ハンカチは持ったか? よし、俺たちの戦場へ向かおう。 映画「マイ・インターン」(感想)
ジョブチェン宣言したところ、仲のいいお兄さん方から本作を勧められた。曰く、「ハンカチを忘れず持とうと決意する」。お前らそこからかよ。高専を卒業してからブランク含めて8年近く、「くっ‥殺せ‥っ!」でおなじみ女SEとして働いてきたが、今年からはもう少し抽象的な仕事をすることになるだろう。人の言うことを素直に聞く努力を始めようと思い、あからさまに良い話っぽいジャケットに負けずにレンタルしてきたのだ。
定年退職、奥さんにも先立たれたロバート・デ・ニーロは隠居生活を謳歌していたが道端で見つけたシニア人材の求人広告を見つけてエントリー。採用企業はCSRアピールのためだけに募集を出していたイケイケアパレルオンラインショップだったが、急成長中の出来立てほやほや企業を牽引する女社長アン・ハサウェイ他、総じて若い社員たちに囲まれロバート・デニーロが好々爺無双していく。
働かないと、死ぬ
そういう種類の人間がいる。私だ。マグロやサメに近い。高専を20歳で卒業しラッキーでサラリーマンになったものの、仕事が楽しすぎて働きすぎたら体をこわして休職した。この休職、何がつらいって自分でお金を稼いでいないということだ。ある日突然仕事を奪われて、休め遊べと言われても困る。たくさん休めて嬉しいなんてことは無く、社会における私のロールを奪った"病い"に対しての恨み極まり、まさに"闘"病であった。
まあなんだかんだあって、再び仕事を始められるという喜びといったら、ない。やっとお天道様の下を顔を上げて歩けるという歓びだ。再び社会の歯車になれるというのはそれだけで喜びである。不良パーツや経年処分パーツとして打ち捨てられるのは御免だ。
ロバート・デ・ニーロが初出勤の前日、いつもより早い時間に目覚まし時計をセットする。しかも2個。それだけで働くという歓喜が私の体に再現される。明日からまた社会人としての人生を歩める。
労働という陣取り合戦
インターンとして働き始めたロバート・デ・ニーロは、女社長アン・ハサウェイ直属の部下になる。アン・ハサウェイは正直面倒がっていて、何も依頼しない。手持ち無沙汰に待っていても、何一つ任せてもらえない。
ひと一人面倒を見るのは、結構なパワーがかかる。自分の仕事のうち何が切り出せるかを検討し、渡せる形にして、アウトプットをチェックする。自分でやった方が早い。手のかかりそうな老人なら尚更だ。ロバート・デ・ニーロが待てど暮らせど、仕事はこない。
じゃあどうするか? できることをするだけだ。散らかっていた机を掃除する。見事にアン・ハサウェイは喜び、感謝する。そうやって自分の椅子を取りに行くのだ。若者たちの痴話げんかを仲裁し、身だしなみにアドバイスをし、ひとつずつ自分の陣地を広げていく。
自分にできることは何で、やりたいことは何か。できることがあるならそれを誰よりも早く高いクオリティでやる。やりたいことがあるならそれをできることにすればいい。そうやって自分の頭と体を思うままにぶん回せる環境を作り上げていく。それこそが働くということだ。あとは謙虚さがあれば完璧だ。
あとは好々爺無双
ロバート・デ・ニーロがキレない。良心で無双していくのがこの映画だ。武器はそう、ハンカチである。ちなみに私はハンカチを持っているので貸してもらわなくて結構だ。
家庭を背負って働くアン・ハサウェイを見事に転がすロバート・デ・ニーロ。そのうちこいつら寝るんじゃないかとすら思った。胡散臭い笑顔を振りまきながら、全てを収まるところに収めていくロバート・デ・ニーロは、それでもやっぱりかっこいい。
まとめ
転職というタイミングでこの映画を観られて良かった。女社長とシニアインターンの部下という設定をもっと活かす方法もあったろうに、個人的にロバート・デ・ニーロが善人というところにばかりスポットがあたるのは勿体ないとも思うが、それでもロバート・デ・ニーロの謙虚な振る舞いは新たな職場でのスタートに向けて初心に立ち返らせてくれた。
アン・ハサウェイはやはり「もうダメだ」とガックリきているところから「ううん、それでもやるの」と奮闘するのが本当に似合う。頭を抱えているアン・ハサウェイってどうしてこんなにかわいいのか。
ハンカチをいつ使い、いつ使わないのかという演出も効いているし、何よりキャスティングが良い。はやく働きたいと思える、仕事始めにぴったりの一作だった。あとはそう、男性諸君には本作を観て決意する前に、ハンカチを持っていてほしい。
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