養生訓 巻第四 飲茶、烟草附
飲茶
一
茶、上代はなし。
中世、もろこしよりわたる。
其の後、玩賞して、日用かくべからざる物とす。
性冷にして氣を下し、眠をさます。
陳藏器は、久しくのめば痩てあぶらをもらすといえり。
母炅、東坡、李時珍など、其の性よからざる事をそしれり。
然れども、今の世、朝より夕まで、日々茶を多く飲む人多し。
飲み習えばやぶれなきにや。
冷物なれば一時に多く飲むべからず。
抹茶は用いる時にのぞんでは、炊らず煮ず、故につよし。
煎茶は、用いる時炊て煮る故、やわらかなり。
故に常には、煎茶を服すべし。
飯後に熱茶少し飲んで食を消し、渇をやむべし。
鹽を入れて飲むべからず、腎をやぶる。
空腹に茶を飲むべからず、脾胃を損ず。
濃茶は多く飲むべからず、發生の氣を損ず。
唐茶は性つよし。
製する時煮ざればなり。
虚人、病人は、當年の新茶、飲むべからず。
眼病、上氣、下血、泄瀉などの患あり。
正月より飲むべし。
人により、當年九月十月より飲むも害なし。
新茶の毒にあたらば、香蘇散、不換金、正氣散、症によりて用ゆ。
或は、白梅、甘草、砂糖、黒豆、生薑など用ゆべし。
二
茶は冷なり。
酒は温なり。
酒は氣をのぼせ、茶は氣を下す。
酒に酔えばねむり、茶を飲めばねむりさむ。
其の性うらおもてなり。
三
あつものも、湯茶も、多く飲むべからず。
多く飲めば脾胃に濕を生ず。
脾胃は濕をきらう。
湯茶、あつものを飲む事すくなければ、脾胃の湯氣さかんに生發して、面色光うるわし。
四
薬と茶を煎ずるに、水をえらぶべし。
清水味甘きをよしとす。
雨水を用いるも味よし。
雨中に浄器を、庭に置きてとる。
地水にまさる。
然れども是れは、久しくたもたず。
雪水を尤よしとす。
五
茶を煎ずる法、よわき火にて炊り、つよき火にて煎ず。
煎ずるに、堅き炭のよくもゆるを、さかんにたきて煎ず。
たぎりあがる時、冷水をさす。
此の如くすれば、茶の味よし。
つよき火にて、炊るべからず。
ぬるくやわらかなる火にて煎ずべからず。
右は皆もろこしの書に出たり。
湯わく時、薏苡の生葉を加えて煎ずれば、香味よし、性よし。
本草に、暑月煎じ飲めば、胃を暖め氣血をます。
六
大和國中は、すべて奈良茶を毎日食す。
飯に煎茶をそそぎたるなり。
赤豆、豇豆、蠶豆、菉豆、陳皮、栗子、零餘子など加え、點じ用ゆ。
食を進め、むねを開く。
烟草
一
たばこは、近年、天正、慶長の比、異国よりわたる。
淡婆姑は和語にあらず。
蠻語なり。
近世の中華の書に多くのせたり。
又、烟草と云う。
朝鮮にては南草と云う。
和俗これを莨菪とするは誤れり。
莨菪は別物なり。
烟草は性毒あり。
烟をふくみて眩い倒れる事あり。
習えば大なる害なく、少しは益ありといえども損多し。
病をなす事あり。
又、火災のうれいあり。
習えばくせになり、むさぼりて後には止めがたし。
事多くなり、いたつがわしく、家僕を労す。
初よりふくまざるにしかず。
貧民は費多し。