辛い学生生活で死ぬ手前まで来てしまった自分

このnoteを開いてくださってありがとうございます。不定期ですが今後、不登校者や、辛い学生生活を過ごしてる皆様へ少しでも、何か力になれないかと、記事を投稿していきます。

先にこのようなnoteを書くことになった経緯を話します

まず自分は何を隠そう、現在大学1年生(留年済み 泣)の19歳、男子です。自分は中学時代、母から言われていた県立の進学校に入学するためにそれなりに勉強をしてきました。(確か通知表は135点中126ぐらい?)

でなんだかんだその第一希望校に下から数人目で合格します。そこから辛い高校時代が始まります…

僕は、親族に全日制普通科の高校を出た人があまりいなかったので、まず公立進学校というものを理解できていませんでした。勿論、大学には進学するものの、高校は遊ぶ場所だという認識でいました…

どちらかというと、ハイスクールミュージカル的な、自由で活発なのをイメージしていました。現実は、入学後初のクラス自己紹介で理解しました。

自己紹介では、一人ずつ名前などを言ってくが、皆真面目で右と同じようなことしか言わない。そうかと思えば、特技として円周率を80桁言えると自慢して自己紹介する人も。その4人後の人は、対抗してか、円周率100桁言えるとか自慢していました。(彼らは後にクイズ研究部なる、わけわからない同好会で活躍)ここから徐々に学校の実態がわかるようになってきました

大抵、クラスの半数はクラス始まって半年後、誰にも言わないが秘密裏に塾に…会話は…、…


長くなりそうなので割愛します。つまり、自分は高校では遊べるもんだとの認識でいた(実際、輝かしい高校のために、中学時代は友達と遊ぶのを一切我慢していた)が、現実は高校も別に遊ぶところではなく…

…やはりこの話は一切無しにします。

最初の肩透かしから始まり、紆余曲折を経て、学校に行くのがしんどくなり、友達もいない、勉強も気力が出ない、両親から成績で怒られ、学校も馴染めず、日々泣いて学校まで向かい、後に親に黙って学校を無断欠席し、…

という3年間を送ります。

その過去の個人的に辛い記憶が、大学入学後の1年強も続き、

多少落ち着いてきた今に至ります。

自分のことを話すのは申し訳ないのと、あまり得意ではないことなのでこの辺で打ち切ります。

【このnoteの展開について】

自分はズボラなので、更新頻度は遅くなるかもしれません。ご了承ください。取り敢えず今回から100本の記事を上げる予定です。(50本で収まる可能性も)

「苦しみ」には何らかの原因が「自分」にあると思っているので、それを解決できるように気づいた情報をここにまとめるつもりです。

今、自分は現状、死なずにここまで生きてこれて(勿論、コロナ等で大学の友達も未だいませんが)、内省することも多く、色々発見した気づきがあるのでそれを不特定多数の皆さまに惜しみなく提供するだけです。

自らが傷付いている時、他者の意見を取り入れるのはなかなか骨の折れる作業です。

これから自分が上げる考えに、否定の念があった場合、そうしてくれて構いません。辛い時には、このようなサイトを踏み台にするのでも十分です。自由にコメント欄をお使いください。

愚痴でも書いて落ち着いてくれる人が一人でもいたなら、それだけでこのnoteを作った意味はあります。勿論、否定意見は個人的に自分の考えに取り入れるので、そもそも有難いことですが…。

おおよそ半年ほどで全ての記事を作り終えます。(勿論、半年以上かかったり、更新が途切れていたら、このコメント自体消して証拠隠滅しますw)

その後、適に内容を精査、整理してなるべく体系立てて、「苦しみ」の実質的な解決方法を提示し直します。自分自身、かなり精神的に落ち着いてこれたのである程度、アウトラインは完成しています。(だからnoteでまとめようと思ったわけですが)

次の記事はそのアウトラインのまとめです。

細かいことは3回目以降で示せたらなと思います。

取り敢えず、ここまで読んでくれてどうもありがとうございます。



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