんあるのに何も覚えてません。僕の記憶は三沢パーキングエリアで止まっていました。


・・・・・

そのあとも、僕たちは色んな場所で巡り逢いました。コンサート、居酒屋、大江戸温泉。だけど恋はその先には進まなかった。僕が友達の女性といたり、カワサキさんが男性と一緒の時もあったからでしょう。それとも縁がなかったのでしょうか。23階のオフィスから1階のカフェまでの恋は近寄ることはありませんでした。永遠に22階分の距離がある。現実とはそういうものです。

カフェでカップを受け取る時にランチにでも誘えばよかったのかもしれない。だけどそんな風は吹くことがなかったのです。シゴトにますます忙殺されるようになりました。一年が経ちまた次の冬が来る頃、カフェで朝のコーヒーを受け取った時でした。

『ちょっと待っててくださいね。これオマケです』

透明の袋に入った。小さな焼き菓子でした。

『うわ。嬉しいです。このあとのミーティングで食べます。もう疲れて死にそうだから。ありがとう』

『きっと効きますよ。特製ですから』

彼女の笑顔はどんなクスリよりも効きそうでした。いつも通りニコッと笑うと、彼女は次のオーダーへと吸い込まれていきました。


・・・・・

僕はなかなか結論が出ないことに疲れてました。最後のミーティングは長引いて、外の景色は夕闇に包まれます。23階の景色は富士山が手に取るようでした。日頃から見慣れてなんの感動もないのですが、その日の夕陽は少し色が違うように感じました。

彼女に貰った焼き菓子をポケットから出すと、裏側に小さなシールが貼ってあるのに気がついたのです。そのシールは小さな手紙のようになっていて、封をはがすと中にはメッセージが小さな字で丁寧に書かれていました。

「しばらくバイク旅に出ます。つづきは、おみくじを引いてください」

日々是好日。
あるがままを良しとして受け入れるのだ。と呟くと、もう窓の外は真っ暗になってました。さっきまで見えていた富士山はどこにいったのでしょうか。遠くに品川駅の灯りがキラキラと揺らめいていました。

・・・・・

ミーティングが終わって田町八幡へ向かう頃には日が暮れてました。境内の灯りは寂しさを募らせます。

「大吉」

大吉って大凶でもあるから、今日は大凶かもなと思いました。おみくじを結く場所に向かうと、おみくじが大渋滞してます。すき間を作ろうと絵馬を端っこに寄せようとしたら、バイクの絵が描いてある一枚が目に入ったのです。それは彼女の書いた絵馬でした。

『理由があってバイク旅をしてきます。もし私のことを覚えていてくれたら、来年の大晦日にココで会いたいです。そして除夜の鐘を一緒に鳴らしましょう』

SNSが無くても生きていける。僕たちは繋がってるんだなと思いました。変な2人かもしれない。信心深い方でもないし、神様なんて信じてないけど、簡単に繋がらないのに繋がっているのは、おみくじのおかげでしょうか。

「ベーグル、温めますか?」
彼女の声が聞こえた気がしました。

「ええ。温めます」
空を見上げると、都会で見えるはずなんてないのに、すーっと星が流れたように感じたのです。

ちくしょう。なんでだろう。涙が流れてきました。
本当は仕事なんてやめてどこだってついて行くのに。ふとしたきっかけで、気持ちが折れてしまうかもしれません。僕はポケットからボールペンを出して絵馬に書き足しました。

信じるチカラをください。

来月のいまごろ彼女はどの辺にいるのでしょうか。ひょっとして本当はキツネが人間に化けているだけで、僕は騙されているのでしょうか。僕はいまでも暗闇のなかを走っています。不安定な時代に確かなものなど何もないのですから。

冷たい空気が気持ち良かった。冬の空は澄んでいます。空はどこまでも繋がっているように感じました。何時でもいつまでも繋がっているのだと。そして信じていれば、きっと幸せになれるのだと。

第二話・おわり


毎週金曜日トワイライトタイムにUP
第三話まで続く予定
#クリスマス金曜トワイライト2023

Special Thanks for Proofreading 2020
仲高宏 嶋津亮太


#リライト金曜トワイライト
#金曜トワイライト
#クリスマス金曜トワイライト2023


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