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養生訓 巻第三 飲食上


 人の身は元氣を天地にうけて生ずれ共、飲食の養なければ、元氣うゑて命をたもちがたし。
元氣は生命の本也。
飲食は生命の養也。
此故に、飲食の養は人生日用専一の補にて、半日もかきがたし。
然れ共、飲食は人の大欲にして、口腹の好む処也。
其このめるにまかせ、ほしいまゝにすれば、節に過て必脾胃をやぶり、諸病を生じ、命を失なう。
五臓の初て生ずるは、腎を以本とす。
生じて後は脾胃を以五臓の本とす。
飲食すれば、脾胃まづ是をうけて消化し、其精液を臓腑におくる。
臓腑の脾胃の養をうける事、草木の土氣によりて生長するが如し。
是を以養生の道は先脾胃を調るを要とす。
脾胃を調るは人身第一の保養也。
古人も飲食を節にして、その身を養うといえり。


 人生日々に飲食せざる事なし。
常につゝしみて欲をこらえざれば、過やすくして病を生ず。
古人「禍は口よりいで、病は口より入」といえり。
口の出しいれ常に慎むべし。


 論語、郷党篇に記せし聖人の飲食の法、是養生の要なり。
聖人の疾を慎み給う事かくの如し。
法とすべし。


 飯はよく熱して、中心まで和らかなるべし。
かたくねばきをいむ。
煖なるに宜し。
羮は熱きに宜し。
酒は夏月も温なるべし。
冷飲は脾胃をやぶる。
冬月も熱飲すべからず。
氣を上せ、血液をへらす。


 飯を炊く法多し。
たきぼしは壮実なる人に宜し。
うたたいいいは積聚氣滞ある人に宜し。
湯取飯は脾胃虚弱の人に宜し。
粘りて糊の如くなるは滞塞す。
硬きは消化しがたし。
新穀の飯は性つよくして虚人はあしゝ。
殊に早稲は氣を動かす。
病人にいむ。
晩稲は性かるくしてよし。


 凡の食、淡薄なる物を好むべし。
肥濃・油膩の物多く食うべからず。
生冷・堅硬なる物を禁ずべし。
あつ物、只一によろし。
肉も一品なるべし。
さいは一二品に止まるべし。
肉を二かさぬべからず。
又、肉多くくらうべからず。
生肉をつゞけて食うべからず。
滞りやすし。
羹に肉あらば、さいには肉なきが宜し。


 飲食は飢渇をやめんためなれば、飢渇だにやみなば其上にむさぼらず、ほしいままにすべからず。
飲食の欲を恣にする人は義理をわする。
是を口腹の人と云いやしむべし。
食過たるとて、薬を用いて消化すれば、胃氣、薬力のつよきにうたれて、生発の和氣をそこなう。
おしむべし。
食飲する時、思案し、こらえて節にすべし。
心に好み、口に快き物にあわば、先心に戒めて、節に過ん事をおそれて、恣にすべからず。
心のちからを用いざれば、欲にかちがたし。
欲にかつには剛を以すべし。
病を畏るるには怯かるべし。
つたなきとは臆病なるをいえり。


 珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。
十分に飽き満るは後の禍あり。
少しの間、欲をこらゆれば後の禍なし。
少のみくいて味のよきをしれば、多くのみくいてあきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。
万のみくいて味のよきをしれば、多くのみくいて、あきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。
万に事十分にいたれば、必わざわいとなる。
飲食尤満意をいむべし。
又、初に慎めば必後の禍なし。


 五味偏勝とは一味を多く食過すを云。
甘き物多ければ、腹張りいたむ。
辛き物過れば、氣上りて氣へり、瘡を生じ、眼あしゝ。
鹹き物多ければ血かわき、のどかわき、湯水多くのめば湿を生じ、脾胃をやぶる。
苦き物多ければ脾胃の生氣を損ず。
酸き物多ければ氣ちゞまる。
五味をそなえて、少づゝ食えば病生ぜず。
諸肉も諸菜も同じ物をつゞけて食すれば、滞りて害あり。


 食は身をやしなう物なり。
身を養う物を以、かえって身をそこなうべからず。
故に、凡食物は性よくして、身をやしなうに益ある物をつねにゑらんで食うべし。
益なくして損ある物、味よしとてもくらうべからず。
温補して氣をふさがざる物は益あり。
生冷にして瀉下し、氣をふさぎ、腹はる物、辛くして熱ある物、皆損あり。

十一
 飯はよく人をやしない、又よく人を害す。
故に飯はことに多食すべからず。
常に食して宜しき分量を定むべし。
飯を多くくらえば、脾胃をやぶり、元氣をふさぐ。
他の食の過たるより、飯の過たるは消化しがたくして大いに害あり。
客となりて、あるじ心を用いてもうけたる品味を、箸を下さゞれば、主人の盛意を空しくするも快からずと思わば、飯を常の時より半減してさいの品味を少づゝ食すべし。
此の如くすればさい多けれど食にやぶられず。
飯を常の如く食して、又魚鳥などの、さい数品多くくらえば必やぶらる。
飯後に又茶菓子ともち・餌などくらい、或後段とて麪類など食すれば、飽満して氣をふさぎ、食にやぶられる。
是常の分量に過れば也。
茶菓子・後段は分外の食なり。
少食して可也。
過すべからず。
もし食後に小食せんとおもわば、かねて飯を減ずべし。

十二
 飲食の人は、人これをいやしむ。
其小を養って大をわすれるがためなりと、孟子ののたまえるごとく、口腹の欲にいかれて道理をわすれ、只のみくい、あきみちん事をこのみて、腹はりいたみ、病となり、酒によって乱に及ぶは、むけにいやしむべし。

十三
 夜食する人は、暮て後、早く食すべし。
深更にいたりて食すべからず。
酒食の氣よくめぐり、消化して後ふすべし。
消化せざる内に早くふせば病となる。
夜食せざる人も、晩食の後、早くふすべからず。
早くふせば食氣とどこおり、病となる。
凡夜は身をうごかす時にあらず。
飲食の養を用いず、少うゑても害なし。
もしやむ事を得ずして夜食すとも、早くして少きに宜し。
夜酒はのむべからず。
若のむとも、早くして少のむべし。

十四
 俗のことばに、食をひかえすごせば、養たらずして、やせおとろうと云。
是養生知不人の言也。
欲多きは人のうまれ付なれば、ひかえ過すと思うがよきほどなるべし。

十五
 好る物にあい、飢えたる時にあたり、味すぐれて珍味なる食にあい、其品おおく前につらなるとも、よきほどのかぎりの外は、かたくつゝしみて其節にすぎるべからず。
さい多く食うべからず。
魚鳥などの味の濃く、あぶら有て重き物、夕食にあしし。
菜類も薯蕷、胡蘿蔔、菘菜、芋根、慈姑などの如き、滞りやすく、氣をふさぐ物、晩食に多く食うべからず。
食わざるは尤よし。

十六
 飯のすゑり、魚のあざれ、肉のやぶれたる、色のあしき物、臭のあしき物、にえばなをうしなえる物くらわず。
朝夕の食事にあらずんばくらうべからず。
又、早くしていまだ熟せず、或いまだ生ぜざる物根をほりとりてめだちをくらうの類、又、時過ぎてさかりを失える物、皆、時ならざる物也。
くらうべからず。
是れ、論語にのする処、聖人の食し給わざる物なり。
聖人身を慎み給う、養生の一事なり。
法とすべし。
又、肉は多けれども、飯の氣にかたしめずといえり。
肉を多く食うべからず。
食は飯を本とす。
何の食も飯より多かるべからず。

十七
 飲食の内、飯は飽ざれば飢を助けず。
あつものは飯を和せんためなり。
肉はあかずしても不足なし。
少くらって食をすゝめ、氣を養うべし。
菜は穀肉の足らざるを助けて消化しやすし。
皆その食すべき理あり。
然共多かるべからず。

十八
 人身は元氣を本とす。
穀の養によりて、元氣生々してやまず。
穀肉を以元氣を助くべし。
穀肉を過して元氣をそこなうべからず。
元氣穀肉にかてば寿し。
穀肉元氣に勝てば夭し。
又古人の言に穀はかつべし。
肉は穀にかたしむべからずといえり。

十九
 脾胃虚弱の人、殊老人は飲食にやぶられやすし。
味よき飲食にむかわば忍ぶべし。
節に過べからず。
心よわきは慾にかちがたし。
心つよくして慾にかつべし。

二十
 交友と同じく食する時、美饌にむかえば食過やすし。
飲食十分に満足するは禍の基なり。
花は半開に見、酒は微酔にのむといえるが如くすべし。
興に乗じて戒を忘るべからず。
慾を恣にすれば禍となる。
楽の極まれるは悲の基なり。

二十一
 一切の宿疾を発する物をば、しるして置きてくらうべからず。
宿疾とは持病也。
即時に害ある物あり。
時をへて害ある物あり。
即時に傷なしとて食うべからず。

二十二
 食傷の病あらば、飲食をたつべし。
或食をつねの半減し、三分の二減ずべし。
食傷の時はやく温湯に浴すべし。
魚鳥の肉、魚鳥のひしお、生菜、油膩の物、ねばき物、こわき物、もちだんご、つくり菓子、生菓子などくらうべからず。

二十三
 朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず。
点心などくらうべからず。
昼食いまだ消化せずんば、夜食すべからず。
前夜の宿食、猶滞らば、翌朝食すべからず。
或半減し、酒肉をたつべし。
およそ食傷を治する事、飲食をせざるほかわなし。
飲食をたてば、軽症は薬を用ずしていゆ。
養生の道しらぬ人、殊に婦人は智なくして食滞の病にも早く食をすすめる故、病おもくなる。
ねばき米湯など殊に害となる。
みだりにすすめるべからず。
病症により、殊に食傷の病人は、一両日食せずしても害なし。
邪氣とゞこおりて腹みつる故なり。

二十四
 煮過してにえばなを失なえる物と、いまだ、煮熟せざる物くらうべからず。
魚を煮るに煮えざるわあしゝ。
煮過してにえばなを失なえるは味なく、つかえやすし。
よき程の節あり。
魚を蒸たるは久しくむしても、にえばなをうしなわず。
魚をにるに水おおきは味なし。
此事、李笠翁が閑情寓寄にいえり。

二十五
 聖人其醤を得ざればくい給わず。
是養生の道也。
醤とはひしおにあらず、其物にくわえるあわせ物なり。
今こゝにていわば、塩、酒、醤油、酢、蓼、生薑、わさい、胡椒、芥子、山椒など、各其食物に宜しき加え物あり。
これをくわえるは其毒を制する也。
只、其の味のそなわりてよからん事をこのむにあらず。

二十六
 飲食の慾は朝夕におこる故、貧賤なる人もあやまり多し。
況富貴の人は美味多き故、やぶられやすし。
殊に慎むべし。
中年以後、元氣減りて、男女の色欲はようやく衰ども、飲食の慾はやまず。
老人は脾氣よわし。
故に飲食にやぶられやすし。
老人のにわかに病をうけて死するは、多くは食傷也。
つゝしむべし。

二十七
 諸の食物、皆あたらしき生氣ある物をくらうべし。
ふるくして臭あしく、色も味もかわりたる物、皆氣をふさぎて、とゞこおりやすし。
くらうべからず。

二十八
 好る物は脾胃のこのむ所なれば補となる。
李笠翁も本姓甚すける物は、薬にあつべしといえり。
尤此理あり。
されどすけるまゝに多食すれば、必やぶられ、好まざる物を少くらうにおとる。
好む物を少食わば益あるべし。

二十九
 清き物、こうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食うべし。
益ありて損なし。
是に反する物食うべからず。
此事もろこしの食にも見えたり。

三十
 衰弱虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少づゝ食うべし。
参ぎの補にまされり。
性よき生魚を烹炙よくすべし。
塩つけて一両日過たる尤よし。
久しければ味よからず。
且滞りやすし。
生魚の肉みそにつけたるを炙煮て食うもよし。
夏月は久しくたもたず。

三十一
 脾虚の人は生魚をあぶりて食するに宜し。
煮たるよりつかえず。
小魚は煮て食するに宜し。
大なる生魚はあぶりて食い、或煎酒を熱くして、生薑わさびなどを加え、浸し食すれば害なし。

三十二
 大魚は小魚より油多くつかえやすし。
脾虚の人は多食すべからず。
薄く切て食えばつかえず。
大なる鯉・鮒、大に切、或全身を煮たるは、氣をふさぐ。
うすく切べし。
蘿蔔、胡蘿蔔、南瓜、菘菜なども、大に厚く切て煮たるは、つかえやすく、薄く切て煮るべし。

三十三
 生魚、味をよく調えて食すれば、生氣ある故、早く消化しやすくしてつかえず。
煮過し、又は、ほして油多き肉、或塩につけて久しき肉は、皆生氣なき隠物なり。
滞やすし。
此理をしらで生魚より塩蔵をよしとすべからず。

三十四
 甚腥く脂多き魚食うべからず。
魚のわたは油多し。
食べからず。
塩辛ことにつかえやすし。
痰を生ず。

三十五
 さし身、鱠は人により斟酌すべし。
酢過たるをいむ。
虚冷の人はあたゝめ食うべし。
鮓は老人・病人食うべからず、消化しがたし。
殊に未熟の時、又熟し過て日をすぎたる、食うべからず。
えいの鮓毒あり。
うなぎの鮓消化しがたし。
皆食うべからず。
大なる鳥の皮、魚の皮のあつきは、かたくして油多し。
食うべからず。
消しがたし。

三十六
 諸獣の肉は、日本の人、腸胃薄弱なる故に宜しからず。
多く食うべからず。
烏賊・章魚など多く食うべからず。
消化しがたし。
鶏子・鴨子、丸ながら煮たるは氣をふさぐ。
うはうはと俗の称するはよし。
肉も菜も大に切たる物、又、丸ながら煮たるは、皆氣をふさぎてつかえやすし。

三十七
 生魚あざらけきに塩を淡くつけ、日にほし、一両日過て少あぶり、うすく切て酒にひたし食う。
脾に妨なし。
久しきは滞りやすし。

三十八
 味噌、性和にして脾胃を補なう。
たまりと醤油はみそより性するとなり。
泄瀉する人に宜しからず。
酢は多く食うべからず。
脾胃に宜しからず。
然れども積聚ある人は小食してよし。
げん醋を多く食うべからず。

三十九
 脾胃虚して生菜をいむ人は、乾菜を煮食うべし。
冬月蘿蔔をうすく切りて生ながら日に乾す。
蓮根、牛蒡、薯蕷、うどの根、いづれもうすく切りてほす。
椎蕈、松露、石茸、もほしたるがよし。
松蕈塩漬よし。
壷廬切て塩に一夜つけ、おしをかけ置てほしたるがよし。
瓠畜もよし。
白芋の茎熱湯をかけ日にほす。
是皆虚人の食するに宜し。
枸杞、五加、いゆ、菊、蘿摩、鼓子花葉など、わか葉をむし、煮てほしたるをあつ物とし、味噌にてあえ物とす。
菊花は生にてほす。
皆虚人に宜し。
老葉はこはし。
海菜は冷性也。
老人・虚人に宜しからず。
昆布多く食えば氣をふさぐ。

四十
 食物の氣味、わが心にかなはざる物は、養とならず。
かえって害となる。
たとえ我がために、むつかしくこしらえたる食なりとも、心にかなわずして、害となるべき物は食うべからず。
又、其味は心にかなえり共、前食いまだ消化せずして、食う事を好まずば食すべからず。
わざととゝのえて出来たる物をくらはざるも、快からずとて食うはあしゝ。
別に使令する家僕などにあたえて食べさせれば、我が食せずしても快し。
他人の饗席にありても、心かなはざる物くらうべからず。
又、味心にかなえりとて、多く食うは尤あしゝ。

四十一
 凡食飲をひかえこらゆる事久き間にあらず。
飲食する時須臾の間、欲を忍ぶにあり。
又、分量は多きにあらず。
飯は只二三口、さいは只一二片、少の欲をこらゑて食せざれば害なし。
酒も亦しかり。
多飲の人も少こらえて、酔過さゞれば害なし。

四十二
 脾胃のこのむと、きらう物をしりて、好む物を食し、きらう物を食すべからず。
脾胃の好む物は何ぞや。
あたたかなる物、やわらかなる物、よく熟したる物、ねばりなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香よき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、是皆、脾胃の好む物なり。
是れ、脾胃の養となる。
くらうべし。

四十三
 脾胃のきらう物は生しき物、こはき物、ねばる物、けがらはしく清からざる物、くさき物、煮ていまだ熟せざる物、煮過してにえばなを失える物、煮て久しくなるもの、菓のいまだ熟せざる物、ふるくして正味を失える物、五味の偏なる物、あぶら多くして味おもきもの、是皆、脾胃のきらう物也。
是をくらえば脾胃を損ず。
食うべからず。

四十四
 酒食を過し、或は時ならずして飲食し、生冷の物、性あしく病をおこす物をくいて、しばしば泄瀉すれば、必胃の氣へる。
久しくかさなりては、元氣衰えて短命なり。
つゝしむべし。

四十五
 塩と酢と辛き物と、此三味を多く食うべからず。
此三味を多くくらい、渇きて湯を多くのめば、湿を生じ、脾をやぶる。
湯・茶・羹多くのむべからず。
右の三味をくらって大にかわかば、葛の粉か天花粉を熱湯にたてゝ、のんで渇をとゞむべし。
多く湯をのむ事をやめんがためなり。
葛などのねば湯は氣をふさぐ。

四十六
 酒食の後、酔飽せば、天を仰で酒食の氣をはくべし。
手を以面及腹・腰をなで、食氣をめぐらすべし。

四十七
 わかき人は食後に弓を射、鎗、太刀を習い、身をうごかし、歩行すべし。
労動を過すべからず。
老人も其氣体に応じ、少労動すべし。
案によりかゝり、一処に久しく安坐すべからず。
氣血を滞らしめ、飲食消化しがたし。

四十八
 脾胃虚弱の人、老人などは、もち・だんご、饅頭などの類、堅くして冷たる物くらうべからず。
消化しがたし。
つくりたる菓子、生菓子の類くらう事斟酌すべし。
おりにより、人によりて甚害あり。
晩食の後、殊にいむべし。

四十九
 古人、寒月朝ごとに、性平和なる薬酒を少のむべし。
立春以後はやむべしといえり。
人により宜しかるべし。
焼酒にてかもしたる薬酒は用ゆべからず。

五十
 肉は一臠を食し、菓は一顆を食しても、味をしる事は肉十臠を食し、菓百顆を食したると同じ。
多くくいて胃をやぶらんより、少くいて其味をしり、身に害なきがまされり。

五十一
 水は清く甘きを好むべし。
清からざると味あしきとは用ゆべからず。
郷土の水の味によって、人の性かわる理なれば、水は尤ゑらぶべし。
又悪水のもり入たる水、のむべからず。
薬と茶を煎ずる水、尤よきをゑらぶべし。

五十二
 天よりすぐに下る雨水は性よし、毒なし。
器にうけて薬と茶を煎ずるによし。
雪水は尤よし。
屋漏の水、大毒あり。
たまり水はのむべからず。
たまり水の地をもり来る水ものむべからず。
井のあたりに、汚濁のたまり水あらしむべからず。
地をもり通りて井に入る甚いむべし。

五十三
 湯は熱きをさまして、よき比の時のむわよし。
半沸きの湯をのめば腹はる。

五十四
 食すくなければ、脾胃の中に空処ありて、元氣めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養となる。
是を以病すくなくして身つよくなる。
もし食多くして腹中にみつれば、元氣のめぐるえき道をふさぎ、すき間なくして食消せず。
是を以のみくう物、身の養とならず、滞りて元氣の道をふさぎ、めぐらずして病となる。
甚しければもだえて死す。
是食過て腹にみち、氣ふさがりて、めぐらざる故也。
食後に病おこり、或頓死するは此故也。
凡大酒・大食する人は、必短命なり。
早くやむべし。
かえすがえす老人は腸胃よわき故に、飲食にやぶられやすし。
多く飲食すべからず。
おそるべし。

五十五
 およそ人の食後に俄にわづらいて死ぬるは、多くは飲食の過て、飽満し、氣をふさげばなり。
初生薑に塩を少し加えてせんじ、多く飲みて多く吐くべし。
其後食滞を消し、氣をめぐらす薬を与べし。
卒中風として、蘇合円・延齢丹など与るべからず。
あしゝ。
又少にても食物を早く与るべからず。
殊ねばき米湯など、与るべからず。
氣弥塞りて死す。
一両日は食をあたえずしてよし。
此病は食傷なり。
世人多くはあやまりて卒中風とす。
その治応ぜず。

五十六
 うえて食し、かはきて飲むに、飢渇にまかせて、一時に多く飲食すれば、飽満して脾胃をやぶり、元氣をそこなう。
飢渇の時慎むべし。
又飲食いまだ消化せざるに、又かさねて早く飲食すれば、滞りて害となる。
よく消化して後、飲食を好む時のみ食うべし。
如此すれば、飲食皆養となる。

五十七
 四時老幼ともに、あたたかなる物くらうべし。
殊に夏月は伏陰内にあり。
わかく盛なる人も、あたたかなる物くらうべし。
生冷を食すべからず。
滞やすく泄瀉しやすし。
冷水多く飲むべからず。

五十八
 夏月、瓜菓・生菜多く食い、冷麪をしばしば食し、冷水を多く飲めば、秋必瘧痢を病む。
凡病は故なくしてわおこらず。
かねてつゝしむべし。

五十九
 食後に湯茶を以口を数度すゝぐべし。
口中清く、牙歯にはさまれる物脱し去る。
牙杖にてさす事を用いず。
夜は温なる塩茶を以口をすゝぐべし。
牙歯堅固になる。
口をすゝぐには中下の茶を用ゆべし。
是れ、東坡が説なり。

六十
 人、他郷にゆきて、水土かわりて、水土に服せず、わづらう事あり。
先豆腐を食すれば脾胃調やすし。
是れ、時珍が食物本草の注に見えたり。

六十一
 山中の人、肉食ともしくて、病すくなく命長し。
海辺、魚肉多き里にすむ人は、病多くして命短し、と千金方にいえり。

六十二
 朝早く、粥を温に、やわらかにして食えば、腸胃をやしない、身をあたため、津液を生ず。
寒月尤よし。
是、張来が説也。

六十三
 生薑、胡椒、山椒、蓼、紫蘇、生蘿蔔、生葱など、食の香氣を助け、悪臭を去り、魚毒を去り、食氣をめぐらすために、其食品に相宜しからき物を、少づゝ加えて毒を殺すべし。
多く食すべからず。
辛き物多ければ氣をへらし、上升し、血液をかわかす。

六十四
 朝夕飯を食するごとに、初一椀は羹ばかり食して、さいを食せざれば、飯の正味をよく知りて、飯の味よし。
後に五味のさいを食して、氣を養なうべし。
初よりさいをまじえて食えば、飯の正味を失なう。
後にさいを食えば、さい多からずしてたりやすし。
是身を養うによろしくて、又貧に処るによろし。
魚鳥・蔬菜のさいを多く食わずして、飯の味のよき事を知るべし。
菜肉多くくらえば、飯のよき味はしらず。
貧民はさい肉ともしくして、飯と羹ばかり食う故に、飯の味よく食滞の害なし。

六十五
 臥にのぞんで食滞り、痰ふさがらば、少消導の薬をのむべし。
夜臥して痰のどにふさがるはおそるべし。

六十六
 日短き時、昼の間、点心食うべからず。
日永き時も、昼は多食わざるが宜し。

六十七
 晩食は朝食より少くすべし。
さい肉も少きに宜し。

六十八
 一切の煮たる物、よく熱して柔なるを食うべし。
こはき物、未熟物、煮過してにえばなを失える物、心にかなはざる物、食うべからず。

六十九
 我が家にては、飲食の節慎みやすし、他の饗席にありては烹調・生熱の節我心にかなわず。
さい品多く過やすし。
客となりては殊に飲食の節つつしむべし。

七十
 飯後に力わざすべからず。
急に道を行べからず。
又、馬をはせ、高きにのぼり、険路に上るべからず。

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