支援金はなぜ社会保険料になったか。
理念が社会保険と同じだから、という政府の説明は弱い(以下を参照)。
この疑問を解くには、支援金は「いつ」社会保険料になったか、を明らかにすることから始めなければならない。
2024年2月6日@衆議院・予算委員会
支援金は「いつ」社会保険料になったか。
2024年2月6日である。
衆議院・予算委員会で、内閣総理大臣の岸田が発言した。
政府の提案する支援金は、この瞬間に、社会保険料となった。
2023年6月13日@こども未来戦略方針
支援金が社会保険料となる以前に、支援金を社会保険のルートで徴収することを決める段階があった。
社会保険のルートで徴収することは、いつ決まったか。
2023年6月13日である。
「こども未来戦略方針」が閣議決定された。
「こども未来戦略方針」には次のように書かれていた。
③には次の脚注が付いていた。
「検討する」とあるが、「社会保険の賦課・徴収ルートを活用すること」は、この時点で決まっていたと考えてよいだろう。
なお、「こども未来戦略方針」には、支援金(仮称)が社会保険料であるか否かについては何も書かれていない。
ただし、支援金(仮称)が税でないことは明らかにされたと言える。
「消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない」と書かれているからだ。
「増税は行わない」のだから、「新税の創設」も行うはずがない。
この時点で、支援金(仮称)は「社会保険料」であるか、税でも社会保険料でもない「第三の存在」であるか、のどちらかに絞られた。
(ちなみに、税でも社会保険料でもない「第三の存在」の事例は現存する。以下を参照)
2023年12月22日@こども未来戦略
「年末に結論を出す」とある。
どのような結論が出たか。
結論は2023年12月22日に出た。
「こども未来戦略」が閣議決定された。
「こども未来戦略」には次のように書かれていた。
そして末尾の(別紙)に、医療保険のルートを活用した具体的な徴収方法が書かれている。
なお③の「実質的な社会保険負担軽減の効果」には次の脚注が付いていた。
私はこの注があることによって、2023年12月22日の「こども未来戦略」閣議決定の時点で、支援金が社会保険料になることは、ほぼ決まっていたと推察している。
その理由については後ほど明らかにしよう。
しかしながら、支援金が社会保険料であるか否かについて、「こども未来戦略」には何も書かれていない。
2023年11月9日@支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会
なお、「こども未来戦略方針」(2023年6月13日)と「こども未来戦略」(2023年12月22日)の間には、こども未来戦略会議が3回開かれている。
しかし、支援金が社会保険料であるか否かについては、発言がなかった。
この間の様子について参考になるのは、「支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会」である。
呼ばれたのは医療保険者などである。
この会は、支援金の徴収に医療保険ルートを活用することを、当事者である医療保険者たちに呑ませる場だったと言えよう。
社会保険ルートを使うことは「こども未来戦略方針」の時点で決まっていたが、具体的にどの社会保険制度を使うかは決まっていなかった。医療保険のルートを使うことを正式に決める前に、医療保険者たちに発言する機会を与えた、ということだろう。
懇話会は全2回開かれた。
1回目は2023年11月9日だった。
医療保険を活用した支援金制度の具体的設計案が大臣側から提示され、自由討議がなされた。
論点の一つ目は「支援金制度の位置づけについて」だった。
大臣側の資料には次のように書かれていた。
「新しい分かち合い・連帯の仕組み」が、「新しい社会保険料」を意味するのか、「税でも社会保険料でもない第三の存在」を意味するのかは、定かではない。
支援金の位置づけに関して、構成員から発言があった。
以下は健康保険組合連合会副会長・佐野雅宏の発言である。
これは、支援金を「第三の存在」と捉える発言である。
次は、早稲田大学理事・法学学術院教授・菊池馨実の発言である。
これは、支援金を社会保険料寄りに捉える発言であるが、社会保険料だと断言しているわけではない。
次は、日本経済団体連合会専務理事・井上隆の発言である。
これは、支援金を「第三の存在」と捉える発言であろう。
次は、国民健康保険中央会理事長・原勝則の発言である。
これは、支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明確にすることを求める発言であろう。
次は、内閣府特命担当大臣(こども政策、少子化対策、若者活躍、男女共同参画)・加藤鮎子による締め括りの発言である。
支援金は社会保険料なのか否かについて、1回目の懇話会は、宙ぶらりんのまま終わった。
2023年12月11日@支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会
懇話会の2回目は、2023年12月11日に開かれた。
前回からひと月が経過している。
この間に、2つの〝変化〟があった、と私は見ている。
〝変化〟の第一は、支援金を社会保険料と捉えたい、という願望が政府側にうかがわれる点である。
まずは、前回に引き続き、次のような発言が出た。
発言者は、日本商工会議所理事・企画調査部長・五十嵐克也である。
支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明らかにしてくれ、という前回にも出た発言である。
次は、日本労働組合総連合会副事務局長・村上陽子の発言である。
これも、支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明らかにしてくれ、という発言である。まさか社会保険料ではありませんよね、というニュアンスが滲んでいる。
前回と異なるのは、支援金を社会保険料と位置づけることに合理性があるとするような発言が出たことである。
東洋大学福祉社会デザイン学部教授・伊奈川秀和が発言している。
なお、伊奈川秀和は、元・厚生労働省の官僚である。
伊奈川の発言に呼応するように、こども家庭庁長官官房総務課支援金制度等準備室長の熊木正人がコメントを添えている。
「そこ」とは、「支援金制度は、少子化対策に受益を有する全世代・全経済主体が、子育て世帯を支える、新しい分かち合い・連帯の仕組みである」を指すだろう。
現時点では、支援金を社会保険料とするか否は決まっていない、と述べている。
断定はできないが、社会保険料と整理できれば有難い、といったニュアンスを感じ取れないだろうか。
さらに、伊奈川が後押しする。
伊奈川と熊木と、元厚生労働省の先輩・後輩の間で、何か示し合わせがあったのではなかろうか、と推察される(証拠はない)。
〝変化〟の第二は、指摘されなければ気づかないような小さな文言の「追加」であった。
日本経済団体連合会専務理事・井上隆が指摘している。
文言に「賃上げ」が追加された、と言っている。
半年前の「こども未来戦略方針」には次のように書かれていた。
ところが、今回の政府側の素案には、次のように書かれていた。
同じ点を、日本労働組合総連合会副事務局長・村上陽子も指摘している。
つい5日前の国会では、政府は次のように答弁していた。
2023年12月6日、衆議院・厚生労働委員会における、内閣府大臣政務官・神田潤一の答弁である。
これまで、社会保険負担軽減の効果は「歳出改革等」から得ることになっていた。
ところが、そこに「賃上げ」が追加された。
これは、何を意味するのか。
支援金制度等準備室長の熊木が説明している。
これは、社会保険負担軽減の効果を得るにあたって「賃上げ」は関係ない旨を述べている。
しかし、一方で次のようにも言う。
社会保険負担軽減の効果を得るにあたって「賃上げ」は必要なのか、不要なのか。
前後で発言が矛盾しているように聞こえるが、私なりに意訳すれば、こうなる。
《社会保険負担軽減の効果を得るにあたって、「賃上げ」は当てにしないで、歳出改革を頑張る。そういう意気込みで歳出改革に取組む。でも、結果的に十分な効果が得られなかった場合に、もし「賃上げ」があれば、「賃上げ」の助けも借りる。》
私は、この時点(2023年12月11日)で、〝賃上げを当てにしなければならない事情〟がすでに生じたことを、熊木は認識していたと思う。
そして、そのことは、支援金を社会保険料にする方向へ向かわせたと思う。
2023年12月22日@厚生労働大臣記者会見
11日後の「こども未来戦略」の文言は、次のように確定した。一部省略して再掲する。
「賃上げ」がしっかりと書き込まれた。
そして、〝賃上げを当てにしなければならない事情〟とは、以下のことであった。
「こども未来戦略」に書き込まれた注を再掲する。
つまり、0.33兆円の社会保険負担軽減効果を得るために、「追加的な社会保険負担額」の一部(後述するが具体的には0.34兆円)を控除したのである。控除するために、「雇用者報酬の増加率が上昇することを通じて生じる社会保険負担軽減効果」すなわち「賃上げ」の効果を使ったのである。
なお、この注は、「こども未来戦略」案(2023年12月11日)の時点では存在しなかった。
賃上げの効果を利用したことについて、厚生労働大臣・武見敬三が記者の質問に答えている。
2023年12月22日の大臣会見である。「こども未来戦略」を閣議決定する当日のことだった。
推察
私は、この〝事件〟が、支援金を社会保険料にした、と推察する。
それは、次のような思考過程ではなかったろうか。
《2023年度と2024年度の社会保険料負担の増減は、普通に計算するとプラス100億円の負担〝増〟になってしまう。
これは、まずい。
負担増に貢献する項目の一部を、消去しなければならない。
どうすれば消去できるだろうか。
そうだ、賃上げがある。
賃上げの効果で、負担増を消去すればいい。
そのためには、負担を率で見る必要がある。
社会保険料の負担は、額ではなく、率で見ることにしよう。
それは、どのような率だろうか。
分子は社会保険料である。
分母は国民所得である。
この数値は、国民経済計算において、社会保障負担率と呼ばれている。
「実質的な負担が生じない」ことは、社会保障負担率で見ることにしよう。
歳出改革による社会保険料負担の軽減額は、分子に反映される。
支援金は、その軽減額を埋めるように集めるのだから、負担が生じないことを示すには、同じく分子に含めなければならない。
社会保障負担率の分子は社会保険料である。
だから、支援金は社会保険料ということにしなければならない。
支援金は社会保険料なのだ。》
ここに、支援金を「税でも社会保険料でもない第三の存在」とする選択肢は消え、支援金は「社会保険料」になった。
支援金は、その性格から社会保険料に分類されたのではない。
「賃上げ」の効果を利用しながら「実質的な負担が生じない」と言うために、社会保険料に仕立てられたのだ(だから政府の説明には無理があるし、理解されないのも当然だ)。
「支援金は社会保険料」「実質的な負担が生じない」「そのメルクマールは社会保障負担率」という政府のロジックは、年末の〝事件〟を契機に、セットで完成した。
このことは、「支援金は社会保険料」という政府の説明と、「社会保障負担率」という耳慣れない用語に対する政府の言及が、ほぼ同時期に出現したことにも示されている。
「支援金は社会保険料」と岸田が断言したのは、2024年2月6日である。
その翌日に、政府は次のような答弁をしている。
2月7日、衆議院・予算委員会における立憲民主党・奥野総一郎の質疑である。
奥野が問題にしたのは「国民負担率」なのに、政府の側から「社会保障負担率」を持ち出している。繰り返すが、「社会保障負担率」の分子は「社会保険料」のみである。
支援金は、「実質的な負担が生じない」という政府の説明のために、社会保険料になった。それは、2023年12月から2024年1月にかけてのことだった。
(追記)
ところで、支援金を社会保険料と言い切ることに関して、政治家の側に抵抗感はなかったのだろうか。
私は、意外に抵抗感はなかっただろう、と推察する。
それは、岸田や加藤が、支援金はもともと医療保険料ないしは介護保険料だったものだ、と〝正しく〟認識していたと思われるからだ。
それは、例えば次の答弁にうかがえる。
医療・介護の改革をすると、社会保険料収入が減る。
医療・介護の財源は、公費と社会保険料の両方だからだ(自己負担分は除くとして)。
消費税などの公費は、医療・介護の支出と連動しないから歳入減にはつながらないが、社会保険料は医療・介護と連動しているから収入源につながる。
これまで、全世代型社会保障を構築する目的で、医療・介護の改革を進めてきた。
改革をして支出が減れば、その分、社会保険料を〝とりっぱぐれる〟ことになる。
政府は、そこに「実質的な負担が生じない」(かのような)財源を見出した。
支援金は、社会保険料のとりっぱぐれを回収するものである。
もともと社会保険料だったものを取り返すのだから、その取り返したものを社会保険料と呼んで何が悪い。
そのことを大臣たちは〝正しく〟認識していたから、支援金を社会保険料と言うことに、それほど抵抗感がなかったのではないか。
ちなみに、岸田は、支援金と医療保険料は、実質的には同じものだと内心では思っていた節がある。
政府の公式な説明は、支援金と医療保険料は別の社会保険料、である。
ところが、岸田には、支援金と医療保険料を混同するような答弁が見られるのだ。
例えば……
このことは、給与明細上、支援金の額と医療保険料の額を区分表記することについて、消極的な姿勢であることからもうかがえる。
例えば……
岸田は、法案が通りさえすれば、支援金が社会保険料であろうとなかろうと、どちらでもよかったのだろう。
法案が成立した同年10月1日、岸田は内閣総理大臣を辞職した。
(追記2)
支援金制度を推していた学者たちも、支援金がよもや社会保険料になろうとは想像していなかったのではないか。それは、次のような参考人発言にもうかがわれる。
「支援金は社会保険料」という政府の説明を、くだんの学者たちはどのように聞いていたのか。次のような動画を見つけた。