大学で1000冊の本を読む50の方法(10) 最終話
前回の話はこちら。
春休みが終わり、2年前期の履修登録の時期になった。
1年の時と比べて一般教養科目が減り、
より専門的な講義が受けられるようになる。
1年の時は「楽に単位を取れる講義」を狙っていた。
しかし2年では、自分が興味のある講義を受けたいと思う。
読書を通じて、自分が知らなかった世界を少しだけ知ることができた。
見ないふりをしていた現実の問題について、
目をそらしてはいけないと思った。
学びたいことはたくさんある。
自分の専攻する情報系のこと。
日本の貧困問題のこと。
経済学や政治学の講義も可能であれば受講したい。
心から、学ぶことを楽しいと感じた。
大学で1000冊の本を読む50の方法 その46:学ぶことを楽しむ
必修科目の講義に出ていると、
1年の時に比べて学生の人数が少し減っていることに気づいた。
おそらく留年した者や退学した者、
他の学部に転部した者などがいたのだろう。
逆に3年で留年して2年の講義に出ているのか、
初めて見かける人もいる。
俺は円佳の姿を探した。
――良かった、居る。
円佳は留年や退学などしていなかった。
もっとも、俺より真面目に講義に参加していた円佳が
留年するはずなかったが。
1年の講義は、高校の復習のような内容が多かった。
しかし2年になると一気に専門的になり、
1年の時とは比較にならないほど難しくなった。
購入することがほぼ義務づけられていると言ってよい
教科書や専門書の類は重くて分厚いものが多かったが、
読むのは楽しかった。
文字を読むということに関しては、他の学生の誰よりも
得意だという自負があった。
どんなに分厚い専門書でも読むのは全く苦にならなかった。
大学で1000冊の本を読む50の方法 その47:専門書を楽しんで読む
そういえば昨年の学園祭で、
円佳は投資サークルに所属していると言っていた。
投資に興味はないが、サークル活動には興味がある。
後で話を聞いてみよう。
自分で読書サークルを立ち上げるのもいいかもしれない。
定期的に読書会を開催し、それぞれ読んだ本の感想を発表するのだ。
読書会には以前から興味があった。
社会人向けの読書会は自分にはまだ早いかもしれないが、
20代の若者向けの読書会もあるらしい。
ひきこもって読書して終わり、ではあまりにもったいない。
すばらしい本を読んだからには誰かと語りたい。
そんな意欲が湧いてきた。
大学で1000冊の本を読む50の方法 その48:読書会に参加する
面白い本にも、つまらない本にも、たくさん出合った。
難しすぎて挫折した本もあった。
『カラマーゾフの兄弟』は、後半の方は正直よく分からなかった。
いつか再読したい作品だ。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は
最後まで読むことすらできずに挫折した。
前提知識が必要な本ということが分かったので、
プロテスタントについて勉強したり、
解説書などを先に読んでおいた方が良いかもしれない。
今は無理でも、いつかリベンジしたい。
大学で1000冊の本を読む50の方法 その49:将来読みたい、リベンジしたい本を見つける
1年間で読んだ本は約500冊ほどだった。
1年で1000冊読むことはできなかった。
それでも大学生のうちに1000冊読み切ることは十分可能だろう。
これからは読書のペースを落とすつもりだ。
実は1年の講義の単位をいくつか落としてしまったので、
2年では本腰を入れて勉強しないとマズイのだ。
それにアルバイトもしたい。
今までのように読書に全力をかけることはできないだろう。
たくさんの本を読んだことで、
自分の中で何かが変わったような気もするし、
ほとんど変わらなかったような気もする。
冊数に大した意味はない。
そんなことは最初から分かっていた。
でも一区切りがついた。そう思えた気がした。
これから先のことが、何も不安がないといえば嘘になる。
これからの人生に読書が役に立つのだろうか?
それが分かるのは社会人になってからかもしれないし、
10年以上先になってからかもしれない。
読書をしたことは後悔してないし、間違ってなかった。
それだけははっきりしている。
俺はこれからも本を読むことをやめるつもりはない。
「学生時代にアルバイトはしなくていい」
そんなことが書かれていた本のことを思い出した。
その本に従ってアルバイトはほとんどしなかったけれど、
正しかったのかどうかは分からない。
アルバイトを通して得た経験だってすごく大事だと思う。
もちろん、中には時間の無駄としか言いようのないものもあるだろう。
本の内容が常に正しいとは限らないし、
正しいかどうかは人によって違って当たり前だ。
大学で1000冊の本を読む50の方法 その50:ゆっくりでもいいから、一生本を読み続ける
人はなぜ本を読むのか?
その答えは人によって様々だろう。
「知識を得たり教養を深めるため」
「想像力が磨くため」
「語彙力を上げるため」
俺が読書をした理由は「自分を変えるため」だった。
その目標が達成できたかどうかは、正直よく分からない。
でも、少しだけ前進できたことは、疑いようのない真実だ。
「死にたくもないけど、生きたくもない」
そんな気持ちはもう微塵も感じていなかった。
1年前の自分が、すごく遠い存在に感じた。
まだゴールデンウイークだというのに、
夏のエネルギーがすぐそこまで迫って来ているような暑さだった。
昨年上映されたコマコマ先生の映画は大ヒットし、
続編も映画化されることが決定した。
今日は円佳とその映画を観る約束をしていた。
「隆二君、何の本を読んでるの?」
後ろから声をかけられたので、本から目を離して円佳を見つめた。
待ち合わせ時間より少し早めに着いていた俺は、本を読んで待っていた。
「小説だよ」
1年前、教室で円佳に話しかけられた時も、小説を読んでいたんだった。
「今度は何の小説?」
「『ウジマジ』の最新刊だよ」
「あっ私まだ読んでなかった!
いよいよ主人公が創造神に決着をつけるところだよね」
これからのこと、就活のこと、残りの大学生活のこと。
うまくいくかどうかは分からない。
読書経験が役に立つのかどうかなんて分からない。
それでも、読書なんてしなければ良かったと後悔することはない。
それだけは断言できる。
「さて、それじゃあ行こうか」
「うん」
俺は本をバッグにしまい、円佳は日傘を手に取った。
眩しい日差しをくぐり抜けるように、
俺たちは映画館に向かって歩き出した。
(了)