真冬のレモンは小さくて甘く切ない #クリスマス金曜トワイライト2023 ①
あの2020年クリスマス金曜トワイライトが帰ってきました。
この恋愛小説はクリスマス金曜トワイライト2020をリメイクしたものです。
1秒が永遠になるような恋を書きたくなりました。じんわり溢れる魔法みたいに。
僕たちは何を失くして、何を得たのだろう。
平日と週末の境い目。マジックアワーはどんな空でしょう。あなたと一緒に過ごしたい。
#クリスマス金曜トワイライト2023
※音楽を聴きながらどうぞ。
息はすでに切れていた。地下鉄の階段を駆け上がるとJRの改札が見えてくるはずだ。山手線に乗り換えれば15分くらいで着くだろうか。駅のホームまで考えてもギリギリ間に合うかどうかだった。走るのをやめたら楽になれるかもしれない。あきらめれば、もう走らなくて良いのに。
彼女は実家に帰ると言う。このところ僕たちはいつもすれ違っていた。30歳を目の前にして焦っていた。理想と現実の狭間であがいていた。
僕は彼女からの手紙を握りしめていた。少し時間が欲しいと書いてある。東京の生活に疲れたと。それは僕との付き合いに疲れたと言われているような気がした。手紙の最後には、上野発の特急列車の時間が書かれていた。
何も見えてなかった。自分も彼女のことも。あと少しで手が届きそうな夢を追いかけることで目一杯だった。出世に目がくらんで夢が無い奴らよりも立派だと思っていた。新しいキャンペーンに必死で、結婚や子供のことなんて考えたこともなかった。
・・・・・
JRの改札を超えると、長い階段を駆けた。電車から降りてくる人たちの波が降りてくる。右に左に波をかき分けていく。肩がぶつかるとチッ!と舌打ちが聞こえてきた。
みんな急いでいる。何かと競っている。僕たちは負けたらそれっきりで終わってしまう。仕事が終わってから彼女に会うと『なんか顔が険しくてキライ』と言われた。
出会った頃は背負うものなど無かった。採れたてのレモンのように軽やかだった。いつからつまらない男になったのだろう。僕はいつもギリギリを走っていた。限界まで追い込まないと目指す頂上に登れそうもなかった。
あと少し階段を登ればホームだ。山手線の車両が見えてきた。あと少し走れば間に合う。これに乗れれば間に合うかもしれない。ホームから発車案内のベルが聞こえてきた。力の限りを振り絞ってホームへ躍り出た。閉まる寸前で滑り込んだ。冬なのに汗が止まらない。朝の車内は通勤客で溢れていた。
・・・・・
あの日、僕たちは品川・御殿山の住宅街にある美術館で出会った。モダンアート展のパーティー会場は賑わっていた。
彼女が場慣れしてない感じはひと目でわかった。アート作品を眺める姿は何か儚げだった。ショートカットにアニエスベーのバックをかけている。
『ココにはよく来るんですか?』
彼女は少し困った顔をした。少し間が空いた。僕は困った瞳をじっと見つめて返事が来るまで待っていた。
『いえ。はじめてです。。』
『僕もはじめてです。。。嘘です』
彼女がクスッと笑ってくれた。グラスシャンパンで頬は紅くなっていく。そして笑みが雫のように溢れていた。この素朴な笑顔に惚れてしまった。
広告マンと書道の先生。まったく違う世界に生きていた。だけど僕たちは気があった。彼女は素朴な学究肌で疑うことを知らなかった。僕は混沌とした正解のない世界で泥にまみれていた。違うから磁石みたいに惹きあったのかもしれない。
俯いたとき、うなじが綺麗だなと思った。僕は彼女の手を引いて、美術館を抜け出した。微かにレモンの香りがした。すべては輝いている。風が優しく頬を撫でていった。
・・・・・
師走の上野駅はごった返していた。山手線ホームから階段を駆け降りる。あと3分で特急列車は出てしまう。彼女はもう列車に乗っているのだろうか。
東北本線のホームを探す。やがて長く伸びる列車が見えてきた。ホームには見送りや、これから乗り込む客で混み合っている。僕は飛び跳ねながら彼女を探した。
手紙が郵便受けに入ってたのに気が付いたのは朝だった。何日も前に入っていたのだろう。なんでもっと早くに気がつかなかったのか。彼女に2度と会えなくなる気がした。
・・・・・
雑踏のホーム。どこまでもヒトが溢れていた。ホームにベルが鳴り響いている。人ごみのすき間から視線を感じた。振り返ると小さな身体に大きなバックを肩にかけている姿が見えた。
チカラの限り彼女の名前を叫ぶと、驚いて振り返った沢山の視線が刺さった。人の波をかき分ける。ドアの淵にたたずむ彼女に手を伸ばした。届きそうで届かない。ゆっくりと時間が流れる。彼女の瞳からは涙がいまにも溢れそうだった。
「いくなよ」
彼女は何も言わなかった。目は必死に何かを言おうとしている。瞳をじっと見つめて返事を待った。数秒が永遠の宇宙のように感じる。ポケットから何か取り出そうとしていた。
発車のベルが鳴りやんだ。扉がしまる。頬に光りが流れていた。閉じたドアのガラス越しに唇がちいさく動いたのがみえた。
「ごめんね」
聞こえた気がした。いや。確かに聞こえたんだ。僕の手には小さな手紙が残された。2人の間を冷たい風が通り抜けていく。潮が引くようにホームから人がいなくなった。長椅子に腰掛けて、手紙の封をあけた。
・・・・・
この手紙を読んでくれているなら、あなたに会えた時でしょう。身勝手なわたしを許してください。
本当は負けそうな自分が怖いのです。距離や時間が離れたとき、あなたが消えてしまいそうで。それが怖いのです。
ずーっと会いたかった。だけど言えなかった。あなたが仕事で活躍していけばいくほど遠くなった。
でもね。あなたに出会えてよかった。
ずっとあなたを感じていたいのです。あなたの頬や、あなたの唇に触れていたいのです。確かに一緒の時間をすごした日々を、心と体に焼き付けておきたいのです。
あなたが好きです。大好きです。
・・・・・
手紙が滲んで見えた。僕たちは何を得て何を失ったのだろう。
今はわからない。
いや本当はわかっているのに。
第一話・おわり
毎週金曜日トワイライトタイムにUP
第三話まで続く予定
#クリスマス金曜トワイライト2023
Special Thanks for Proofreading 2020
仲高宏 嶋津亮太
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