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自己紹介|発信していくこと

はじめまして、つばさといいます。
株式会社Headsというデザイン会社で営業・企画提案や制作の進行管理といったプロジェクトマネジメントをしています。ディレクターというポジションです。僕が担当した制作物をいくつか掲載しておきます。
おぉ、ええやん!って思ってくれると嬉しいです。

株式会社TORIHADA
大矢孝酒造
ドンマイ川端オフィシャルサイト
アシックスラン 東京丸の内

noteを始めたきっかけ

大それた目的があるわけではないのですが、会社のnoteアカウントができたのでその波に乗ろうかなと思い、下記3点のために重いお尻をあげました。

①Headsという会社を知ってもらうコンテンツを作成する
これは営業的な側面というより、同業他社のお友達が欲しいです
誰かお友達になってください

②事実や理論ではない「考え」を発信して、皆さんに価値をつけていただく
実績で価値が決まるデザイン・制作の業界において、あまりやることがないことなので緊張しますね。価値と言っても有料記事とかは考えていないです。単純にスキ(いいね)とかコメントといった反応で価値がつくのかなと思っています。
 
③自分の経験を人様のために
自分の経験なんかが人様のためになるか疑問なのですが、色々幅広い経験をしてきたので、幾分か有益な情報もあると思います。①と②が私の目的であり、③「人様のために」は貴重な時間を私の目的達成に使っていただいているので、何か皆様にお返しできないかと考えたものです。

どんな人向けに価値があるnoteにするのか

細々とやる予定のnoteなので、あまり断言はしたくないんですが…
下記のようなキーワードを意識して記事を書いていこうと思っています。
なんかつまらなさそうですね….

#Webデザイン #デザイナー #Webディレクター #スチール撮影 #動画撮影
#制作会社 #営業 #プロジェクトマネジメント #AI活用 #SNS運用 #海外経験
#英語 #TOEIC # TOEFL #GRE #カリフォルニア #筋トレ #自己成長
#業界未経験からディレクター #業務効率化 #SEO #Webマーケティング
#ブランディング #マーケティング #会社の成長 #鋼のマインド
#チームマネジメント #コーチング #スケジューリング #タスク管理

出典:自分

私がどんな人間なのか

こんなふざけた写真しかなくてすいません…
私がどんな価値を提供できる人間なのかは、ひととなりをサラッとお伝えする必要があるかと思い、サムネイル画像に思いついたことを書いてみました。多分そのインパクトが功を奏して、この記事をご覧いただいているのかなと思います。少し半生を振り返るので、興味のない方はおもっきりスクロールして、飛ばしてください。

ウキウキの学生時代

18歳まで滋賀県で過ごし、大学は早稲田大学のスポーツ科学部へ進学しました。3歳から高校卒業までは器械体操をずっとやっていましたが、毎日理不尽な体罰ばかり+自分の選手としての実力も大したことはなかったので、大学で続けない選択をしました。

至る所で逆立ちをして写真を撮っていたバカで元気な男の子です

大学時代は器械体操から解放されて、遊びほうけていました。ここでHeadsの代表 杉本と知り合います。

同級生が就活をする中、ゼミの先生に誘われて出席したワシントン州シアトル開催のスポーツマネジメントの学会で、「アメリカ進学ありかも…」と、大学院進学へ興味が湧きました。

アメリカのMBAコースへ進学  転落人生の始まり

どうせなら卒業時にCPA(アメリカの税理士免許)が獲得できるビジネスコースに進もうと思い、カリフォルニア州の大学院の経営修士(MBA)をいくつか受験。GPAが大学院によって算出方法が異なったのですが、結構高いスコア(3.6〜3.8/4.0ほど)あったのと、在学中にTOEFL iBT 100/120点以上を獲得していたので少し院試を舐めていました。アメリカの大学院へ進学する皆さん、本当の試練はGREです。G-MATはまだマシです。

お金がない苦学生がリア充を見て卑屈になることで有名なVenice Beach


無事に進学はできたのですが、授業はハードでした。長くなるので色々割愛しますが、寝る間もなくレポートを作ったり、プレゼン後の講評で差別的な扱いを受けたり、お金なくてホームレス大学院生を経験したり。なんやかんや3〜4年過ごしたあたりで、なんとアメリカから出禁を食らってしまいます。

帰国して2秒でホームレス まだ転落する人生。

長くなるので省略しますが、年の瀬のさむーい時期に日本に帰国することになりました。久々の日本だぁーなんて感傷に浸っていたら、迎えに来てくれた姉から「オカンがあんた家に帰ってくんなだって!どうする?」と一言。なんと帰る家がありませんでした。

帰国前に仕事探さないと!と思っていた私は、アメリカにいる間に外資アパレル企業の日本支社 Eコマースの部署の面接を受けるところまで取りつけていたのですが、家がないのでそれどころじゃありません。
新宿 歌舞伎町を彷徨い、大学時代バイトをしていたバーで日雇いバイトをしながら近くのネカフェで寝泊まりの生活です。

日雇い労働から鳶職へ 物理的な転落を経験

再度なんやかんやありまして、技能実習生と呼ばれる出稼ぎに来ているベトナム人の子たちと、共同生活をしながら鳶職をすることになります。厳密には足場鳶と呼ばれるものです。

そしてある日、現場で足場の解体作業中に5階の高さから転落してしまいます。器械体操をやっていた経験がここで活かされ、頭からではなく足から着地、両足の開放骨折と腰椎損傷、胸骨の圧迫骨折で済みました。

お母さんが悲しむ系の怪我です

お医者さんもびっくりの半年という短い入院&リハビリ期間で退院。
入院中にお見舞いに来てくれていた杉本からHeadsへ誘われて、未経験かつまさかの鳶職からデザイン会社へ入社することになりました。

何もわからないディレクター

入社直後に担当した西武新宿駅付近の一画のグラフィックデザイン

デザイン会社では、デザイナーやエンジニアからキャリアアップとしてディレクターになることが普通だと思います。しかし、私はいきなりディレクターとして入社しました。
入社前にUdemyでHTMLやCSS、WordPressとは?デザインに関する知識を勉強したものの、もちろん実務で使い物になるレベルではありません。
Webサイトが多いと言われていたのに、初めての担当案件は新宿の飲食店舗の内外装デザイン….
知識も経験もスキルも全てが追いつかない入社1年目のスタートです。

入社半年になると、日蓮宗大本山 妙顕寺のWebサイトリニューアルの提案、写真やドローン撮影を含めた動画、Webサイト含めた全体のディレクションを経験することになります。

この案件でグッとディレクターとは?というものの解像度、知識と経験が深まった気がしています。

ディレクターとは

すごくざっくりとHeads入社までの流れをまとめてみました。
ディレクションとは文字通り「導く役」です。こんな簡単に説明ができるのに、その役割はとても多種多様です。次回の記事では、なぜ未経験甚だしい鳶職からプロジェクトをディレクションすることができたのか、気を付けていたポイントは何か、どうやって知識やスキルを身につけていったのか、自分の経験を踏まえて、まとめてみようと思います。

ディレクション業に興味がある、未経験の業界に飛び込みたいという方にとっては有益な情報になるかもしれません。
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もしよければ既に公開した記事ものぞいていってみてください。


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