彼女とシンガポールへ旅行したら現地に置き去りにされて死を覚悟した件
私の彼女は変人だ。なんせ自分と結婚の約束をしてくれたのだから。
今から話すのは、そんな彼女の変人エピソードについてである。
前提から話すと、私の彼女はTwitter婚活で出会った一人である。
元カノに振られてた後に失意のどん底でTwitter上に自分のプロフィールを書いたら、連絡をくれた一人だ。
最初は全然連絡が来なかったが、私は諦めが悪かったので、しつこく婚活ツイートをしていたら、ありがたいことに何人か連絡をくれた。
みんな掛け値なしに本当に良い方ばかりだったが「そこそこ変わっている自分には変わっている相手がいいのではないか」と考え、最初の通話で「いぐぞー」という自分のハンドルネームの言語学的特異性について、30分話しているくらいの変人だった今の彼女にしようと決めた。
彼女は行動的であり、予定もテキパキと提案してくれる。
今回のシンガポール旅行も彼女からの提案だった。
シンガポールへの到着
実際、現地に行ったら驚いた。
彼女が常人の3倍速くらいで動く。歩行速度からして違う。
とにかく、シャキシャキと動く。「これについて行けるのか」と思ったが、なんとかついて行った。
一応、言っておくと、自分はのんびりした人種なので、旅行でも「ゆっくり回ればいいかー」といった性格だ。
別にスケジュール通りに観光地を回れなくても、それはそれで旅行らしくて良いじゃないかという立場である。
今思うと、それが甘かったのかもしれない。
シンガポールの各所を回り、それなりに旅行を楽しんでいた。
事件があったのは、その直後である。
その時歴史が動いた
「あれ……充電が……」
色々な場所を回っているうちに、iPhoneのバッテリーが切れそうになったのだ。
モバイルバッテリーを持っていたので大丈夫だと思っていたが、モバイルバッテリーの充電も空だった。ホテルで充電しそこねたのだ。
「悪いけど……モバイルバッテリー持ってるかな?」と彼女に聞く。
彼女はモバイルバッテリーを取り出すが、USBのType-Cしか充電できないタイプで自分のLightningケーブルしか対応していないiPhoneは充電できないようだった。
彼女は言ってのける。
「いい? あなたには二通りの選択肢しかない。このままホテルに戻るか。クソジジイモードとしてやっていくか」
俺「ク……クソジジイモード??」
彼女「あなたはITしか取り柄がない。そんな唯一のメリットすらなくした今の状態はクソジジイそのもの。クソジジイとして私の後を黙って着いてくしかないの」
俺「わ……わかった。今からクソジジイモードになるよ」
そうして彼女の後をクソジジイとしてついていく俺。
彼女がいかにもアジアの繁華街といった感じの電気街の雑居ビルの中にある怪しげな電気店を探してきて、Type-CからLightningの変換アダプターを買った。
おかげで彼女のモバイルバッテリーを借りて、自分のiPhoneを充電させてもらうことができた。
俺「ありがとう。助かったよ」
彼女「……」
スタスタと先に行く彼女。
いくら察しの悪い自分でも「怒らせちゃったかな……??」と思った。
駄目だ。相手が何を考えているのか分からない。怒っているのか。呆れているのか。謝ればいいのかもしれないが、何を謝ればいいのかも分からない。
情けないことに、自分は昔からこんな調子なのだ。
こんな自分に、よくも呆れずに付き合ってくれるものだと思う。
事件はマーライオンを撮っていた時に起きた
「シンガポールに来たんだからマーライオンは見たいよね」という話は事前にしており、マーライオンのあるマーライオン公園に来ていた。
「せっかくシンガポールに来たんだから撮るか」とマーライオンの写真を撮った。
「残念スポットだと聞いてたけど結構大きいなー」
「いやーシンガポールに来た甲斐があるものだなー」と呑気に構えていた。
ふと横を見ると、彼女がいない。
「あれ??」
しばらく周りを探しても見つからないので「あちゃー見失ったな」と感じた。LINEを開き、彼女に「今どこにいるの?」と聞く。
近くにあるスターバックスのGoogleマップのURLを送られる俺。
それ以外、何のメッセージも書いていない。
なにか嫌な予感がする。鈍感な自分でさえ感じるものがあった。
その予感は的中し、スターバックスに行っても彼女の姿は見えない
「今どこにいるの?」と再びLINEで聞いてみる。
新しいGoogleマップのURLが送られたので「向かうよ」と返信した。
案の定、そこに行っても彼女はいなかった。
それ以降、返信のないLINE。
10月でもシンガポールは暑い。額に違う類の汗が流れた気がした。
忌まわしき過去のトラウマ
前述の通り、自分の過去には唐突に彼女にLINEブロックされたトラウマがある。
「とうとう愛想を尽かされて見捨てられたか……」と悟った瞬間、それまでなまっていた脳が人生で一番のフル回転で動き出した。
「えーっと……今は彼女に振られた前提で考えよう。まず最悪の事態を想定する。それはシンガポールに置き去りになることだ。帰りの便が0:45発だから。最悪、間に合わないことを考えよう。明日にネットで航空便の予約を取れば良い。クレジットカードはあるからスマートフォンさえ充電すればホテルは宿泊できる。問題はバッテリーだ。充電は周りと英語で交渉して……iPhoneのバッテリー残量は11%ほど。Grab(配車サービスUberの東南アジア版)で、ホテルに行けば間に合う」
ここまで0.3秒。
この時ばかりは『HUNTER×HUNTER』か『DEATH NOTE』の登場人物並みの速度で思考していたと思う。
しばらくして「俺、また捨てられたのかな……」としんみりする。
「それもシンガポールのど真ん中で……そりゃあないよ……」
「甘かった。俺はこのまま一人で死ぬのかな……」
もはや泣きたいというよりかは喪失感の方が大きい。
何年もかかって頑張って作り上げた砂の城を壊されて、また作り直しを命じられた気分。
「こうなると婚活もやり直しかな」「果たしてこんな自分に結婚相手なんて見つかるんだろうか……」
「シンガポールなんて来なきゃ良かった」「いやでも遅かれ早かれこうなっていた運命かな……」
様々な思いが頭の中で駆け巡る。
自分は、シンガポールのど真ん中で絶望した。
一筋の光明
LINEがブロックされているかもしれないが、彼女に「駄目だバッテリー終わりそう」と駄目元で送る。
「じゃあホテルいて」との返信があった。一筋の光明が見えた。
ホテルに帰ってきて1時間くらいだろうか。
彼女が帰ってきた。あっけらかんとしてる。どうやら一緒に帰る気ではあるみたいだ。
複雑な感情を消化しきれない俺。とりあえず一緒に空港に行くことにした。
帰りの空港でのディベート大会
普段は人に怒らない性格の自分だが、さすがにこれは理不尽だとシンガポールのチャンギ空港で怒る俺。
彼女は「だって現にここに来れたでしょ?」と平然な態度をしている。
俺「……」
俺「いやいや……なんで置いていったの……!?」
彼女「私が意図的に置いて行ったわけではなくあなたが勝手に迷子になっただけ。それに対して私はホテルで落ち合おうと提案もした。未成年じゃないんだから、私が分け与えた非常用電源を使ってマーライオンを撮影していたら迷子になっていたような身勝手な自業自得おじさんを、人ごみの中に引き返して迎えに行く保護責任はない」
俺「……でも自分がシンガポールに置いていかれたのかと途方にくれてたよ」
彼女「それはあなたの被害妄想でしょ」
俺「まあ……それはそうだけど……」
俺「それにしても海外で置いていくのは酷いよ。死ぬかと思った」
彼女「シンガポールの中心地くらいじゃ死なない。ここがアフリカならもっと慎重に考える」
俺「いや、そういう問題じゃなくない?」
俺「優しさはないの?」
彼女「バッテリー切れジジイの非常用電源の確保に奔走する、空港や街中より難易度の低いホテルで合流してあげる、それも割とすぐ来る……私には優しさしかない」
「ああ言えばこう言う」という言葉が頭によぎった。
彼女は生粋のアメリカ育ちだ。さすがはディベートの本場で育っただけあって、やたらと弁が立つ。駄目だ。分が悪すぎる。
1時間くらいだろうか。
そこには最終的に論争に負け「全責任は自分にあります……」という結論に至った自分がいた。いや、なんでだよ。
帰りの飛行機では、ずっと今回の件を考えていた。
間違いない。俺の彼女は変人だ。
変人にも程がある。
「ま、彼女が変人でもないと、あの時に選んでいなかったな」と自分を納得させた頃、飛行機は定刻通り、成田空港に到着した。
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