森〇学園公文書改ざん事件と『今昔物語集』 井川夕慈 2024年6月25日 14:51 平安末期の成立と云われる『今昔物語集』を読んでいたら、面白い話に出くわした。巻第二十九「日向守□□殺書生語第二十六」だ。 今昔、日向ノ守□□ノ□□ト云ケル者有ケリ。 国ニ有テ任果ニケレバ、……『今昔物語集』 今昔物語集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫 97 ビギナーズ・クラシックス) amzn.asia 792円 (2024年06月25日 14:54時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する 現代語訳しよう(井川訳)。 今は昔、日向の国(宮崎県)に□□の□□という長官が赴任していた。 任期が終了したので、新任長官との交代を待つ間、書記たちに命じて引継ぎ文書を整理・作成させていた。その中から事務処理能力に秀でた達筆な書記を一人選んで、別室に軟禁し、不正がバレそうな文書を辻褄が合うように改ざんさせていた。 書記は思った。〈このように公文書を偽造させたからには、新任長官に対して自分が真実を暴露するかもしれない、と長官は疑っているはずだ。長官はもともと冷酷な性格だから、きっと自分は……〉 そして、〈何とかして逃げよう〉 と決意した。 ところが長官は屈強そうな男を四、五人張りつけて昼も夜も監視させたので、書記に逃亡の機会は無かった。 こうして文書の改ざんが二十日ほど続いて、引継ぎ文書は完成した。「大量の文書を一人で作成してくれて有難う。私が帰京しても、私との縁をどうか忘れないでくれたまえ」 長官は云い、特別手当として相当な量の絹織物を書記に与えた。 しかし書記は褒美をもらう気にはなれず、恐怖で心が騒いでいた。 絹織物を受け取り部屋を出ようとしたとき、長官は腹心の郎等(部下)を呼んで、長時間の密談をした。これを見た書記は胸が破れそうになった。 密談を終えた郎等は部屋を出るとき、「そこの書記殿、こちらへ。内密にお話ししたいことがある」 と声をかけてきた。 書記が心ならずも傍に寄って話を聞こうとしたそのとたん、二人の男に取り押さえられた。郎等は武装し、弓に矢をつがえて立っていた。「いったい、どうなさるおつもりか」「あなたには大変気の毒だが、長官の命令とあれば拒否はできないのでね」 郎等は言葉を濁した。「なるほど、そうでしょう。では、わたしをどこで殺すおつもりか」 書記が訊くと、「人目につかない適当な場所を選んで、こっそりやるつもりだ」 郎等は答えた。「上役の命令によってなされる以上、そのことについてわたしが申すべきことはございません。しかし、わたしとあなたとは長年のつきあいでございました。わたしの申すことをお聞きくださいませんか」「どういうことか」 郎等が訊くので、書記は、「わたしは八十歳になる母を家に置いて長年養ってまいりました。また十歳ほどの幼い子も一人おります。彼らの顔をもう一度だけ見たいと思うのですが、家の前を通ってくださいませんか。そうしてもらえれば、彼らを呼び出して顔を見ようと思います」 郎等は、「お安い御用だ。それくらいのことなら何でもない」 と云い、家の方へ連れて行く。 書記を馬に乗せ、馬の口を二人の男が取り、まるで病人でも運ぶように、さりげない様子で連れて行った。郎等はその後から、道具を背負って馬に乗って行った。 さて、家の前にさしかかったとき、書記は一行の者に中に入ってもらい、かくかくしかじかと母親に事情を伝えた。 すると母親は、人に寄りすがって門の前まで出てきた。見れば、髪は灯の芯を載せたように白く、ひどくよぼよぼした老婆であった。十歳ほどの子は、妻が抱いて出てきた。 書記は馬を止めて、老母を傍に呼んで云った。「自分は少しも間違ったことはしていませんけれども、前世からの宿命により、命を捧げることになりました。あんまり嘆かないでください。この子は他所にもらわれたとしても、それなりにやっていけるでしょう。ただ、母さんがどうなるかと思うと、殺されるつらさよりも、もっとつらくて悲しい。さあ、もう家に入ってください。もう一度顔を見ておきたいと思ってやって来たのです」 書記の言葉を聞いた郎等は泣いた。馬を引く者たちも泣いた。息子の話を聞いた母親は、動転して気を失ってしまった。 しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。郎等は、「長話はおしまいだ」 と急かして、書記を引き立てて行った。 そして栗林の中に連れ込んで射殺し、首を斬り取って帰って行った。 この事件を思うに、長官はどんな罪にあたるだろうか。公文書を改ざんさせるだけでも重罪である。ましてやこの場合、文書を作った書記には何の罪もないのに殺害するなど、その罪深さが思いやられる。これは重い盗犯と変わらない大罪だ、と事件を聞いた人々は長官を憎んだ――と語り伝えているとか。 森〇学園公文書改ざん事件を想起させるので、紹介したくなった。 権力者のやることは今も昔も変わらない、ということか。おススメの記事 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! いつもありがとうございます。賜りましたサポートは、活動継続のために大切に使わせていただきます。 チップで応援する #政治 #自民党 #古典 #安倍晋三 #日本文学