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認知症の母と沖縄移住 10 下見・沖縄の賃貸……これ常識?

賃貸マンションの内覧が実現したのは、下見のために用意していた8泊9日の期間中、8日目になってからのことでした。

不動産情報サイトに掲載されている物件がすべて予約済みで、もうこうなったら現地に乗り込んで、不動産会社の物件リストを見ながら交渉するしかない。そう思って3日後の飛行機のチケットと1週間分の宿を予約した直後に、突如、不動産情報サイトに新着物件が飛び込んできたのです。

すぐさま飛びついて、そのまま申し込みまで済ませてしまったところまでは良かったのですが、前の借主がまだ居住中で、退去するまで10日近く日があったために、内覧の日程が、帰京する前日になってしまったのです。

それまでの7日間は、高齢者施設を見学したり、市役所に相談に行ったり、バスの運行状況を確認したり、スーパーを梯子して生活物価を調べたり、妻のフラメンコ教室の体験レッスンに付き添ったりと、移住の外堀を埋める作業に費やしました。

そして待ちに待った内覧の日……内地とはひと味違った沖縄の賃貸の常識に目を丸くするばかりでした。

マンションに入って、おやっと思ったのは、洗面所に乾燥機が備え付けられていなかったことです。

私たちの希望条件は、家賃5万円から8万円までの2LDKで、バスタブ付き、オートロックとインターフォン付き、5階以上で最上階は除くというものでした。1階は防犯上の不安があるうえに、湿気がたまりやすく、大量の虫を呼び寄せます。最上階は、屋上が直射日光を浴びてオーブン状態となり、冷房も効きにくいという難点があり、南国生活はあっという間に灼熱地獄へと化してしまいます。

この条件で検索したマンションには必ずといっていいほど、乾燥機が付いていました。我が家は乾燥機能の付いたドラム式洗濯機で、しかも、乾燥機を使うと生地が傷みやすいので、乾燥機能はほとんど使っていませんでした。

乾燥機なんていらんのに……。妻は物件をチェックしながら、よくそうぼやいていました。内覧した物件は、インターネットの掲載情報の写真には映っていなかったものの、どこかにあるに違いない。そう思っていたので、乾燥機がないというのは嬉しい誤算でした。

沖縄では乾燥機がないと、やっていけないくらい洗濯物が乾きにくいのか。あまりに乾燥機付きの物件が多いので途中で不安に思って、八重山に住んでいる友人にラインで尋ねてみたこともありました。

別に乾燥機はなくても困らない。友人は、やけにあっさりとした調子で返事をくれました。

良かった――。ほっと胸を撫で下ろすとともに、釈然としない思いも残りました。なくても困らないのなら、どうしてこうも多くの物件に乾燥機が備え付けられているのか。

答えは2か月後、ちょうど梅雨入りの時期に入居した直後にわかりました。沖縄の湿度は、乾きにくいなどという生やさしいレベルではなかったのです。

入居後、船便の荷物待ちでまだ洗濯機がない時に、風呂上がりに体を拭いたバスタオルをベランダの物干しで干してみましたが、乾かしているのか、わざと湿らせているのかわからない状況でした。

室内で窓際に紙を置いていると、湿度ですぐにふやけてしまい、比較的固くて分厚いはずの預金通帳もあっさりと湿度に敗北を喫し、くるりと丸まってしまいました。

極め付きは、充電式の除湿機です。押し入れやクローゼットの中にも、ひっそりと滑り込ませることのできる超小型サイズで、説明書には1週間に1度、充電すれば、十分だとのことでした。

もちろん、除湿機の充電は1日で切れてしまい、毎日、充電が必要となりました。その充電も普通の部屋でやっても一向に除湿機能が回復しません。おかしいな。粗悪品かな。そう思いつつ、試しに大型の除湿機でカラカラにした部屋で充電したところ、除湿機能がゆっくりと復活を遂げました。

洗面所に続いて風呂場をのぞいてまた、びっくり。沖縄の賃貸には、シャワーだけで浴槽が付いていない物件もよくあるので、浴槽はどうしても欲しいと、希望条件の上位に上げていました。

浴槽自体は、都内の下町の築30年のマンションのものよりも、はるかに大きくて立派で、そういう意味では大満足だったのですが、風呂場に当然、付いているはずのものがありませんでした。

追い焚き機能です。

不動産屋の案内担当者に聞いても、要領を得ない答えしか返ってきませんでしたが、入居後にガスの開栓時にガス会社の担当者が教えてくれました。

沖縄では元々、浴槽が付いていない物件が多く、最近では、内地からの移住者に向けて浴槽付きの物件が増えてきたものの、追い焚きという発想はなかったらしく、追い焚き付きの物件が登場したのが2年ほど前から。まだ、一般には普及していないとのことでした。

風呂のお湯が覚めたときには、熱湯を足して、ちょうどいい温度に調整しなくてはいけないので、追い焚き機能に慣れている身には少々、面倒です。

湿度の高さは、内地の人間が、沖縄で生活していくうえでの最大の障壁の一つですが、その分、住宅に工夫が施されています。

内覧した物件を含め、不動産情報のうちなーないふで検索をかけた5万から8万円の物件ではほとんどが、リビングと隣接する洋間の仕切りが、3、4枚のスライド式になっていました。

昔のふすまの日本家屋のようにドアを全開にすると、リビングと洋間が完全に一体化して、風通しを良くしているのです。

内覧した物件ではさらに洋間とリビングの窓が向かい合いになっていて、風が一直線に抜けていきます。玄関にもトイレにも風呂場にも全て窓があり、それぞれの窓にはもちろん網戸も付いているので、自然の涼を感じられる作りになっていました。

ベランダは幅140センチで、東京の下町の築30年のマンションの倍以上もあり、自立式のハンモックを置いてもまだ、ゆとりのあるスペースでした。

広いベランダに目を輝かせていると、視界が外壁に妙な金属を捉えました。蛇口です。

なぜ、ベランダに蛇口が?

疑問を口にすると、案内担当者が、沖縄あるあるですねと説明してくれました。

沖縄は、台風が多く、海風であらゆるものが塩まみれになるので、コンクリートや手すりに付着した塩を洗い流すためにベランダに蛇口を設置しているのだと。

部屋に戻ると、もう一つ、沖縄あるあるが待っていました。WiFiのLANケーブルの差し込み口です。沖縄で5万円以上の物件はほとんど、WiFi無料をうたっていて、大家さんがWiFiを設置してくれています。契約者はWiFiルーターを購入するだけで、入居したその日から、WiFiを無料で利用することができます。

それまでは、ポケットWiFiを使っており、家賃とは別に月々、WiFiの利用料金を払っていましたが、沖縄移住後は、家賃を払うだけでWiFiが自動的に付いてくるので、経済的です。

賃料を抑えるには、駐車場も重要なポイントです。沖縄では、生活には車が欠かせないと思われており、そうした発想が賃貸の文化にも反映されています。物件によっては、駐車場1台目は無料で、2台目以降はいくらという料金設定をしているところが目立ちます。

私たちは、バスと自転車で移動するので、関係ない話だと思っていたのですが、契約書を交わす段になって、意外なことが判明しました。

契約物件は、駐車場完備で、マンションを借りると、敷地内の駐車場も問答無用で借りなくてはいけない決まりになっているというのです。

せっかく、築4年で信じられないくらいのお値打ち物件が見つかったと喜んでいたのですが、駐車場料金5000円が加算されてしまいました。ポケットWiFiの月額料金が3700円だったので、それと相殺だと思って、泣く泣く条件をのみました。沖縄で物件を探す際には、駐車場の扱いもよく調べておく必要があります。

最後に沖縄あるあるをもう一つ。移住後にマンション探しの経験を話すと、沖縄で生まれ育った人たちは目を丸くします。思い切った決断をしましたね、というわけです。

今時、移住者なんていくらでもいるだろうにと不思議に思いましたが、かみ合わない会話をしばらく続けた結果、移住ではなく、マンションという言葉に反応していたことが分かりました。マンションを購入したと勘違いしていたのです。

地元の人に聞いて回ると、沖縄では元々、一軒家が多く、マンションが普及したのが、この30年余りと比較的最近で、昔は、ライオンズマンションくらいしかなかったため、マンションと言えば、分譲というイメージが広がっていったようです。逆に集合住宅で賃貸に出されているのは、アパートと公営住宅くらいのものだったので、マンション=分譲、アパート=賃貸という区分が定着していったそうです。

8階建てだろうが、10階建てだろうが、エレベーターやオートロックが付いていようが、賃貸であれば、アパート。それより階数が低く、エレベーターやオートロックが付いていなくて、部外者が上の階の踊り場まで侵入し放題であっても、分譲であれば、マンションに分類される、内地の人間からすればなんとも不思議な感覚です。

そう言えば、住宅情報の人気サイト「うちなーないふ」で賃貸情報を検索している時に、「アパート」にチェックを入れると、それまではどこにも載っていなかった掘り出し物の賃貸マンションが多数、表示されることがありました。その時は、何かの手違いではないかと思って、やり過ごしていましたが、よくよく考えると、地元の不動産業者は、あくまで沖縄のルールに則って、マンションとアパートの分類をしていただけだったのです。

そもそも、私たちの物件探しは、マンション探しではなく、アパート探しだったということになります。皆さんも、沖縄の住宅情報サイトで賃貸物件を探すときには、マンションとアパートの双方にチェックをつけて検索をかけてみてください。







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