インストラクショナル・デザインから医療ISDへ
2007年に日本で出版された「インストラクショナル・デザインの原理」はいまでも大事にしています。どのように大事にしているかと言えば、
インストラクショナル・デザイン(以下、ID)の用語の意味を確認する。
IDの用語の誕生や使われ方を理解する。
IDの考え方を確認する。
一方、本書が執筆された時点からの認知科学の進歩は著しく、IDの原理を使うことと、「できる」医療者を育てる実践との解離がますまず明確になりかつ拡大していることを実感しています。
IDはもともとIDの専門家(IDer、Instructional Designer)と現場の人財育成実践者(IDを知らないという前提)が協力し、現場のニーズに合った人財を育てることを目的にしています。具体的な手順で言えば、
現場の人財育成で困っている実践者がIDerにする。
IDerは現場の人財育成実践者にインタビューを繰り返し、ニーズ、リソース(時間、予算、教員など)、ゴールを明確にし、ゴールを達成する教授法をデザインする。
人財育成実践者が実行し結果を出す。
IDerと人財育成者は結果を分析・振り返り、デザインされた教授法を改善する。
このようにIDの成果は、現場の人財育成実践者が設定する教育・訓練のゴールに限定されることになります。多くの場合、現場の人財育成実践者の責任範囲は「できる」医療者の実践のごく一部分に限られているため、従来のIDの活用は「できる」医療者を育てるという全体ゴールのごく一部にしか当てはめられてきませんでした。現場の人財育成実践者が担当するごく一部分の最適化にしかIDは応用されてきませんでした。
このようなIDの利用の仕方は、一言で言えば、もったいない。もっと大きなゴールを達成するためにIDの使い方を拡張することはできるはず。そのためには本書が書かれた時代のIDをブラッシュアップする必要があります。
この本は原書が執筆された時点の認知心理学などの諸学問を基盤にしているため、それ以降の認知科学の知見は取り入れられていません。
「できる」医療者が育つ教授システムをデザインし実践するためには、本書に代表される従来の教授システム学を使えるだけでなく、新しい認知科学の知見を取り入れた医療ISD学(成書はありません)と「できる」医療者に育つ/育てる医療ISDとして開発されたGOLDメソッド(Goal-Oriented Learning Desing & Goal-Oriented Learner Development Methods)の二刀流の達人(two-way player、大谷翔平選手のようなプレイヤー)を目指す必要があります。
ちなみに本書の原著者であるガニェは学習成果の5分類および9教授事象で有名ですが、これらの概念は古典的な認知科学の知見(1970年代まで)に基づいています(といって使えないわけではなく、とても有用ですが、それだけでは「できる」医療者の教授システムをデザインすることは出来ません)。例えば、学習成果の分類は本書では以下のように解説してあります。
引用(14頁)
1.知的技能:学習者が記号を介して行う弁別・概念・ルール・問題解決
引用
知識を記号を介した情報を解釈する考え方は1970年代あたりまでの認知的な思考研究の枠組みであり、それ以降は知識(知的技能を始めとする学習成果)は文脈に固有であるという考え方に取って代わられました(鈴木宏明、2001)。
話題はそれますが、学校教育では記号化された形式的な知識が教員から学習者に伝達され、学習者は教科書の知識を覚え試験で再現できれば卒業証書や国家資格をゲットすることが出来ます。換言すると、学校教育では教員は記号化された知識(臨床から脱文脈化された)を与え、学習者はそれを暗記することで卒業し、実臨床に放り出されているだけで、本当に必要な、しかし誰も教えてくれない、「できる」医療者の暗黙知は自分で獲得するしかない状況に置かれているということになりますが、そういう状況であることにさえ教員も学習者も自覚がない、というの現状になります。
話がこれ以上それないうちに結論を。
日本医療教授システム学会(JSISH)はIDを基盤に医療ISDの実践者コミュニティの育成と医療ISDの構築を以下の方法で達成します。
GOLDメソッドを活用した実践を通して知見を集め、まとめ、医療ISDとして組み立てていく。
組み立てた医療ISDを用いた実践と改善のサイクルを回し続ける。
医療IDer(従来通り)を育成しさらにGOLDメソッド実践者を育成する(新規に)。
医療ISDおよびGOLDメソッドの基盤となる認知科学の共通基盤を共有する(新規に)。
JSISHの会員が自身のチーム・部署・組織や地域で医療ISDを実践し、医療に関わる人たちすべてがより良い自分・本来の自分を発見・発揮し、自分と周囲・地域のゴール達成に貢献する。
というあたりで筆を置きたいと思います。