見出し画像

子ども・子育て支援金制度はこうして始まった。#補論2 社会保険ルートの活用はいつ仕込まれたか

2023年6月13日@こども未来戦略方針

 支援金は、社会保険(より具体的には医療保険)のルートを活用して徴収する。
 少子化対策の財源に、社会保険ルートを活用することが(事実上)決まったのはいつか。
 それは2023年6月13日である。
「こども未来戦略方針」が閣議決定された。
 そこには、次のように書かれていた。

(財源の基本骨格)
③ ①の歳出改革等による財源確保、②の経済社会の基盤強化を行う中で、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。

「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」がそれだ。

 この文には次の脚注が付いていた。

支援金制度(仮称)については、以下の点を含め、検討する
・ 現行制度において育児休業給付や児童手当等は社会保険料や子ども・子育て拠出金を財源の一部としていることを踏まえ、公費と併せ、「加速化プラン」における関連する給付の政策強化を可能とする水準とすること。
・ 労使を含めた国民各層及び公費で負担することとし、その賦課・徴収方法については、賦課上限の在り方や賦課対象、低所得者に対する配慮措置を含め、負担能力に応じた公平な負担とすることを検討し、全世代型で子育て世帯を支える観点から、賦課対象者の広さを考慮しつつ社会保険の賦課・徴収ルートを活用すること。

「社会保険の賦課・徴収ルートを活用する」とある。
 文面上はまだ「検討する」の段階だが、次の2023年10月2日の会議で、社会保険の中から医療保険を推す意見が学者たちからあがり、医療保険者等を呼んだ大臣〝懇話会〟を経て、次の2023年12月11日の会議で、支援金制度としてトントン拍子に案が出て来たことからすると、社会保険を活用することは、事実上すでに確定事項だっただろう。

2023年5月22日@第4回こども未来戦略会議

 なお、社会保険ルートを活用することが決まった時点は、もう少し遡ることができる。
 2023年5月22日の第4回こども未来戦略会議で、少子化対策(加速化プラン)の財源をテーマに議論された際に、内閣総理大臣の岸田が、その場で、締めくくりの言葉として、次のように〝宣言〟したからだ。

岸田 本日は、こども・子育て政策を抜本的に強化していくため、今後3年間を集中取組期間として実施する「加速化プラン」を支えるための財源の在り方について、構成員の皆様から貴重な御意見を頂くことができました。
 皆様の御意見も踏まえ、財源について、4つの方向性をお示しいたします。なお、大前提として、少子化対策財源確保のための消費税を含めた新たな税負担については考えておりません。
 まず、第1に、何よりも徹底した歳出改革による財源確保を図ること。「加速化プラン」を支える財源については、国民的な理解が重要であり、全世代型社会保障を構築する観点から歳出改革の取組を徹底するほか、既定予算の最大限の活用を行います。
 第2に、こうした歳出改革の徹底等により、国民の実質的な負担を最大限抑制すること。
 第3に、経済活性化、経済成長への取組を先行させること。ポストコロナの活力ある経済社会に向け、新しい資本主義の下で取り組んでいる、持続的で構造的な賃上げと官民連携による投資活性化に向けた取組を先行させ、経済基盤及び財源基盤を確固たるものとしていきます。
 第4に、2030年までの少子化対策のラストチャンスを逃さないこと。安定財源確保に向けた歳出改革の積み上げ等や、賃上げ・投資促進等の取組には複数年を要しますが、強化された少子化対策は、それを待つことなく、前倒しで速やかに実行に移してまいります。
 こうした4つの方向性に基づき、企業を含め社会・経済の参加者全体が連帯し、公平な立場で、子育て世帯を広く支援していく新たな枠組みについて、与党の意見も踏まえつつ、具体的に検討し、結論を出していく必要があります。
 次回の会議では、これまでの議論も踏まえて、次元の異なる少子化対策を実行に移していくための「こども未来戦略方針」の素案をお示しして、御議論をお願いいたします。

 消費税の選択肢を消した。
 この時点で、社会保険ルートを活用することは事実上決まった、と言えよう。
 2023年5月22日である。

2023年4月7日~2023年5月22日@こども未来戦略会議

 2023年5月22日の前に、こども未来戦略会議は3回開かれている。
 その間、財源については、どのような意見が出ていたか。
 社会保険ルートを活用する案は、誰の意見に発していたか。
 大雑把に言えば、学者の意見に発していた。
 具体的には、慶應義塾大学商学部教授・権丈善一、日本赤十字社社長/慶應義塾学事顧問・清家篤、学習院大学経済学部教授・遠藤久夫である。彼らは後に、社会保険の中でも医療保険の活用を推すメンバーでもあった。
 ただし、彼らが社会保険ルートをベストと考えていたとは思われない。消費税が可能なら、その方がよいと思っていただろう。増税が不可能なら社会保険ルートで、と言ったまでだろう。

 社会保険ルートに反対したのは、経営者と労働者の代表であった。
 具体的には、日本経済団体連合会会長・十倉雅和、日本商工会議所会頭・小林健、日本労働組合総連合会会長・芳野友子だ。彼らは様々な税財源の組合せを志向していた。
 他には、サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長・新浪剛史が資産売却や相続税や資産課税を、フリーアナウンサー・中野美奈子が酒税・たばこ税・贈与税・相続税を提案していた。

 学者の中でも、社会保険ルートの活用を強くアピールしたのは、権丈善一だ。
 例えば、2023年5月22日のこども未来戦略会議で次のように発言している。

権丈 医療、介護、年金保険は、少子化の原因でもあります。だから、長く「医療・介護・年金保険という主に人の生涯の高齢期の支出を社会保険の手段で賄っている制度が、自らの制度における持続可能性、将来の給付水準を高めるために、子育て支援制度を支えよう」と言ってきました。そうした方法は、本日の主な論点にある「企業を含め社会経済の参加者全体が連帯し、公平な立場で、広く支え合っていく新たな枠組み」に沿ったものになるかと思います。

 要するに、既存の社会保険による再分配の偏りが、若者を貧しくして少子化の原因となっているのだから、既存の社会保険を使用した新たな再分配を行って、子育て世帯を豊かにしよう。そうすることで少子化を克服しよう、という発想である。
 再分配の不具合は、別の再分配で正そう、ということであろう。
 その権丈が、2023年5月17日のこども未来戦略会議で、次のように発言しているのが目に留まった。

権丈 合成の誤謬の問題を解決するには、将来に向けた確固たるビジョンを持った政治の力が必要になります。そして、社会全体で子育てを支えるという理念の下に、昨年、骨太及びそれに沿った全世代型社会保障構築会議の報告書にある、「企業を含め、社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で広く負担していく新たな枠組み」を考える際には、施政方針演説で触れられていた社会保険の仕組みを視野に入れるのは十分にあり得るのではないかと思っております。

「企業を含め、社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で広く負担していく新たな枠組み」は、すなわち社会保険ルートの活用を意味し、後の「こども未来戦略方針」(2023年6月13日)に書き込まれることになる文言だ。
 ところが、その文言は、すでに政府の別の文書に出ている、と言うのだ。

2022年12月16日@全世代型社会保障構築会議報告書

「全世代型社会保障構築会議報告書」は2022年12月16日にまとめられている。
 そこには、次のように書かれている。

Ⅲ.各分野における改革の方向性
 1.こども・子育て支援の充実
 (1)基本的方向
  〇 今後、こども家庭庁の下で、こども政策を総合的に推進するための「こども大綱」を策定する中で、特に、現行制度で手薄な0~2歳児へのきめ細やかな支援が重要との認識の下、「未来への投資」として、社会全体でこども・子育てを支援する観点から、妊娠・出産・子育てを通じた切れ目ない包括的支援を早期に構築すべきである。また、あわせて、恒久的な施策には恒久的な財源が必要であり、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(「骨太の方針2022」)の方針に沿って、全ての世代で、こどもや子育て・若者世代を支えるという視点から、支援策の更なる具体化とあわせて検討すべきである。
(…)
 (3)今後の改革の工程
  ②来年、早急に具体化を進めるべき項目
  「骨太の方針2022」にもあるように、こども・子育て支援の充実を支える安定的な財源について、企業を含め社会全体で連帯し、公平な立場で、広く負担し、支える仕組みの検討

確かに「企業を含め社会全体で連帯し、公平な立場で、広く負担し、支える仕組み」とある。
 しかし、これは「骨太の方針2022」にすでにある、と言うではないか。

2022年6月7日@経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針2022)

「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針2022)にあたってみた。
 これは、2022年6月7日に閣議決定されている。
 そこには、次のように書かれていた。

第2章 新しい資本主義に向けた改革
 2.社会課題の解決に向けた取組
 (2)包摂社会の実現
  (少子化対策・こども政策)
  こども政策については、こどもの視点に立って、必要な政策を体系的に取りまとめた上で、その充実を図り、強力に進めていく。そのために必要な安定財源については、国民各層の理解を得ながら、社会全体での費用負担の在り方を含め幅広く検討を進める。その際には、こどもに負担を先送りすることのないよう、応能負担や歳入改革を通じて十分に安定的な財源を確保しつつ、有効性や優先順位を踏まえ、速やかに必要な支援策を講じていく。安定的な財源の確保にあたっては、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組みについても検討する。

脚注:
48 また、子ども・子育て支援の更なる「質の向上」を図るため、消費税分以外も含め、適切に財源を確保していく。

「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」とある。
 これは、「こども未来戦略方針」(2023年6月13日)とまったく同一の表現ではないか。
「こども未来戦略方針」の文章を再掲する。

(財源の基本骨格)
③ ①の歳出改革等による財源確保、②の経済社会の基盤強化を行う中で、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。

「新たな枠組み」とは、社会保険ルートの活用、すなわち支援金のことだが、これはすでに2022年の「骨太」の中に仕込まれていた。

2021年6月18日@経済財政運営と改革の基本方針2021(骨太の方針2021)

 いつの「骨太」から書き込まれたのだろう。
「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太の方針2021)には、次のように書かれていた。
 これは、2021年6月18日に閣議決定されている。

第2章 次なる時代をリードする新たな成長の源泉~4つの原動力と基盤づくり~
 4.少子化の克服、子供を産み育てやすい社会の実現
  (…)その際、将来の子供たちに負担を先送りすることのないよう、応能負担や歳入改革を通じて十分に安定的な財源を確保しつつ、有効性や優先順位を踏まえ、速やかに必要な支援策を講じていく。安定的な財源の確保にあたっては、企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組みについても検討する。

 2021年の時点ですでに書き込まれていた。
 前年はどうか。
「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太の方針2020)には、次のように書かれていた。

第3章 「新たな日常」の実現
1.「新たな日常」構築の原動力となるデジタル化への集中投資・実装とその環境整備
(デジタルニューディール)
(3)新しい働き方・暮らし方
 ②少子化対策・女性活躍
 (…)「希望出生率1.8」の実現に向け、「少子化社会対策大綱」に基づき、将来の子供たちに負担を先送りすることのないよう、安定的な財源を確保しつつ、有効性や優先順位を踏まえ、できることから速やかに着手する。

 書かれていなかった。
 つまり、「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」は、2021年6月18日に、「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太の方針2021)の中に登場した。
 当時の内閣総理大臣は、菅義偉だった。
「骨太」は経済財政諮問会議で審議して答申する。
 当時の内閣府特命担当大臣(経済財政政策)兼経済再生担当大臣は、西村康稔だった。

西村康稔と権丈善一

「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」の文言は、誰が書き入れたのだろうか。
 私は、それを知らない。
 しかし、権丈の持論を西村が取り込んだ可能性はある。
 権丈と西村がつながっていたことをうかがわせる次のようなブログ記事を見つけたからだ。
 それは約20年前の小泉政権時代に遡る。

2005.07.14
権丈善一・慶応大学教授を囲んで
以前に明石・大久保の産業交流センターでディスカッションした権丈善一・慶応大学教授(正面左)を囲んで、年金改革、医療制度改革について議論。正面右が安倍晋三代理、その左・真ん中が塩崎恭久代議士。左端が西村やすとし代議士本人。

 なお、写真は削除されている。

 また、権丈と西村の蜜月ぶりをうかがわせるやりとりが、こども未来戦略会議にある。
 2023年12月11日、医療保険を活用する支援金制度が「こども未来戦略」案に示された回のやりとりである。

西村 関連で権丈さんによろしいですか。
この間、諮問会議で言われたように、高齢者の所得がだんだん減ってきて、それをみんなで支え合う連帯的な負担ではないというところです。子育ても同じように、子育ての期間は負担が大きくなるから、そこをみんなで支え合う。これはすごくよく分かるのですが、高齢者はみんな高齢化するけれども、こどもを持っている人、持っていない人、いろいろ事情は違いますよね。そこを国民の皆さんに、まさに今の流用ではなくてみんなで負担して連帯して支え合うというところをどう分かりやすく説明していいのかと。これは、もちろんこどもが増えれば、年金も医療もよくなるわけですけれども、すみません。どう説明したらいいか。
権丈 この前も言いましたように、賃金システムというのは収入の途絶と支出の膨張という不確実性になかなか対応できないのですが、不確実性とかそういうものに対応できないシステムだからサブシステムが必要なのですが、こども・子育てのところの支出の膨張と収入の途絶に対応しないシステムを社会がずっと継続していると、今の時代だったらば、こども子育ての支出の膨張と収入の途絶をしない選択をする人たちが増えてきますよという話があります。ここをしっかりやらないことには、若い人たちの間で支出の膨張、収入の途絶にならない選択、つまり少子化が進む。そういう状況に今陥っている。

 会話の中にあるように、権丈は、6日前の経済財政諮問会議にも臨時議員として呼ばれていた(2023年12月5日)。
 このとき、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)兼経済再生担当大臣は新藤義孝に代わっていたが、西村は経済産業大臣として参加していた。
 なお、西村は、それから間もない2023年12月14日に、自民党安倍派の裏金疑惑のために経済産業大臣を辞任した。

推察

 以下は推察である。
「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」
 すなわち社会保険ルートの活用は、西村と権丈の政・学ラインによって仕込まれた。
 2021年6月の菅内閣のときだった。
 2021年10月に岸田内閣が発足した。
 2022年にインフレーションが始まった。
 支援金制度は2024年6月に法案が成立したが、岸田が実質的にしたことは、消費税の選択肢を消すことだった。それは、パンデミック収束後の金利差に由来する円安がもたらしたインフレーションのただ中にあっては、必然的なことだった。
 こども未来戦略会議は、全世代型社会保障構築会議報告書を参照している。全世代型社会保障構築会議報告書は、「骨太」を参照している。
「骨太」に従う限り、残る選択肢は、社会保険ルートの活用しかなかった。 岸田は、支援金の法案を通すしかなかった。
 仕込まれた爆弾は、三年間の潜伏期間を経て、炸裂した。


いいなと思ったら応援しよう!

井川夕慈
いつもありがとうございます。賜りましたサポートは、活動継続のために大切に使わせていただきます。