子ども・子育て支援金制度はこうして始まった。#総括 政府の説明・私たちの選択(2)
2 私たちの選択
2-1 ありえた選択肢
支援金制度に関する政府の説明は酷いものだった。
しかし、「説明」の良し悪しと、「選択」の良し悪しは別である。
法案の成立により、私たちはどのような選択をしたことになるのだろうか。
それを理解するには、ありえた選択肢を検討しなくてはならない。
政府の少子化対策の基本理念の第一は「若い世代の所得を増やす」だった。
そのために政府が選んだ手段は「賃上げ」だった。
「賃上げ」は、少子化対策にもなるだろうが、第一義的には「新しい資本主義」を実現するために政府が取り組んでいたことだった。
「賃上げ」に反対する野党はなかった(政府にそれが可能であるとして)。
したがって、支援金に関係なく、「賃上げ」を頑張ることは、あらゆる選択肢に共通していたことと言えよう。
支援金に関係なく政府が取組んでいたことは、もう一つあった。「全世代型社会保障」の構築である。
これは、支援金の文脈では、医療・介護の歳出改革と言い換えることができる。
医療・介護の歳出改革が意味することは、簡略化すれば、「高齢者の負担増」と「税・社会保険料負担の軽減」と言えよう。
医療・介護の歳出改革に反対する野党もなかった(改革の個別の内容は別として)。
したがって、支援金に関係なく、「高齢者負担増」と「税・社会保険料負担軽減」も、あらゆる選択肢に共通していたことと言えよう。
よって、最もシンプルな選択肢は次である。
これは、政府の「加速化プラン」のような子育て支援強化は行わないことを意味する。
いわば、現状維持の選択肢である。
ところが、子育て支援強化を行うことに反対する野党はなかった(改革の個別の内容は別として)。
子育て支援強化には財源が必要になる。
とすれば、与党と野党の提示した選択肢の違いは、財源のみである。
財源についての政府の提案は、支援金であった。
支援金は、「社会保険料の引上げ」と言い換えられる。
これを選択肢②としよう。
財源について一部の参考人が提案していたのは、「消費税率の引上げ」であった。これを選択肢③とする。
なお野党議員の中にもこれをほのめかす発言があったが、党として最終的には選択しなかった。
最終的に代案を提示した野党は二つだけだった。
立憲民主党は、日本銀行の保有するETF分配金収入の活用を提案した。
日本維新の会は、国有資産の売却等を提案した。
以上の選択肢を並べると次のようになる。
このうち、どれが現実的に選択可能だったろうか。
①は子育て支援強化を何もしない、という選択肢である。
「税・社会保険料負担軽減」があるから、若い世代の所得向上は見込めただろう。
しかし、出生率の低下に継続する状況にあって、対策を何も行わない、という選択をすることは勇気の要ることだろう。たとえ、それが正しい選択であったとしても(少子化対策イコール子育て支援にあらず、と指摘する学者もいる。例えば以下)。
「やってる感」を国民にアピールするためにも、この選択肢は、現実的には採り得ない選択肢だったような気がする。
事実、これを主張する野党はなかった。
③の消費税率引上げを主張する野党もなかった。
2022年から顕著な物価上昇が始まった。現在の政治課題の一つに物価高対策を挙げている手前、ここで消費税率引上げを提案することは、どの政党にも無理だったろう。
④⑤の野党案は財源の安定性に難があった。
すると、残る選択肢は②になる。
②は支援金制度を創設するという政府案である。
政府の説明は酷かったが、それでも国民の間に強い反対運動が起きなかったのは、このためではないかと思われる。つまり、消去法的に、こうするしかなかった、という〝諦め〟である。
(しかし、②を採るにしても、〝異次元〟を謳うのなら、もう少し工夫できなかったか、という気はする。例えば、介護保険料と同じように支援金の徴収は40歳以上からにして、若い世代を〝異次元〟に優遇する等。国家的危機と言うのなら、そのくらいの不公平を容認することを国民に訴えてもよかったのではないか。)
2-2 徴収方法に由来する制約
国会の選択は②だった。
すなわち新しい社会保険料を集めて、子育て支援強化をすることだった。
しかし、その社会保険料は、医療保険制度を通じて徴収することにした。
このため、給付面で制約が生じることとなった(この点は、あまり気づかれていないのではないかと思われる)。
それは、支援金を充てる少子化対策事業は、医療保険の目的の範囲内でしか行えない、という制約である。
具体的には、出産と連続性が認められること(支援金制度等準備室長は〝地続き〟と表現した)にしか支援金を使わない、という設計をした。
例えば……
政府は、少子化の原因は未婚化・晩婚化にあると認識していた。
しかし、支援金は、未婚化・晩婚化対策には使えない。
結婚前、妊娠前のことには使えない。出産と〝地続き〟ではないからだ。
例えば、婚活支援には使えない(効果があるかは別として)。
支援金は、若い世代の中でも結婚・妊娠のハードルを越えた世帯にしか使えない。
支援金の徴収に医療保険制度を使う選択をしたことは、少子化対策として行い得る事業の範囲を狭めた。
2-3 私たちの不自由な選択
ありえた選択肢の中から、私たちは一つの選択をした。
それは、次のような内容である。
・政府に賃上げを頑張ってもらおう
・それで若い世代の所得が増えることを期待しよう
・医療・介護の改革を継続して高齢者の負担を増やそう(具体的な内容はこれから決めよう)
・それによって浮いた社会保険料は、もう一度政府に戻そう(支援金)
・そしてそのカネで政府に子育て支援強化をさせよう
・カネの使い道は、出産と連続性のある事柄に限定されるが、それで構わない
・以上のセットで、2030年代に入る前に出生率が向上することを期待しよう
この選択は、半ば「こうするしかない」いった類いの〝不自由〟な選択だった。
支援金制度の導入は岸田内閣の〝異次元〟の離れ業だったと述べたが、それを為し得た理由は、この〝不自由さ〟にあるかもしれない。
3 今後の展望
支援金の未来は、2028年度までしか決まっていない。
2029年度以降の支援金はどうなるだろうか。
それを決めるにあたっては、加速化プランの成果が問われるだろう。
政府の目標は、出生率の向上である。
2029年度の予算は、2029年3月までに決める必要がある。
2028年の出生率の統計は、間に合わないだろう。
となると、2024・2025・2026・2027年の出生率が問題になる。
2023年の出生率は1.20であった。
4年の間に出生率は向上するだろうか。
これについては、私は研究していないので何も言わない。
もし出生率が向上すれば、支援金制度は、効果があったとして継続されるだろう。
出生率に変化がない場合も、下振れを支えたとして継続されるだろう。
問題は、出生率が悪化した場合である。
第一に、そのとき国民が支援金の存在を忘れていなければ、支援金は継続するに値する制度なのか、という議論が起こるだろう。
第二に、有効な少子化対策とは何か、が再び問われるだろう。
第三に、支援金は医療・介護の歳出改革とセットであった。
さらに歳出改革を行う余地が残されているか、が問われるだろう。高齢者は(実質的には生じないはずの)負担増にどこまで耐えられるだろうか。
第四に、政府は2030年代初頭のこども・子育て予算の倍増を目指しているだろう。
私は、消費税率の引上げが議論されると予想している。
消費税は1989年に始まった。
税率が引上げられたのは、1997年・2014年・2019年である。
インターバルは、8年・17年・5年である。
支援金の再設計が必要になる2028年は、2019年から9年が経過している。
そろそろ税率の引上げが議論されてもおかしくない。
政策の財源は、その時々の社会経済状況を踏まえ適切に選択される、と政府は答弁している。
支援金制度の創設によって、消費税を少子化対策の財源にすることが否定されたわけではないのだ。
と「こども未来戦略」に書いてある。
さらに、「こども未来戦略」を決定した持ち回り開催の最後の会議では、次のような意見が寄せられている。
消費税は盤石の安定財源である。
支援金だけでは足りないのでやっぱり消費税も、となる可能性は大いにある。
2024年9月、立憲民主党の代表が交代した。
2012年三党合意の当事者の再登板なだけに、党を超えて協力して税率引上げを果たすという未来は、想像し難いことではない。