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大人は機会をつくるだけ。こどもの力を、本気で信じてみよう。民間でもできる「こどもファンド」のススメ

「こどもの力、信じていますか?」

こう問われても、なんだか「信じる」って実態がなく、ふわふわした印象を抱いてしまうのは私だけでしょうか。どうしても子どもは「教えてあげる」「してあげる」「守られるべき」存在と捉えられがちです。

でも実はこの「こどもの力を信じる」ということ、法律で定められたこどもの権利にも直結する、大人にとって欠かせない姿勢です。

今日は、私が「こどもの力を信じる」ということの本質を実感した取り組み「ちがさき・さむかわ こどもファンド」を紹介します。

「こども基本法」によって大人に求められること


2022年6月22日、国会で「こども基本法」が成立したのをご存知でしょうか。

こども施策の基本理念として、「適切に養育されること、生活を保障されること、愛され保護されること」などとともに定められたのは、「意見を表明する」機会や「社会的な活動に参画する」機会が確保されるということ。

衆議院「こども基本法案」より

こども基本法が施行される2023年4月からは、このような機会を確保することや、こどもの意見を形式的に聞くだけでなく重んじること、さらに、国や自治体ががこどもに関する施策を行ったり評価したりする場合は、こどもや保護者などの意見を反映させることが求められます。

こどもが被害者となるような事件も多い中、これまで私たち大人は、「こどもが意見を表明する機会」や「社会的活動に参画する機会」をつくるということに対して、あまりに無頓着だったように思います。せっかく成立した「こども基本法」を形骸化させないためにも、こどもの意見表明や社会参画の機会をつくることに、意識的でありたいところです。

こどもがまちづくりに参加する「こどもファンド」


そんな社会の動きがある中、私の住む神奈川県茅ヶ崎市と隣の寒川町のこどもたちを対象にした「ちがさき・さむかわ こどもファンド」という活動が始まりました。発起人であり NPOサポートちがさきの代表である益永律子さんが私のところに相談に来てくださったのは、情報解禁の3ヶ月ほど前。

私が運営する「Cの辺り」にて。左奥が益永律子さん。

益永さんによると「ちがさき・さむかわ こどもファンド」は、こどもの主体的な活動を支える民間のファンドで、社会的意義のあるプロジェクトを3人以上のチーム(小学3年生〜18歳が3人以上必要)で企画しプレゼンテーションを行い、こども審査員によって採択されると活動資金(最大5万円)が提供される仕組みだとか。安全管理などのため各チームには大人サポーターが2名以上ずつ伴走しますが、企画の主体も審査の採択決議もこどもが行うといいます。

この「こどもファンド」、実はすでに国内外に先行事例があります。

ドイツ・ミュンヘン市では、ミュンヘン市議会の本会議場で子どもたちが様々なまちづくりの提案を行い、出席した子どもたちの過半数が良い提案としたものは、市が責任をもって実現するとのこと。このミュンヘンの取り組みを参考に、国内では2012年から高知市で、2017年からは宮城県名取市でも「こどもファンド」の取り組みが始まり、継続的に子どもの社会参画の機会を作り続けています。

高知市や名取市では行政主導で「こどもファンド」の取り組みが行われている。
これらを監修しているのが卯月盛夫先生(早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授)。
「ちがさき・さむかわこどもファンド」にもチーフアドバイザーとして参画いただいています。

もともとこども主体の活動に関心を抱き、取材も重ねていた私。「こんなに素晴らしい取り組みが自分のまち・茅ヶ崎市で始まるなんて!」と、最初は素直に興奮を覚えました。でも同時に、「大丈夫かな?」と一抹の不安も感じてしまったのが正直なところ。

こどもがチームを組んで社会的意義のあるプロジェクトを企画するだけでもかなりハードルが高いことなのに、予算組みやプレゼンテーションなんて、できるのだろうか?審査員のこどもたちも、ちゃんとした軸を持った審議なんて、できるのだろうか…?

そんな想いを携えながらも、長年積み立てたNPOのお金をここに投じたいという益永さんのただならぬ熱意と、高知市や名取市での確かな実績に背中を押され、「大人アドバイザー」というこどもたちの伴走役を引き受けることに。

「こどもの力を、本気で信じてみよう」。

私はこの時、そう決断しました。

「夢に向かって活動するこどもたちのために、長い間お金を貯めてきました」
手作りのチラシには発起人・増永律子さんの熱い思いが記されていました。

寂しい出足から一転、予想を上回る応募数に!


募集期間約2ヶ月。広報が行き渡らなかったためか、応募の出足は良いとは言えない状況でした。しかし、3度にわたる説明会やつながりのある方々への声がけを経てメディアにも取り上げられるようになり、徐々に茅ヶ崎市内・寒川町内に認知が広がっていきました。

締切直前に応募や問い合わせが殺到し、最終的に集まったのはなんと9つものプロジェクト。こども審査員も、小学生から高校生まで12名が立候補しました。

実は当初事務局が応募を見込んでいたのは5プロジェクトほど。予算も公開審査会の会場もそれを見越して準備を進めていました。想定外の事態に、事務局の皆さんは嬉しい悲鳴(?)をあげながら、審査会当日まで準備に奔走することに。

審査会の2週間前には、こども審査員の顔合わせミーティングがありました。この日のゴールは、審査基準を決定すること。しかし集まったこどものたちは、初対面の緊張からか言葉は少なめで、みんなでプロジェクトの企画書を読み上げても、なかなか質問が思い浮かばない様子でした。

小学3年生から高校3年生までのこどもたちが審査員に。審査基準も自分たちで決めます。

でも話し合いを進めるうちに徐々に雰囲気にも慣れてきたこども審査員のみなさん。「審査基準」を決める際には自ら手をあげ、自分の考えを発言。挙がった候補の中から議論を重ねた末「2022ちがさき・さむかわ こどもファンド」の審査基準は以下の4つに決定しました。なかなか鋭い視点だと思いませんか?

・少し先の未来に目を向けた時に、その活動がどのようにみんなのためになっているか
・茅ヶ崎、寒川らしいか
・予算に見合った提案内容か
・こどもファンドでないと実現が難しい活動か

2022ちがさき・さむかわこどもファンド こども審査員が決めた審査基準

この日の最後には、大人アドバイザーから、こども審査員にエールが送られました。

「いい質問がいいプロジェクトを育てる。あなたたちがプロジェクトを良くするんだからね。審査員全員が、1つのプロジェクトに最低1つの質問を考えてきてね!」

こども・大人ともに、審査するということの責任を大いに自覚し、気合が入った瞬間でした。

「よくしよう」という想いを胸に。笑いと涙の公開審査会

こうして迎えた2022年7月16日(土)、「2022ちがさき・さむかわ こどもファンド」公開審査会当日。満員御礼の会場は開始前から熱気に溢れていました。

9つのプロジェクトメンバー、大人サポーターで会場は満席に。
残念ながら一般客や保護者のの観覧は受け入れ不可能でした。

今回応募のあった9つのプロジェクトのうち、7つは小学生メンバー主体のもの。応募資格最年少となる3年生やそれ以下のこどもたちが参加する(チームに3年生以上が3人いれば、それ以下の子も参加できる仕組み)プロジェクトも複数あり、年齢層の低さに驚かされます。続々と会場に集まってきたこどもたちの姿を見ると、「あんな小さな子がプレゼンテーションのマイクを握るなんて…本当に大丈夫?」なんて、 大人はついつい心配してしまいます。でも、いざ審査会がスタートすると、その不安は見事に覆されました。

最初のプロジェクト「ガードレールのすきまがあぶない!!」は、ガードレールが途切れる場所でこどもたちが車道に飛び出さないよう注意喚起をするため、ポスターを貼ろうという企画でした。

「ガードレールのすきまがあぶない!!」について発表する「なくそう交通じこチーム」

イラストと言葉でイメージを伝える模造紙の前に立ったプレゼンターは、なんと7歳。しっかりとマイクを握り、なぜこのプロジェクトが必要なのか、低学年、高学年、それぞれの立場に立ってわかりやすく堂々と解説。制限時間3分を見事に使い切り、プレゼンテーションを終えました。

その後のこども審査員の鋭い質問にも、臆することなく答えていきます。「ポスターはいつまで貼るんですか?」という質問には、少し間を置いて「みんなの意識が変わるまで」ときっぱり。これには、会場からもどよめきと拍手が贈られました。プロジェクトの実施計画よりも大事なのは、人々の意識を変えること。活動の本質をこどもはちゃんと見抜いています。

その後続いたプレゼンテーションでも、思わず唸ってしまう場面が多数。社会課題をデータやアンケートをもとに深掘りしたり、自分たちで電話調査してみたり、下調べもバッチリ。こどもから大人までいろいろな人の立場に立った課題の解決策や、多くの人を巻き込む戦略までも考えられていたり、企画力もなかなかのものです。3分という厳しい時間制限をしっかりと守る姿勢からも、何度も練習を積み重ねた様子が垣間見られ、会場からはプレゼンが終わるごとに大きな拍手が送られていました。

茅ヶ崎といえば海のまち。海の環境美化に関するプロジェクトが多かったのが印象的でした。

何より嬉しかったのは、こどもたちが本当にイキイキと楽しみながら発表していたこと!演劇風の演出からニュース番組のような動画プレゼン、楽器演奏など、プレゼンテーションもそれぞれにアイデア満載で、大人アドバイザーの私も、最後まで心から楽しませてもらいました。

ニュース番組風の動画を作成し、言葉と映像でプロジェクトを伝える「チーム6-1」

私が最も感動したのは、こども審査員との質疑応答です。なんといってもこの活動のキモは、こどもが審査するということ。ここでも、やはりこどもの力を見せつけられました。的確な質問をビシバシぶつけてくる審査員たちに対して、答えが明確なときははっきりと、考えてきれていなかったときも「私はこうしたい」と意志を伝えてくれたり。ビジョンややりたいという意志が確かなものであることを感じられました。

一方でこども審査員からの質問は、審査に落とすためではなく「応援しよう」という気持ちが伝わってくるものが多かったのが印象的でした。高校生審査員は少し年上の立場から、こどもファンドで出会ったプロジェクト同士がその後も協働していけるようなアドバイスを送るような場面も。

プレゼンをする子も審査をする子も、決して敵対するのではなく、お互いに「よくしよう」という気持ちを共有できていることを感じ取ることができました。

アイデアはまだ可愛らしいかな、予算組みも甘いかな、というところももちろんありました。「この予算もっと削れるけど…」と大人はついつい見てしまいますね。

こどもファンドの応募時には予算の内訳も明記することが求められます。

それでも、「自分ごとの社会課題を楽しみながら解決!」という視点に関しては、大人も脱帽。こどもならではの視点が多様性溢れる市民活動を盛り上げ、まちの未来を彩っていく。そんな未来さえも、透けて見えた気がしました。

金を受け取った責任、不採択を下す責任。


審査会の結果、以下8つのプロジェクトに活動資金が贈られました。

・ガードレールの隙間が危ない!
・海の輝きを取り戻せ!6−1ベンチDIYプロジェクト
・海のゴミで役立つ物を作るワークショップ
・寒川茅ヶ崎垢抜け計画〜未来へつなぐ〜
・みなさんに音楽を出前!
・サザンビーチを美しく
・山や自然を大切にしようプロジェクト
・〜FNP〜(ふるさと納税プロジェクト)


どのプロジェクトも、早速7月下旬から活動を開始する見込み。これから2023年3月の活動発表会まで、みんなの行動を大人アドバイザーが一丸となって応援したいと思います。

一方、もちろん採択されなかったプロジェクトもありました。今回は審査員が12人と偶数であったため、7人以上が「◯」をつけたプロジェクトが採択となるルールでしたが、1つだけ6票のプロジェクトがありました。

こども審査員の票がその場で可視化され、採択の審議・発表が行われました。
左に立つのがチーフアドバイザーの卯月盛夫先生。

チーフアドバイザーの卯月盛夫先生の導きで、もう一度審査のテーブルに戻し、賛同したこども審査員や大人アドバイザーに意見を求めるなど、議論が重ねられました。「×」を選んだこども審査員も、その理由を臆することなくキッパリと発言。最終的な審査でも、やはり6票と変わらない結果となりました。

「ではこのプロジェクトは不採択ということでいいですか?異論はありませんか?」

卯月先生の厳しい問いかけに会場の空気が張り詰める中、こども審査員たちはゆっくりと頷き、ここでようやく覆ることのない決議が下されました。私はこの時、不採択となったこどもたちの表情を見ることはできませんでしたが、きっと悔しさに溢れていたことでしょう。

審議は会場全体を巻き込みながら行われました。
「プロジェクトを良いものにしたい」という共通の想いを胸に。

全プロジェクトを「採択」とすることもできました。会場には、「みんなが笑顔で終われるならその方がいいのに」と感じた大人もいたかもしれません。それでもこの日、こども審査員たちは「不採択」を選びました。それは、とても大きな責任を伴う決断です。こども審査員の真剣でまっすぐな表情を見ていた私は、「彼らは不採択という重みと責任を引き受けたんだ」と感じました。私の中で、こどもが審査するということの意味が腑に落ちた瞬間です。

ひょっとしたらいつか「採択にすればよかった」と振り返ることがあるかもしれない。でもそれも含めて、彼らにとっては貴重な人生経験になることは間違い無いでしょう。

プロジェクトを遂行するこどもたちには「貴重な活動資金を受け取る責任」を。審査するこどもたちには「不採択という審査を下した責任」を。

「こどもファンド」は、こどもの社会参画の機会を保障し、応援する活動であると同時に、こどもに社会の一員としての責任を引き受けてもらうという側面も持ち合わせているのだと思います。そして大人ができることは、「こどもにはその責任を引き受ける力がある」と徹底的に信じ抜くことだけ。もちろんこどもたちは失敗することもありま思いますが、それをリカバーする力も含めて大人が信じ抜いてあげることで、この活動は最大限の価値を生み出すのではないかと感じました。

プロジェクトにチャレンジした子も、審査員の子も、みんなで記念写真。
晴れやかな表情が印象的でした。

さて、「2022ちがさき・さむかわ こどもファンド」は、ここからが本番です。実際にこどもたちがまちへと繰り出し、活動を開始します。まだ何もお手伝いできていない気がする「大人アドバイザー」の私。みんなが迷った時、困った時、手助けできるようにいつでもスタンバっておきたいと思います。2023年3月11日(土)の活動発表会ではどんな姿を見せてくれるのでしょうか。またその様子もここでレポートしたいと思います。

そして不採択となったプロジェクトについても、できれば私たち大人アドバイザーが引き続きサポートしていきたいと思っています。お金がなくても活動できる方法を模索したり、支援してくれそうな大人とつなげたり、他のプロジェクトの子どもたちと連携を取ったり。できることはたくさんありそうです。そうすることで、不採択だからといって諦めることはないよ、方法は一つじゃないよ、ということを伝えていきたいと思います。きっとこの経験も、「こどもファンド」に挑戦したこどもたちの糧になると信じて。

あなたのまちでも「こどもファンド」を


今回、初開催となった「ちがさき・さむかわ こどもファンド」の取り組みに伴走させていただき、私が感じたのは「大人がチャンスさえ用意すれば、こどもは立派な一人の市民として社会活動に取り組める」ということ。

大人はついつい、「こどもが○○なんてできるのかな…」なんて目で見てしまいがちですよね。私もそうでした。でも今回の経験を通して、目を見開かせていただいた気持ちです。

大人ができるのは、こどもを信じて機会を与えること。
自らの手で社会をつくり、未来を切り拓いていく背中を見せること。

「こどもファンド」の取り組みを通して、こどもの力を信じるということの本質を感じ取ることができました。

「こどもファンド」、実はあなたのまちでも、誰にでも、立ち上げられます。実際、今回の「ちがさき・さむかわ こどもファンド」は、益永律子さんがNPOの活動で積み立ててきた25万円を原資に、共感した市民がボランティアとして参加し、仕組みは高知市や名取市の先行事例に倣うかたちで開催されました。寄付金を募る準備が間に合わなかったとのことですが、来年以降は市民や企業・団体からの寄付も募りながら継続していくとのこと。さらに茅ヶ崎のまちらしいオリジナルの仕組みも取り入れていく予定だそうです。

「こども基本法」は成立しましたが、政府はまだこども政策のための予算の財源を明らかにしていません。そんな中でも「こどもファンド」が全国に広がれば、本当の意味でこどもが市民の一人として尊重される社会を形づくるきっかけになっていくことでしょう。期待を込めて、私はこれからも「ちがさき・さむかわ こどもファンド」に伴走し続けたいと思います。

よろしければみなさんも、ご一緒しませんか?
こどもの力を、心から信じて。

(公開審査会写真提供:渡部健さん)


貴重な時間を割いて読んでくださったこと、感謝申し上げます。みなさんの「スキ」や「サポート」、心からうれしく受け取っています。