パズルのピース #1 蘇った記憶
性虐待の記憶
初めて記憶と感情の統合を体験した時に蘇ったのは、高校二年生のとき、起き上がれなくなって不登校になった頃の出来事だった。
治療中に浮かんできた場面は、決定的な事実を表していた。
それは、父親からレイプされている場面だった。
当時はレイプという表現を使うことに後ろめたさを感じていた。
なぜなら、父親はその行為を「私を治してあげるための治療」だと言っていたから。
本当にそう信じていたのか、自分を正当化するためだったのか、その両方が混在するような独特な妄想の世界の中を生きているような人だった。
私はある日、起き上がる気力がもう湧かなくなってしまったことを感じて、全てが終わったと悟った。
ここで力を抜いてしまったら、得体の知れない何かに追いつかれてしまう。つかまってしまう。
漠然とそう感じていた。
それまで毎日、何とか布団から体を引きはがすように気力を振り絞って起き上がっては、何もないかのように学校に通い続けていたけれど、それがもう、できなくなってしまった。
終わった。
身体が生きる機能を停止したように感じた。
私は布団の上に寝たまま、焦点の合わない目で宙を見ているだけになった。
何も食べず飲まず反応しなくなった。
それがどれぐらい続いたのか思い出せないけれど、身体はガリガリに痩せていた。
私はただ身体が死ぬのを待っていた。
父、姉、母が代わる代わる何かを話しかけていたようだった。
私は遠くでその気配を感じながらも、何を話されているのかわからなかった。
ただずっと宙を見ながら、死を待っていた。
「死にたい」とだけ口に出したのかもしれない。
その後、両親が大騒ぎしながら話していたことは、要約すれば世間体のことだけだった。
私はぼんやりと、ああやっぱりと思っていた。
私がなぜ死にたいほど苦しんでいるかには興味がないのだ、と。
学校でいじめられているのか?とか、勉強についていけないからか?とか、全く的外れなことばかりを問いかけてくる父に対して、この人は本気でそう思っているのか?自分のしていることが私を苦しめている自覚がないのか?と信じられない気持ちになると同時に、何を言っても話は通じないだろうと悟った。
記憶の細部
私は何も話さないまま宙を見ていた。
そんなある日、布団の中に父親が入ってきた。
ガリガリに痩せた私の胸をさすりながら「こんなに痩せちゃって」と心配する風を装いながら、体中を触り始めた。
この人はこんな状態になってまで、こんなことをするのだと、ぼんやりと思いながら、私は全身に虫唾が走るような嫌悪を感じながらも、反応する気力が湧かないまま、ただ宙を見ていた。
すると父親は、自分は何でも治せる神だと言いながら、治してやると言った。
またわけのわからないいつもの妄想が始まった。
いつもと違うのは「ズボンを脱げ」と言われたこと。
私は変わらず反応しないまま宙を見ていた。
「脱がされたいのか、そういう趣味なのか」と笑いながら言われて、物凄い怒りが湧いた。
脱がされることの屈辱が思い浮かぶと、自らズボンを脱いだ。
なぜ二択を選択しなければならないと思い込んでいたのか、なぜそんな命令に従ったのか、そのことが後々に何年も私を苦しめ続けた。
今の私が振り返れば、その後に何をされるかは簡単に想像がつくけれど、その時の私は何もわかっていなかった。
ロボットのように命令に従ってズボンを脱いだあともただ宙を見ていた。
そんな私を見て父親は「ついにこの時が来た」と高揚しながらつぶやいた。
私は、何がこの時?と、その言葉の意味がわからなかったけれど、その後にやられたことに深く絶望した。
この人は、母親に比べて安全だと思っていたけれど、この人もダメだったと絶望した。
この苦痛で私はこのまま死ねるかもしれないと祈り続けた。
でも行為が終わっても私は生きていた。
死ねなかった。
死ねなかったということは、そんな苦痛は大したことがないことなのに、大げさに死にたいなんて甘えているだけだという思考によって、祈りは粉々に砕けてしまった。
あまりの出来事に茫然として宙を見ていると、今度は「もっとやってほしいから、そうやって寝ているのか」と笑いながら言われた。
私は、はらわたが煮えくり返るような怒りとともに起き上がり、体を洗った。
その様子を父親はニヤニヤと見ていた。
私はもう何も感じなくなっていた。
とにかくここから脱出しなければ、と静かな闘志と決意とともに知らない誰かが勝手に生き始めた。
(つづく)
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