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もうひとつのルビコン川    紀元前46年 ヒスパニア again

「決着はついたようなものだ」
そんな軽口を軍団兵が叩くようにもなった。
紀元前47年の小アジア、エジプトの掃討戦で敵兵力をほぼ無力化したという自負もあろう。

ポンペイウス軍は二人の遺児とラビエヌス率いる軍勢のみである。

ポンペイウスがギリシャに撤退後、カエサル軍が直ちに攻め入ったのはマルセイユであった。
マルセイユの海軍勢力と補給線を叩く戦略である。
続いてエスパニア属州を陥落させた。この時点でポンペイウス勢力の西側の拠点はほぼ殲滅させている。

残るはポンペイウスの二人の遺児と名将ラビエヌスの軍勢である。
さすがにカエサル配下時代は「カエサルの代理人」と称された名将であり、実際にガリア総督の代理も務めた極めて優秀な政治家でもある。
侮れない相手ではあるが、既に実勢はカエサル軍に有利であり、天地人すべての勢いはカエサル側にあった。

それでもラビエヌスの心は折れてはいなかった。

カエサルは無言であった。

「ブルータス、お前に任せた!」とデキウス・ブルータスに一任していた。

なにをかや?ラビエヌスに関する一切の事象である。

相変わらず、使者を通じてであったが、デキウス・ブルータスとラビエヌスの交渉は続いていた。
「どこまで意地を通すつもりなのだろうか....」
デキウス・ブルータスの気持ちには、楽観視する面もあったが、ラビエヌスの頑なさに次第に焦りも感じていた。

そのじわじわとした不安感が確信に変わったのは捕虜交換の交渉時であった。

ラビエヌスが捕虜交換に応じないばかりか、捕虜を自らの手で切り殺したというのだ。

交渉の使者は急ぎ逃げ帰ってきた。
詳細を知ったのは、デキウス・ブルータスが独自に送り込んだガリア人の密偵の報告からだった。
通常は伝令を通じてやり取りをしていたが、今回は直接、デキウスの元に訪れた。
否、訪れたのではなく、逃げ帰ったという方が正しいのかもしれない。

それほどラビエヌスは鬼気迫ったものを感じさせたのである。

「それでもユリウス・カエサルの兵士か!」
そう言い放つとラビエヌスは剣を振り下ろした。
交渉の使者の顔面は蒼白になった。二三歩退くとそのまま逃げるように陣幕を後にした。
血塗られた剣を地面におろしながら、ラビエヌスは無言であったという。
他の兵士も幕僚も一切声をかけられなかったという。
ガリア人密偵も伝令役の一部を残し、撤退してきたという......。

デキウスはラビエヌスの覚悟を悟った。

最後は死をもって決着をつけるだろうことを。

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