恋人を造る魔法使い 16.それは貴族的なやり方のお断り
女性向けR18BL小説です。章によってR18シーンがない時がありますが、読んでいくと出てきてしまうので、初めからR18にしています。
目が覚めたとき、ハロルドはすぐに目を開けなかった。
薄ぼんやりと覚醒し始めたと同時に、昨夜のことを思い出し始めていたからだ。
昨夜、すごいことをしてしまった。というか、されてしまった。
男性器をしごかれて、後孔を愛撫されて、射精してしまった。
声は殺していたものの、少し出てしまったし、息の乱れや体の反応は隠しようがなかった。真っ暗だったから、体や表情は見られなかったが、今はもう明るいはずだ。
瞼の裏が赤い。
多分、今目を開けると、室内は明るく、しかもジャスティンは先に起きて、こちらをじっと見つめているような気がする。
恥ずかしくて、ジャスティンの顔が見られない。それに顔を見られたくない。
ハロルドは目を閉じたままもぞもぞと下に動いて、布団の中に潜り込んだ。
とりあえず顔を隠して、気持ちを落ち着かせよう。
ジャスティンが声を出さずに笑った気配がした。
ハロルドに触れているジャスティンの体が小刻みに揺れた。
「何してるの?」
「・・・隠れてる」
ジャスティンが今度は声を出して笑った。
「ははは。ハロルド。恥ずかしいの?」
ハロルドは布団の中で頷いた。
「恥ずかしがってる顔が見たいな」
ジャスティンの声が笑いを含んでいる。
とんでもない。地味顔の30男の恥ずかしがっている顔など見せられるわけがない。
昨夜のことは何もかもが衝撃だったが、やはり後孔を舐められたショックは大きい。
あんなことをされてしまって、そのあとどうやってジャスティンの顔が見られると言うのだ。
ご飯だって絶対一緒に食べられない。
だって。舌が。話したり食べたりするたびに、もし、ジャスティンの舌が見えてしまったら、ハロルドはその場で悶絶してしまうだろう。
心から恥ずかしいし、心からいたたまれないのに、この甘い空気はなんなんだろう。
ジャスティンが、優しい声で、顔を見せてとねだってくる。
自分は布団にもぐったままいやいやと首を振る。
ジャスティンが笑っている気配と、布団の上から優しく撫でられる感触に、ハロルドはとろけそうな気持ちになった。
幸せで幸せでたまらない。
これは恋人同士の事後のいちゃいちゃタイムというものだろう。
ああ、生まれてきてよかった。
こんな幸せなことがあるなんて、もういつ死んでもいい。
ジャスティンが布団ごとハロルドを抱きしめた。
「ハロルド。今夜は最後までしてもいい?」
甘くて熱い声でジャスティンに囁かれて、ハロルドはびくっと震えた。
最後までって最後まで?
ジャスティンの男性器をハロルドの後孔に入れて、お互い性感帯を刺激し合って射精する。ということ?
そんなことまでしてもらっていいのだろうか。ただの期間限定の恋人役なのに。それは求めすぎなんじゃないだろうか。それとも、ジャスティンにとっては大した事のない行為なのかもしれない。
遊びでする人もいるというし、ジャスティンがハロルドとできるのなら、してもらってもいいのだろうか。
「ごめん。俺とするのはイヤ?」
ジャスティンの声が硬く、体が離れていくのがわかった。
「ごめん。ハロルドはもう知っていると思うけど、俺は貴族じゃないんだ」
急な話題転換。
「両親ともに魔法医だったから、裕福ではあったんだけど、ただの平民で・・・貴族の人たちって平民とは、そういうことしたくないって聞いたことある」
低い感情のこもらない声に、ハロルドは氷水を浴びせられたような気持ちがした。
「したくないなら、大丈夫だよ」
確かにこの国の貴族は平民とは性交渉はほとんどしない。他国では平民の使用人に手を出して愛人にしてしまう貴族が多いという話を聞くが、この国の貴族は貴族同士でしか結婚しないし、浮気も不倫もすることはするが、それも貴族同士だ。
だが、ハロルドにはそんなこと関係ない。
ハロルドはれっきとした公爵家の長男だが、社交界にも出ていないし、夜会に出たことも一度もない。もともと自分が貴族であるという意識はほとんどなく、魔法使いとして一人で暮らし始めてからは、貴族だと名乗ることもないほどだ。
あ、でも、これは、あれだ。
貴族としての意識はないが、貴族としての教育を受けて育ったハロルドには、ジャスティンの言葉の意味がわかったような気がした。
これは表面的には誘っていながら、相手から断らせる貴族的な断り方だ。
母や弟が使いこなしているのを何度か見たことがある。
自分はいいけれども、貴方はそれでは嫌でしょう。
私はしたいけれども、貴方はしたくないわね。
これは直接的に断らない、相手を思いやった婉曲的な断り方だと教わっていた。
裕福な平民のマナーは貴族とほとんど同じだと聞くから、きっとジャスティンはこの断り方のマナーを身に着けているのだろう。
平民だから。と言って貴族的な方法で断るなとは、とても高度なスキルだ。
ああ。やっぱり。
昨夜快楽に翻弄されながらも、今甘い空気に蕩けながらも、気がついてはいたのだ。
昨日も今までも、ジャスティンがハロルドに性的に興奮している様子が全くないことを。
昨日だってハロルドが一方的に愛撫され射精しただけだ。ジャスティンは服を乱してもいない。
ハロルドは指南書を読み込んで知っていた。例え後孔の準備が足りず最後までできなくても、お互いの男性器を擦り合わせたり、お互いに手で刺激し合ったり、太ももの間に挟んで快楽を得たりする方法があることを。
ジャスティンはどれもせず、ただハロルドに奉仕してくれただけだった。
やっぱり僕では性的な興奮は得られないか。
ハロルドは死んでもいいくらいの幸福感から目が覚めて、無意識に魔法を発動していた。
即死の魔法。
事故死の魔法を開発していたときに、副産物としてできたものだ。
呪文を詠唱しなくても、心の中で唱えるだけで完成する。
いきなり布団を剥ぎ取られて、頬を叩かれた。
ふっと消えていく魔法の気配に、ようやく自分が魔法を発動していたことに気がついた。
呆然として、ハロルドがジャスティンを見上げる。
ジャスティンは焦ったような怒ったような切羽詰まった顔をしていた。
「あんたの頭がオカシイこと忘れてた」
何か引っかかることを言われたが、すぐに抱き締められて、すべてが霧散してしまった。
「ハロルドが貴族だとか平民だとか気にするような人じゃないことを失念してた」
「今夜絶対にあんたを抱く。準備しとけ」
乱暴に言われて、ハロルドはほとんどなにも理解できなかったが、勢いに押されて頷くことしかできなかった。