駒大苫小牧-横浜 2004年夏の甲子園準々決勝
「ふぅ~っ」
横浜は最後となる3度目の守備のタイムを使うことを余儀なくされ、エース・涌井秀章はマウンドで大きく息を吐きだしました。
台風が接近中の甲子園球場は、どんよりした曇り空。試合後に語ったように「どこに何を投げても打たれ」てしまっていた涌井の胸中を表すかのように。
プロ注目、それどころかドラフトの目玉との呼び声も高かった涌井。実際にドラフト1巡目で西武に入団し、最多勝に4度輝くほどの大投手に成長しています。
2004年の横浜は、公式戦でも練習試合でも、涌井が投げた試合では無敗。
唯一引き分けたのが、ダルビッシュ有(のちに日本ハム、レンジャーズなど)を擁する東北(宮城)との練習試合でした(0-0)。それ以外はすべて勝っています。
涌井さえ投げれば勝てるはずなのに、ここまで被安打14で6失点とメッタ打ち状態。
いったい何が起きたのか―――
ことの発端は、2回戦の佐世保実戦後にさかのぼります。
割り当てられた練習場の順番が、駒大苫小牧→横浜となっていました。ところが駒大苫小牧の練習終了時刻15分ほど前にズカズカと横浜の選手がやってきて、早くどけと言わんばかりの態度をとり始めたのでした。
これに駒大苫小牧の選手は激怒し、
「絶対横浜(と対戦するクジ)を引いてこい、ぶっ潰してやる!」
と佐々木孝介主将に息巻きました。3回戦の日大三戦に勝ち、翌日のクジ引きで見事、横浜-明徳義塾戦の勝者との対戦を引き当てたのでした。
横浜といえば言うまでもなく、6年前の1998年度に松坂大輔(のちに西武・レッドソックスなど)、小池正晃(のちに横浜、中日)、後藤武敏(のちに西武、DeNA)、小山良男(のちに中日)らを擁して神宮大会・センバツ・選手権・国体の主要4大会すべてで優勝するなど、高校野球界を代表する大横綱です。
しかし横浜に名前負けする選手など誰一人おらず、香田誉士史監督も、
「横浜が相手でも名前負けしないし、選手はみな、あっけらかんとしている」
と語りました。
当時の私は、ベスト8に進出した高校の中でいちばん当たりたくないと考えていたのは、横浜でも済美(愛媛)でもなく、千葉経大付でした。友人の意見も私と一致しています。
左腕・松本啓二朗(のちにDeNA)を打ち崩すイメージがわかなかったのです。
もちろん横浜が東北・済美と並ぶ優勝候補筆頭格であることは認識していましたが、3試合連続完投中で疲労していると思われる涌井が相手なら「打てないことはない」と考えていました。
ただ、投手陣が横浜打線をどこまで抑えられるかが、ハッキリ予想できませんでした。
横浜は1回戦で、当時2年生エースだった片山博視(のちに楽天)らを擁する報徳学園(兵庫)に8-2で勝ち、2回戦では京都外大西に延長11回の激闘の末、1-0で辛くもサヨナラ勝ちしました。
3回戦では松下建太(のちに西武)、中田亮二(のちに中日)らを擁する優勝候補の一角・明徳義塾(高知)に8-5で勝利しています。
優勝を目指す横浜としては、ひとつの山を越えたと考えられるでしょう。
準々決勝の相手は、この年甲子園初勝利を挙げたばかりの駒大苫小牧。「心のエアーポケット」に入り込んでしまう要素は十分でした。
もし勝てば、準決勝は土曜日、決勝は日曜日に行われる予定。初戦から甲子園に滞在していた応援団の中には「また準決勝に来ますね」と言い残し、いったん自宅に帰る者もいたのだとか。
どこかフワフワした雰囲気に包まれる横浜でしたが、前述の駒大苫小牧の練習を見た横浜の渡辺元智監督と小倉清一郎部長に油断はありませんでした。
渡辺監督は「原田勝也と林裕也」、小倉部長は「林裕也」。
警戒すべきバッターとして挙げた名前が一致したのです。
2・3回戦では合計8打席で2安打1打点、長打はゼロ(犠打2つ、犠飛1つ)。それほど活躍したわけではない林ですが、練習ではひときわ良いスイングをしており、それが百戦錬磨の2人の目に留まったのでした。
試合前、駒大苫小牧の佐々木孝介主将は、
「勝ちたい気持ちは、絶対に僕らのほうがある」
と言い切りました。練習場での出来事、前年夏の降雨ノーゲーム、さまざまなものが積み重なっていたのでしょう。
1回表裏は、両チームとも複数のランナーを出しながら無得点。
2回表、駒大苫小牧は7番林が先頭打者でした。
小倉部長は警戒していた林の力量を探るため、バッテリーに「1球インコースに投げてみろ」と命じています。
実際にはややアウトコース高めに行ってしまいましたが、その138キロ直球を林はフルスイング。逆風をものともせずにバックスクリーン右への先制ソロ本塁打!
小倉部長は「涌井はMAXより3~4キロ球速が遅い日は調子の悪い日」と話しており、この一発で早くも涌井の不調を見抜き、負けを覚悟したそうです。最速148キロに対し、この日の最速は145キロでした。十分速いと思うんですけどね 笑
香田誉士史監督が「チームに勇気を与えた」と評した一撃は横浜に大きな衝撃を与え、ここから駒大苫小牧の連打攻勢が止まらなくなります。
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