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子ども・子育て支援金制度はこうして始まった。#補論1 支援金はなぜ社会保険料になったか

 支援金はなぜ社会保険料になったか。
 理念が社会保険と同じだから、という政府の説明は弱い(以下を参照)。

 この疑問を解くには、支援金は「いつ」社会保険料になったか、を明らかにすることから始めなければならない。

2024年2月6日@衆議院・予算委員会

 支援金は「いつ」社会保険料になったか。
 2024年2月6日である。
 衆議院・予算委員会で、内閣総理大臣の岸田が発言した。

「支援金は保険料として整理されるものであると考えています」

 政府の提案する支援金は、この瞬間に、社会保険料となった。

2023年6月13日@こども未来戦略方針

 支援金が社会保険料となる以前に、支援金を社会保険のルートで徴収することを決める段階があった。
 社会保険のルートで徴収することは、いつ決まったか。
 2023年6月13日である。
「こども未来戦略方針」が閣議決定された。
「こども未来戦略方針」には次のように書かれていた。

(財源の基本骨格)
① 財源については、国民的な理解が重要である。このため、2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。
 歳出改革等は、これまでと同様、全世代型社会保障を構築するとの観点から、歳出改革の取組を徹底するほか、既定予算の最大限の活用などを行う。なお、消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。
② 経済活性化、経済成長への取組を先行させる。経済基盤及び財源基盤を確固たるものとするよう、ポストコロナの活力ある経済社会に向け、新しい資本主義の下で取り組んでいる、構造的賃上げと官民連携による投資活性化に向けた取組を先行させる。
③ ①の歳出改革等による財源確保、②の経済社会の基盤強化を行う中で、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。

 ③には次の脚注が付いていた。

支援金制度(仮称)については、以下の点を含め、検討する。
・ 現行制度において育児休業給付や児童手当等は社会保険料や子ども・子育て拠出金を財源の一部としていることを踏まえ、公費と併せ、「加速化プラン」における関連する給付の政策強化を可能とする水準とすること。
・ 労使を含めた国民各層及び公費で負担することとし、その賦課・徴収方法については、賦課上限の在り方や賦課対象、低所得者に対する配慮措置を含め、負担能力に応じた公平な負担とすることを検討し、全世代型で子育て世帯を支える観点から、賦課対象者の広さを考慮しつつ社会保険の賦課・徴収ルートを活用すること。

「検討する」とあるが、「社会保険の賦課・徴収ルートを活用すること」は、この時点で決まっていたと考えてよいだろう。
 なお、「こども未来戦略方針」には、支援金(仮称)が社会保険料であるか否かについては何も書かれていない。
 ただし、支援金(仮称)が税でないことは明らかにされたと言える。
「消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない」と書かれているからだ。
「増税は行わない」のだから、「新税の創設」も行うはずがない。
 この時点で、支援金(仮称)は「社会保険料」であるか、税でも社会保険料でもない「第三の存在」であるか、のどちらかに絞られた。
(ちなみに、税でも社会保険料でもない「第三の存在」の事例は現存する。以下を参照)

2023年12月22日@こども未来戦略

「年末に結論を出す」とある。
 どのような結論が出たか。
 結論は2023年12月22日に出た。
「こども未来戦略」が閣議決定された。
「こども未来戦略」には次のように書かれていた。

(財源の基本骨格)
① 財源については、国民的な理解が重要である。既定予算の最大限の活用等を行うほか、2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それによって得られる公費節減の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用する。歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することにより、実質的な負担が生じないこととする。
 「加速化プラン」の実施が完了する2028年度までに、②の既定予算の最大限の活用等、③の歳出改革による公費節減及び支援金制度の構築により、3.6兆円程度の安定財源を確保する。
 なお、消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。
② 既定予算の最大限の活用等については、子ども・子育て拠出金など既定の保険料等財源や、社会保障と税の一体改革における社会保障充実枠の執行残等の活用などにより、2028年度までに、全体として1.5兆円程度の確保を図る。
③ 歳出改革については、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」における医療・介護制度等の改革を実現することを中心に取り組み、これまでの実績も踏まえ、2028年度までに、公費節減効果について1.1兆円程度の確保を図る。
 歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で、2026年度から段階的に2028年度にかけて支援金制度を構築することとし、2028年度に1.0兆円程度の確保を図る。

 そして末尾の(別紙)に、医療保険のルートを活用した具体的な徴収方法が書かれている。
 なお③の「実質的な社会保険負担軽減の効果」には次の脚注が付いていた。

34 2023・2024年度分は0.33兆円程度(2023年度分0.15兆円及び2024年度分0.17兆円)の見込み(歳出改革による社会保険負担軽減額から医療・介護の制度改正による追加的な社会保険負担額を差し引いて計算したもの。その際、物価上昇を上回る賃上げの実現に向け、政府が総力を挙げて異例の取組を行う中、こうした取組により雇用者報酬の増加率が上昇することを通じて生じる社会保険負担軽減効果も踏まえ、医療・介護の現場従事者の賃上げ(一人当たり雇用者報酬の増加率と見込まれるものの範囲内)に確実に充当される加算措置及び能力に応じた全世代の支え合いの観点から実施する制度改革等による影響額を、上記の追加的な社会保険負担額から控除して計算)。

 私はこの注があることによって、2023年12月22日の「こども未来戦略」閣議決定の時点で、支援金が社会保険料になることは、ほぼ決まっていたと推察している。
 その理由については後ほど明らかにしよう。
 しかしながら、支援金が社会保険料であるか否かについて、「こども未来戦略」には何も書かれていない。

2023年11月9日@支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会

 なお、「こども未来戦略方針」(2023年6月13日)と「こども未来戦略」(2023年12月22日)の間には、こども未来戦略会議が3回開かれている。
 しかし、支援金が社会保険料であるか否かについては、発言がなかった。 
 この間の様子について参考になるのは、「支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会」である。
 呼ばれたのは医療保険者などである。
 この会は、支援金の徴収に医療保険ルートを活用することを、当事者である医療保険者たちに呑ませる場だったと言えよう。
 社会保険ルートを使うことは「こども未来戦略方針」の時点で決まっていたが、具体的にどの社会保険制度を使うかは決まっていなかった。医療保険のルートを使うことを正式に決める前に、医療保険者たちに発言する機会を与えた、ということだろう。

 懇話会は全2回開かれた。
 1回目は2023年11月9日だった。
 医療保険を活用した支援金制度の具体的設計案が大臣側から提示され、自由討議がなされた。
 論点の一つ目は「支援金制度の位置づけについて」だった。
 大臣側の資料には次のように書かれていた。

支援金制度は、少子化対策に受益を有する全世代・全経済主体が、子育て世帯を支える、新しい分かち合い・連帯の仕組みである。

「新しい分かち合い・連帯の仕組み」が、「新しい社会保険料」を意味するのか、「税でも社会保険料でもない第三の存在」を意味するのかは、定かではない。
 支援金の位置づけに関して、構成員から発言があった。

 以下は健康保険組合連合会副会長・佐野雅宏の発言である。

佐野 こども未来戦略方針に示されたところの「社会保険の賦課・徴収ルートを活用」の検討に当たっては、新たな支援金は、税でもなく、医療保険・年金などの保険原理に基づく一般的な社会保険とも異なる性質のものと思われますので、まずは国のほうでしっかりと合理的な説明を行っていただいて、国民に納得いただく必要があると考えております。

 これは、支援金を「第三の存在」と捉える発言である。

 次は、早稲田大学理事・法学学術院教授・菊池馨実の発言である。

菊池 支援金制度の法的性格を考えた場合、児童手当の対象は、法文上、父母に限定されているわけではありません。その意味では、潜在的な受益可能性は広く開かれています。ただし、現実的には、最高裁判所が憲法84条の租税法律主義の直接適用を受ける租税と性格を異にするメルクマールの一つとして挙げている拠出と給付の牽連性、対価性は、新たな支援金制度の下では、高齢者などにおいてはそれほど明確とは言えないかもしれません。
 しかし、そもそも現行の社会保険制度においても、保険者間の財政調整や、保険者による他制度への拠出に保険料が充てられている例があり、拠出と給付が常に直接結びついているわけではありません。
 さきに述べたように、支援金制度の本来的性格が社会保険制度と同様、分かち合い・連帯の仕組みであるとするならば、その法的性格は租税とは一線を画するものであり、これを税と異なる名目で徴収することも当然に許容されると考えられます。
 ただし、強制加入・強制徴収という点で、公権力の行使という側面を当然に持つことから、憲法84条の租税法律主義の直接適用はないとしても、少なくともその趣旨は及ぶものと考えます。その点を踏まえた制度設計や配慮が必要であり、後にまた言及させていただきたいと思います。
 いずれにせよ、支援金制度を単なる財源調達のための技術的な手段と捉えるのではなく、その本質を捉えて、今の日本に必要な、新しい分かち合い・連帯の仕組みであり、社会保険制度のよって立つ基盤をさらに強固にすることにもつながるものと捉える視点が重要であり、政府においてはそうした趣旨を広く適切に伝えていただくことが、国民から納得をえて拠出していただくためにも必要であると考えます。

 これは、支援金を社会保険料寄りに捉える発言であるが、社会保険料だと断言しているわけではない。

 次は、日本経済団体連合会専務理事・井上隆の発言である。

井上 支援金率の上限を法定することは当然であると思います。しかし、支援金は保険制度ではなく、これは御指摘がありましたけれども、租税法律主義と同様に、必要な予算額以上の率を定めることは厳に慎むべきだと思います。税率の変更は、都度、法律改正の場で議論すべきであると思いますし、仮に余剰が生じた場合には精算の仕組みを設けて率を下げるべきだと考えます。

 これは、支援金を「第三の存在」と捉える発言であろう。

 次は、国民健康保険中央会理事長・原勝則の発言である。

 先ほども総論のところでも申し上げましたけれども、この支援金制度はなかなか難しい、いろいろな課題がある制度だと思いますので、もしこういう方向で行くのであれば、検討の過程も含めて、この制度の趣旨とか法的性格、あるいは負担額の根拠とか、いろいろなことについては国が責任を持って国民に分かりやすく説明をする、情報提供していただくということをぜひ求めたいと思います。

 これは、支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明確にすることを求める発言であろう。

 次は、内閣府特命担当大臣(こども政策、少子化対策、若者活躍、男女共同参画)・加藤鮎子による締め括りの発言である。

加藤 今回の懇話会では、全てのこども・子育て世帯を対象とする支援を抜本的に拡充するため、この新しい分かち合いの仕組みである支援金制度を国民の皆様にどのようにお伝えしていくかという点などについて、皆様から様々な御意見を頂戴いたしました。今回頂戴した御意見を踏まえ、引き続き具体的な制度設計に取り組んでまいります。

 支援金は社会保険料なのか否かについて、1回目の懇話会は、宙ぶらりんのまま終わった。

2023年12月11日@支援金制度等の具体的設計に関する大臣懇話会

 懇話会の2回目は、2023年12月11日に開かれた。
 前回からひと月が経過している。
 この間に、2つの〝変化〟があった、と私は見ている。
〝変化〟の第一は、支援金を社会保険料と捉えたい、という願望が政府側にうかがわれる点である。

 まずは、前回に引き続き、次のような発言が出た。
 発言者は、日本商工会議所理事・企画調査部長・五十嵐克也である。

五十嵐 関連しまして、支援金の位置づけについてお尋ねしたいと思います。我々商工会議所としても、今回の対策全般について事業者等に理解促進を働きかけていく所存ではあります。努力いたしますが、重要なポイントとなりますのは、支援金とは何かということです。国民負担というときに、その負担というのは税と社会保険料のことを指すと思いますけれども、今回の支援金は社会保険料という位置づけとは説明されていません。徴収方法として健康保険ルートを使うということには合理性があると理解しておりますけれども、事業者等にどのように説明すればいいのかなというところを、質問として投げかけたいと思います。

 支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明らかにしてくれ、という前回にも出た発言である。

 次は、日本労働組合総連合会副事務局長・村上陽子の発言である。

村上 本日、出していただいております資料2のほうで申し上げますけれども、7ページ目の1つ目の○で、「支援納付金の医療保険者からの徴収に係る事務については、介護納付金の事務を参考とし」とあります。介護は社会保険ですが、今回の支援金制度は、社会保険でもないにもかかわらず、医療保険制度を通じて徴収する財源をこども・子育て支援施策に使うことになります。これは本来の社会保険制度の趣旨に沿ったものではないと考えます。
 改めて支援金制度の法的性質は何なのか、拠出する立場の方たちの意見を反映する仕組みをどのように確保するのか、給付と負担の関係、今後の様々な政策の財源確保において前例となるおそれはないのかなど、前回申し上げた点について御説明をいただきたいと考えます。

 これも、支援金の性格(税なのか、社会保険料なのか、第三の存在なのか)を明らかにしてくれ、という発言である。まさか社会保険料ではありませんよね、というニュアンスが滲んでいる。

 前回と異なるのは、支援金を社会保険料と位置づけることに合理性があるとするような発言が出たことである。
 東洋大学福祉社会デザイン学部教授・伊奈川秀和が発言している。

伊奈川 私からは、今日は所得再分配という視点から発言をしたいと思います。社会保険、それと密接不可分な支援金を核とする今回の制度ですけれども、やはり給付と併せて考えるということが重要だろうと思っています。一般的に社会保険の保険料というのは逆進的というようなことが言われることがありますけれども、厚生労働省の所得再分配調査を見ましても、ジニ係数の改善といった点でもやはり税もさることながら、社会保険の枠組みが持っている効果というのは大きいわけであります。特にその際には負担と給付の牽連性といったようなことが言われますように、保険料の裏側にはやはり給付という受益がある。そういったことがここにも反映しているのだろうと思うわけであります。
 そういう点では、今回の支援金もやはり社会保険の大きな枠組みの中にはあるのかなというように私は考えております。特に今回の場合、負担面に着目しますと、裾野が広いわけでありますし、逆に給付ということから言いますと、こどもに重点的に投入されるわけですので、恐らくは所得再分配といった面でも効果があるのではないかと思っていますし、今日の資料を拝見してもスウェーデン並みになるといったようなことも書かれているわけであります。
 また、そういう点から言いますと、やはり保険料の算定上、こどもも負担者側に入ってくる場合が特に国保なんかの場合はあるわけですけれども、そういった均等割のような応益的な部分については今回の資料を拝見しますとかなり思い切った軽減制度を導入するということでありますので、いいことではないかと思っております。
 また、給付面でも先ほど言った牽連性ということから言いますと、受益が直接か間接かというのはありますけれども、やはり実感できるような納得感のあるという点が重要であるわけでありまして、今回の充当先を見ますと、いろいろな共働き世帯といったところも含めてかなり普遍性の高い給付というところがあるのかなと思っておりますが、同時にやはり現在、こども・子育てをめぐってはいろいろな環境に置かれたこどもとか家庭がありますので、そういったところにも光を当てるという点から言えば誰でも通園制度、このようなところ。つまり、普遍性ということがある一方、やはり谷間とか隙間というところにも注意していかなければいけないのではないかと考えておりまして、そういう点では今回のフレームというのは評価ができるのではないかと私は思っております。

 なお、伊奈川秀和は、元・厚生労働省の官僚である。

 伊奈川の発言に呼応するように、こども家庭庁長官官房総務課支援金制度等準備室長の熊木正人がコメントを添えている。

熊木 支援金の性格ですが、何人かの方々から多様な御意見なり御質問があったかと思います
が、まず、これは前提といたしましては、今回、資料に記載させていただきまして、基本的な考え方としましては、そこに記載のとおりでございます。

「そこ」とは、「支援金制度は、少子化対策に受益を有する全世代・全経済主体が、子育て世帯を支える、新しい分かち合い・連帯の仕組みである」を指すだろう。

熊木 その上で、今後法案を作成していきますが、これは法的に極めて厳格な部分でもございますので、政府内の法制担当部署、専門部署との検討、相談をさせていただきまして、法案の形で提出するときに、法的性格についても、しっかりと議論して決めていく、そういう事柄でございます。

 現時点では、支援金を社会保険料とするか否は決まっていない、と述べている。

熊木 その前提でということになりますが、税か社会保険かということがよく言われていますが、支援金は税とは異なるものとして検討してございます。税というものは、いろいろな講学上の定義がございますけれども、一般的には公権力の行使として財源調達のために一方的に費用の徴収を行うものであるとされています。他方、社会保険とは、連帯の精神、助け合いの考え方に基づきまして、一方的に徴収するということではなく、参加者が誰かを助けようという分かち合いの輪をつくって、そうした中で給付をするために拠出をするというものです。通常はそこに反対給付というものがあり、それが大きなメルクマールとして存在しますが、医療保険におきましても、反対給付につきましては、かなりいろいろな例があるというのが今日でございます。
 今回、私どもは、支援金を、新しい分かち合い・連帯の仕組みとして提案させていただいておりまして、少子化対策には被保険者、そして保険者に大きな受益、これは直接的な給付もあれば間接的な受益もあることから、いずれにしてもこれは助け合い、分かち合い・連帯の仕組みだと。そういう意味におきまして、伊奈川構成員から、社会保険の仕組み、枠組みの中のものではないかという御指摘があったということは、重要な御指摘というように考えてございます。
 ただし、それはこれまでとは一線を画す、新しい分かち合い・連帯の仕組みであります。今までの制度の延長で物事を考えますと、AなのかBなのかということになりますが、今、私どもが実現しようとしていることは、少子化という大きな課題に対してまったく次元の異なる対策を取るということでございまして、そういう意味では、少し分かりにくいというのは恐らくそういうところに淵源があるのかなというように考えております。

 断定はできないが、社会保険料と整理できれば有難い、といったニュアンスを感じ取れないだろうか。
 さらに、伊奈川が後押しする。

伊奈川 それと、もう一つは、今まで出ていなかったお話として言いますと、給付と負担の牽連性ということを私も申し上げているのですけれども、やはり重要なのは税とは違って無限の負担というのはないということだろうと思います。負担に必ず上限があって、例えば標準報酬であれば標準報酬の上限があったりしますし、そういった点から言いますと、やはり拠出金の場合も受益との関係でどこかに限界点というのがあるのだろうと、そういう視点で拝見しておりますと、パワーポイントの資料ですと9ページのところに一種の上限に当たるような記述が書いてあるわけでありまして、実質的な社会保険負担軽減効果の範囲内で構築する、そういった点も含めて考えると、これはやはり一つの社会保険の中の制度的な担保の仕組みかなと、どういうように書かれるか私には分かりませんけれども、この辺りも非常に重要な点ではないかなと思っております。

 伊奈川と熊木と、元厚生労働省の先輩・後輩の間で、何か示し合わせがあったのではなかろうか、と推察される(証拠はない)。

〝変化〟の第二は、指摘されなければ気づかないような小さな文言の「追加」であった。
 日本経済団体連合会専務理事・井上隆が指摘している。

井上 まずスライドの2ページ目について、これは質問です。さきほどの五十嵐構成員の質問と重なるかもしれませんけれども、上から3つ目のポツで、「財源については歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険料負担軽減の効果を生じさせる」とあります。6月のこども未来戦略基本方針の段階では、徹底した歳出改革等を行い、この効果を活用しながら実質的に追加負担を生じさせないことを目指すというようにされており、今回、新たに賃上げの効果というものが加わっております。もちろん、賃上げ自体は経済の再生、デフレ脱却の最重要課題と認識しておりまして、私ども経済界も今年以上の熱量で取り組むつもりでありますけれども、あくまでそれは個々の企業の労使の交渉ということでございますので、政府が賃上げをすると受け取られるような書きぶりには若干違和感を覚えます。
 本件につきましては、国会においても質疑がなされたと理解をしておりますけれども、企業が賃上げをしていっても、例えば被用者保険、組合健保と協会けんぽでは医療保険料率が下がるわけではございませんので、個々人の負担という意味から言うと、軽減しないと考えるのが普通ではないかと思いますが、どのような形で賃上げが社会保険料負担の軽減につながるのか、ということにつきまして改めて質問をしたいと思います。

 文言に「賃上げ」が追加された、と言っている。
 半年前の「こども未来戦略方針」には次のように書かれていた。

2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。

 ところが、今回の政府側の素案には、次のように書かれていた。

これを支える財源については、歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することにより、国民に実質的な負担が生じないこととした。
(…)
歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内でこども・子育て支援金制度(仮称)を構築する。

 同じ点を、日本労働組合総連合会副事務局長・村上陽子も指摘している。

村上 最後になりますが、同じ資料の1ページ目の2つ目の〇でございまして、これは五十嵐構成員、井上構成員と同様の発言になりますけれども、「歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することにより、国民に実質的な負担が生じないこととした」とございます。ただ、一人一人の個人にとっては、賃上げがない労働者だけでなく、賃上げがされても社会保険料の負担が増える労働者も出ることの懸念は拭えません。こちらについても具体的で分かりやすい説明をお願いいたします。

 つい5日前の国会では、政府は次のように答弁していた。
 2023年12月6日、衆議院・厚生労働委員会における、内閣府大臣政務官・神田潤一の答弁である。

神田 昨年の報告書にもあります全世代型社会保障につきましては、少子化対策の当面の集中的な取組に際しまして、全世代型の社会保障を構築するという観点から、徹底した歳出改革を複数年にわたって継続するということで、それによって得られる公費の節減などの効果及び社会保険負担軽減の効果などを活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを中心に議論をしているところです。

 これまで、社会保険負担軽減の効果は「歳出改革等」から得ることになっていた。
 ところが、そこに「賃上げ」が追加された。
 これは、何を意味するのか。
 支援金制度等準備室長の熊木が説明している。

熊木 話が長くなりましたが、歳出改革と賃上げの取組について、これも幾つか御質問があったと思います。まず、実質的な負担軽減を図る範囲内で支援金を創設するというのは、例えば社会保険に係る国民の負担として保険料をイメージしてくださって結構ですが、100という値だとして、高齢化が進むので黙っているとそれが120まで上がってしまう。それを何とか食い止めようということで努力して110にする。100よりは大きいのですが、120ではなく110にするので、10の隙間ができる。その範囲内で支援金を導入する、こういうことを申し上げておるわけです。これは以前より申し上げておったわけですが、最近、賃上げが明確化された結果、何か賃上げが支援金に替わるのかという、そういう話を聞いたこともございます。これは全くそういうことではないということでございます。

 これは、社会保険負担軽減の効果を得るにあたって「賃上げ」は関係ない旨を述べている。
 しかし、一方で次のようにも言う。

熊木 いずれにしても、国民負担という意味では、歳出改革と賃上げと両方の効果を見るということでありますけれども、では、なぜ賃上げを見るのかということですが、負担率、社会保険料の率というものを考えたときに、分母となる所得、賃金が上がれば社会保険料率なり負担率を低下させる効果がございます。
 今、どうしてそれが低下しないかといえば、社会保障の伸びのほうが賃金の伸びより大きいものですから、理論上は軽減される、低くなるはずですが、実際には下がりません。先ほど申し上げたように高齢化に伴ってどうしても上がっていくということが生じます。しかし、効果といたしましては、所得を上げることによって負担が軽減されるという効果が生じますので、賃上げの効果も念頭に置いて国民負担率の軽減を図る。これは当然の考え方だと思います。
 他方で、今回、未来戦略をつくりますけれども、その中で3兆半ばの加速化プランの財源について、歳出改革で幾らか、支援金は幾らなのか、これははっきりと金額として明らかにすると申し上げております。したがいまして、歳出改革の数字が決まりましたら、それをしっかりと2028年度までかけて確実に実現していくことが必要になりますので、賃上げが新たに言われるようになったことによって、歳出改革の努力が緩むという関係ではこれもまたございません。賃上げには当然ながら負担率の軽減効果があるので、その努力は政府としてしっかりと、これはこども家庭庁だけではございませんけれども、させていただくということでございます。

 社会保険負担軽減の効果を得るにあたって「賃上げ」は必要なのか、不要なのか。
 前後で発言が矛盾しているように聞こえるが、私なりに意訳すれば、こうなる。
《社会保険負担軽減の効果を得るにあたって、「賃上げ」は当てにしないで、歳出改革を頑張る。そういう意気込みで歳出改革に取組む。でも、結果的に十分な効果が得られなかった場合に、もし「賃上げ」があれば、「賃上げ」の助けも借りる。》

 私は、この時点(2023年12月11日)で、〝賃上げを当てにしなければならない事情〟がすでに生じたことを、熊木は認識していたと思う。
 そして、そのことは、支援金を社会保険料にする方向へ向かわせたと思う。

2023年12月22日@厚生労働大臣記者会見

 11日後の「こども未来戦略」の文言は、次のように確定した。一部省略して再掲する。

(財源の基本骨格)
① (…)既定予算の最大限の活用等を行うほか、2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それによって得られる公費節減の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用する。歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することにより、実質的な負担が生じないこととする。(…)
③ (…)歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で、2026年度から段階的に2028年度にかけて支援金制度を構築することとし、2028年度に1.0兆円程度の確保を図る。

「賃上げ」がしっかりと書き込まれた。
 そして、〝賃上げを当てにしなければならない事情〟とは、以下のことであった。
「こども未来戦略」に書き込まれた注を再掲する。

34 2023・2024年度分は0.33兆円程度(2023年度分0.15兆円及び2024年度分0.17兆円)の見込み(歳出改革による社会保険負担軽減額から医療・介護の制度改正による追加的な社会保険負担額を差し引いて計算したもの。その際、物価上昇を上回る賃上げの実現に向け、政府が総力を挙げて異例の取組を行う中、こうした取組により雇用者報酬の増加率が上昇することを通じて生じる社会保険負担軽減効果も踏まえ、医療・介護の現場従事者の賃上げ(一人当たり雇用者報酬の増加率と見込まれるものの範囲内)に確実に充当される加算措置及び能力に応じた全世代の支え合いの観点から実施する制度改革等による影響額を、上記の追加的な社会保険負担額から控除して計算)。

 つまり、0.33兆円の社会保険負担軽減効果を得るために、「追加的な社会保険負担額」の一部(後述するが具体的には0.34兆円)を控除したのである。控除するために、「雇用者報酬の増加率が上昇することを通じて生じる社会保険負担軽減効果」すなわち「賃上げ」の効果を使ったのである。
 なお、この注は、「こども未来戦略」案(2023年12月11日)の時点では存在しなかった。

 賃上げの効果を利用したことについて、厚生労働大臣・武見敬三が記者の質問に答えている。
 2023年12月22日の大臣会見である。「こども未来戦略」を閣議決定する当日のことだった。

記者 もう1件別件で、こども未来戦略における実質的な社会保険負担軽減効果についてお伺いします。一昨日の大臣折衝で、今年度と来年度の歳出改革で3300億円の歳出改革による負担軽減効果があるとされた一方で、医療や介護分野での賃上げや全世代型社会保障構築に伴う制度改革で増える3400億円の社会保険の負担増については、追加の負担と考えないとする方針が示されました。実際には増える負担を負担としない考え方というのはなかなか理解が得にくい部分もあると思いますが、どういった考え方でこの整理が行われたのか、また、こういった説明をどう国民に対して説明し理解を求めていかれるのかお伺いします。
武見
 現在策定中の「こども未来戦略」の案においては、「歳出改革と賃上げによって実質的な社会保険負担軽減の効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築する」とされています。「実質的な社会保険負担軽減の効果」については、歳出改革による社会保険負担軽減額から、医療介護の制度改革による追加的な社会保険負担額を控除して算定するという引き算をしています。この点、ご指摘のあった、3,400億円の制度改革分については、まず第1に、国全体で賃金が上昇する中で医療・介護分野でも当然に必要となる、現場従事者の賃上げ分というものがまず見込まれます。それから、2つ目には負担能力が低い方の負担を軽減し、一方で負担能力が高い方に一定の負担をお願いするといった、能力に応じた全世代の支え合いの観点から実施する制度改革などがこれに含まれているわけです。こうしたことから、賃上げによる社会保険負担軽減効果が見込まれることを踏まえ、こうした追加的な社会保険負担額については計算しないという整理の仕方をしました。

推察

 私は、この〝事件〟が、支援金を社会保険料にした、と推察する。
 それは、次のような思考過程ではなかったろうか。

《2023年度と2024年度の社会保険料負担の増減は、普通に計算するとプラス100億円の負担〝増〟になってしまう。
 これは、まずい。
 負担増に貢献する項目の一部を、消去しなければならない。
 どうすれば消去できるだろうか。
 そうだ、賃上げがある。
 賃上げの効果で、負担増を消去すればいい。
 そのためには、負担を率で見る必要がある。
 社会保険料の負担は、額ではなく、率で見ることにしよう。
 それは、どのような率だろうか。
 分子は社会保険料である。
 分母は国民所得である。
 この数値は、国民経済計算において、社会保障負担率と呼ばれている。
「実質的な負担が生じない」ことは、社会保障負担率で見ることにしよう。
 歳出改革による社会保険料負担の軽減額は、分子に反映される。
 支援金は、その軽減額を埋めるように集めるのだから、負担が生じないことを示すには、同じく分子に含めなければならない。
 社会保障負担率の分子は社会保険料である。
 だから、支援金は社会保険料ということにしなければならない。
 支援金は社会保険料なのだ。》

 ここに、支援金を「税でも社会保険料でもない第三の存在」とする選択肢は消え、支援金は「社会保険料」になった。
 支援金は、その性格から社会保険料に分類されたのではない。
「賃上げ」の効果を利用しながら「実質的な負担が生じない」と言うために、社会保険料に仕立てられたのだ(だから政府の説明には無理があるし、理解されないのも当然だ)。

「支援金は社会保険料」「実質的な負担が生じない」「そのメルクマールは社会保障負担率」という政府のロジックは、年末の〝事件〟を契機に、セットで完成した。
 このことは、「支援金は社会保険料」という政府の説明と、「社会保障負担率」という耳慣れない用語に対する政府の言及が、ほぼ同時期に出現したことにも示されている。
「支援金は社会保険料」と岸田が断言したのは、2024年2月6日である。
 その翌日に、政府は次のような答弁をしている。
 2月7日、衆議院・予算委員会における立憲民主党・奥野総一郎の質疑である。

奥野 国民負担率の問題ですが、これを上げないと言っていますが、資料が、これはグラフがありまして、資料五ですね。これは、ずっと上がってきて、ちょっと下がっているように見えるんですが、これはコロナで国民所得が減ったので一時的にぼんと上がったんですね。それが平時に回復して少しずつ減っているんですが、トレンドで見ると、明らかに右肩上がりなんですよ。
 総理がおっしゃっているのは、これは私は公約と捉えているんですが、国民所得はもうここからほぼ横ばいだと考えていいんですかね。これは令和の五公五民なんて言われているんですが、それが六公四民とか、そういうふうになったりしないということでいいんですね。
加藤 お答え申し上げます。
 まず、支援金制度と国民負担率の関係については、高齢化等に伴い医療、介護の給付は伸びていきますが、歳出改革と賃上げによって社会保障に係る国民負担率の軽減効果を生じさせ、その範囲内で支援金制度を構築することで、実質的な負担は生じないことといたします。
 すなわち、先ほど総理からもお話がありましたように、支援金制度を導入しても、全体の取組を通じて見れば、それによって、社会保障負担率、すなわち社会保障に係る国民負担率が上昇しないこととするものと理解をしております。

奥野 総理に伺っているのは、ずっとおっしゃっている、上がらないんですねという、そこを確認しているんです。
岸田 まず、今、加藤大臣からありましたように、支援金制度を導入しても、全体の取組を通じれば、それによって、社会保障負担率、すなわち社会保障に係る国民負担率は上昇しないということでありますが、一方で、経済財政運営全体の負担率ということにつきましても、岸田政権の経済財政運営全体として、歳出改革を継続しながら、賃上げの取組を通じて所得の増加を先行させ、デフレからの完全脱却を果たすことで、高齢化等による国民負担率の上昇を抑制してまいります。

 奥野が問題にしたのは「国民負担率」なのに、政府の側から「社会保障負担率」を持ち出している。繰り返すが、「社会保障負担率」の分子は「社会保険料」のみである。

 支援金は、「実質的な負担が生じない」という政府の説明のために、社会保険料になった。それは、2023年12月から2024年1月にかけてのことだった。

(追記)

 ところで、支援金を社会保険料と言い切ることに関して、政治家の側に抵抗感はなかったのだろうか。
 私は、意外に抵抗感はなかっただろう、と推察する。
 それは、岸田や加藤が、支援金はもともと医療保険料ないしは介護保険料だったものだ、と〝正しく〟認識していたと思われるからだ。
 それは、例えば次の答弁にうかがえる。

 医療・介護の改革をすると、社会保険料収入が減る。
 医療・介護の財源は、公費と社会保険料の両方だからだ(自己負担分は除くとして)。
 消費税などの公費は、医療・介護の支出と連動しないから歳入減にはつながらないが、社会保険料は医療・介護と連動しているから収入源につながる。
 これまで、全世代型社会保障を構築する目的で、医療・介護の改革を進めてきた。
 改革をして支出が減れば、その分、社会保険料を〝とりっぱぐれる〟ことになる。
 政府は、そこに「実質的な負担が生じない」(かのような)財源を見出した。
 支援金は、社会保険料のとりっぱぐれを回収するものである。
 もともと社会保険料だったものを取り返すのだから、その取り返したものを社会保険料と呼んで何が悪い。
 そのことを大臣たちは〝正しく〟認識していたから、支援金を社会保険料と言うことに、それほど抵抗感がなかったのではないか。

 ちなみに、岸田は、支援金と医療保険料は、実質的には同じものだと内心では思っていた節がある。
 政府の公式な説明は、支援金と医療保険料は別の社会保険料、である。
 ところが、岸田には、支援金と医療保険料を混同するような答弁が見られるのだ。
 例えば……

 このことは、給与明細上、支援金の額と医療保険料の額を区分表記することについて、消極的な姿勢であることからもうかがえる。
 例えば……

 岸田は、法案が通りさえすれば、支援金が社会保険料であろうとなかろうと、どちらでもよかったのだろう。
 法案が成立した同年10月1日、岸田は内閣総理大臣を辞職した。

(追記2)

 支援金制度を推していた学者たちも、支援金がよもや社会保険料になろうとは想像していなかったのではないか。それは、次のような参考人発言にもうかがわれる。

「支援金は社会保険料」という政府の説明を、くだんの学者たちはどのように聞いていたのか。次のような動画を見つけた。

権丈 支援金を保険料と位置づけられたとき、私は「ほお」と感心したんですけれども、既存の枠組では乗り越えられない時代背景があったと考えれば理解できます。新型コロナ後の出生数の急落もあって、いよいよ社会に緊張感が走ってきた、と。そういう意味で今回の支援金制度というのは、全世代型社会保障が言われる時代ゆえに、社会保険の意味が見直されて、社会保険制度を横断的に議論する新たな枠組が準備されたということだと思います。


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井川夕慈
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